“世界には、もっといいスペースが 眠ってるはずだ。”
株式会社 SPACE MARKET | CEO 重松大輔さん
挑む自由を、あなたに。

YAYOI USER'S CHALLENGE STORY

わずらわしい経理負担を少しでも軽減することで、挑戦をしつづける人の力になりたい。そんな思いから始まった弥生の精神は、30周年を迎えても変わることはありません。私たちがいつも見つめているのは、製品やサービスを生み出し、まだないものを生み出そうとチャレンジしつづける人。そんな人たちのSTORYをご紹介します。

スペースからチャレンジを生み出す会社

スペースマーケットさんはどのようなことをしている会社でしょうか?

スペースマーケットは一般の会議室だけでなく、球場からお寺、教会、お城などの遊休スペースや利用時間外のスペースを“貸したい人”と“借りたい人”をマッチングさせるシェアリングサービス(個人が保有している物品や遊休資産を個人間で貸し借りする際の仲介を行うサービス)で、オンラインで気軽に借りることができます。

創業当時の2014年は、シェアリングサービスがあまり普及していなかったと思いますが、このビジネスを思いついたきっかけは?

スペースマーケットを立ち上げる前の仕事のとき、いろんな結婚式場を訪問していて、平日の昼間はガラガラでもったいないと思っていたんです。もともと100個くらいのビジネスプランを考えていたんですが、結婚式場の課題ともリンクして、フッと降ってきたんですよ、スペースマーケットのサービスが。
ただ、正直その頃はシェアリングサービス自体が日本にはあまりなかったので、サービス自体を理解してもらうのに苦労しました。営業先で「どうせこんなサービス、ダメになるんじゃないの?」とか辛辣なことも言われたりしました。でも、シェアリングサービスの可能性を信じていましたので、物件を持たなくていいし、不動産のマーケットは大きいし、需要と供給を結べるなと手応えを感じました。

そんなビジネスに手応えを感じたのは、いつごろのタイミングでしたか?

3年前のハロウィンや忘年会のシーズンに売り上げの数字が伸びたんです。今、考えると大した数字ではありませんが、初めて手応えを感じましたね。

これまでに最も重要となる貸し出すスペースの中で手応えを感じた印象的な場所はどこですか?

神奈川県横須賀市にある無人島の猿島ですね。もともと、この事業を始める前からラインナップとして無人島とか面白いスペースだなと思っていて、猿島には目をつけていたんです。でも、交渉に入ると思ったより大変で、結局、契約成立するまでに半年ほどかかりました。ただその甲斐あって、そこを借りてくれた人がコスプレイヤーのイベントを開催してくれたりして、すごく話題になりました。ニュースでも取り上げられて大きな宣伝になりましたね。この案件を貸しだせたときはホント嬉しかったです。

では現在、「それは、難しいだろ?」と周りから言われつつも、将来、貸してみたいと思うスペースはどこですか?

国会議事堂ですね(笑)。あーいう場所って会議中以外はほとんど空いてるんですよ。最近、スペースマーケットに埼玉県横瀬町の議事堂が登録されたんです。だから、これからは国の重要文化財もスペースとして貸し出せるように仕掛けていきたいです。

そんなユニークな場所を多く扱おうとしているスペースマーケットさんが、サービスを提供する上で心がけていることはありますか?

ボクたちがコンセプトとして掲げているものに「チャレンジする人を生み出す。世の中をおもしろくする」という言葉があります。日頃からチャレンジしている人って面白いと思っていて、ウチで貸し出している場所が、その人たちのチャレンジを増やすきっかけになってほしいと思っています。そして、その場所から借りる側と貸す側の化学反応が起こって、ワクワクするようなビジネスが始まってくれたらという想いを込めました。

「やらない方がリスク」と思い独立

大企業から脱サラして、独立という挑戦の道を選んだのはなぜですか?

大企業がイヤだというわけではなく、周りの仲良くしていた人たちが起業する人が多かったからとか、時代がチャレンジする人たちを応援する環境になったとかいろいろ理由はありましたね。でも、実はボクが独立するとき、2人目の子が生まれることが分かりまして。普通の家庭なら“嫁ブロック”的なことを受けて、反対されるじゃないですか。そのとき、妻は「キケンな方にいけ」って背中を押してくれたんですよ。独立には不安もあったんですけど、逆に「やらない方がリスク」なのかなと思うようになって決意しました。

起業されてからこれまでで、一番苦しかったことは何ですか?

資金調達ですね。1回目の資金調達はプロダクトも目新しかったし、「ピッチコンテスト(主に、ベンチャー企業が自社サービスを投資家にプレゼンテーションし、資金を獲得する目的で開催されるイベント)」などで賞も取っていたので順調でした。ただ、2回目の資金調達は将来性、成長性なども厳しく見られたので苦労しましたね。当時は社員も20名以上いたのですが、もう、あと数ヶ月で資金ショートするかもしれないという所まで追い込まれました。

営業が苦手だった自分を活かす

資金ショートというピンチに立たされたとき、どう乗り切ったのですか?

それこそ投資家にひたすら会いに行きました。シェアリングサービスは海外でも人気があり、成長性もあると思っていたので、迷いはなかったです。「自分は間違っていない」と言い聞かせて、動き続けました。その想いが通じたのか、資金調達にも成功。でも、僕が動き回っているときは他の事業は止まってしまうので、ホント苦しい時期でしたね。ただ、資金調達できた後は、忘年会などでの利用数も伸びて軌道に乗り始めました。

自分を信じて行動することでピンチを抜け出せたんですね。では、「スペースマーケット」のビジネスをヒットさせるために、努力したことは?

営業にとって致命的だと思うんですけど、ボクは知らない人と話すのが得意じゃないんです。電話営業とかも苦手で。だから、業績が悪いときにひたすら外に出るわけじゃなくて、その苦手な所を逆手にとって「こんなユニークな場所が借りられる!」「無人島でコスプレイベントやりませんか?」など、アピールするPRに力を入れました。すると、影響力のある著名人やメディアが取り上げてくれて、話題になりました。しかも、自分からやりたいと言ってきてくれたお客様(スペースの貸し手)はリテラシーが高い方が多い傾向にあり稼働率も高いので、結果的に収益も上げやすく、すごく効果的でした。

その効果的なPRはどうやって、身につけたんですか?

学生時代、ラグビー部の先輩からの誘いでテレビ番組のADをしていたんですよ。そのときに、メディアの人が何を求めているのか? 言葉で説明するんじゃなくて、画でどう見せるのかっていうことを自然と分かるようになりましたね。いろんな経験が今の仕事に活かされているなと思います。

いろんな地域の風景を もっと魅力的なものに変えたい!

今後の企業、もしくはご自身の目標は?

いろんな地域を盛り上げるような仕事をしていきたいですね。基本的にあまのじゃくなので、世間的に元気がないとか言われているところに光を当てたいんです。地方の街ってどこに行ってもチェーン店の居酒屋とかロードサイドの風景が一緒じゃないですか。そういった風景をスペースマーケットのサービスを使って、地場の産業とかそこでしか食べられないようなもの、体験などができるような場所に変えていけたらなと思っています。

最後になりますが、挑戦するために最も大事なものとは何だと思いますか?

前向きで自分の意志を持って強くやっていくこと。そうすると、道は開けてくると思います。

株式会社 スペースマーケット

「スペースマーケット」は、お寺から野球場、結婚式場、古民家、お化け屋敷まで、ユニークなスペースを簡単にネットやアプリで1時間単位から貸し借り出来るマーケットプレイスです。現在、取扱いスペース数は 12,000件以上。 今後も全国各地の会議室、ホール、コンベンションセンター、オフィス等のビジネス用途のスペースは勿論のこと、地方自治体が保有する公共施設や、商業施設、廃校、商店街、寺社仏閣、水族館、体育館、グラウンド、遊園地、プラネタリウム、廃墟、離島、宿泊できる民家等、日本中のユニークな遊休スペースの利活用を提案し、法人個人の新たな空きスペースシェアリング需要を喚起して参ります。

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