投資・融資・補助金を駆使してサービス開発。デンタルテックで歯科業界を変える!

起業時の課題
資金調達, 事業計画/収支計画の策定, 集客、顧客獲得, 製品/サービス開発

現在、デジタル化の波は歯科業界でも広がりつつあります。その最先端のITサービスといえる「cloudent(クラウデント)」を提供しているのが、現役の歯科技工士でもある小松 由紀さんです。

小松さんは歯科業界で35年の経験があるものの、ITのバックグラウンドはありません。そんな中、どのようにサービス開発に取り組んでいったのでしょうか。起業で苦労した点や、資金調達についても詳しくお伺いしました。

会社プロフィール

業種 IT関連(ソフトウェア開発)
事業継続年数(取材時) 2年
起業時の年齢 50代
起業地域 東京都
起業時の従業員数 2人
起業時の資本金 1,400万円

話し手のプロフィール

会社名
株式会社ディーコネクト
代表

小松 由紀

株式会社ディーコネクト 代表取締役

リップル合同会社 代表社員

千葉県柏市出身。1987年に歯科技工士国家資格取得。30年にわたり歯科医院と歯科技工所の現場で従事。リップル合同会社を設立後、複数の補助金採択を受け生産性向上計画を推進。

歯科業界の現場で実感した課題の解決を目指し、2019年に株式会社ディーコネクトを設立。2020年ものづくり補助金の採択を受け賛同いただける専門家に力添えをもらいながら、システム開発事業を遂行。2021年「cloudent」サービス提供開始。

目次

歯科技工士がIT企業を立ち上げ?

現在、「cloudent」という歯科医師と歯科技工士を繋ぐクラウドサービスを提供されていらっしゃいますが、ITサービスで起業されたきっかけを教えていただけますか?

小松:私は長年、歯科技工士として働いており、現在も自ら技工所を経営しています。歯科技工士というのは、虫歯治療などで歯を削った後に用いるインレー(歯の詰め物)やクラウン(歯の被せ物)などを作製する仕事です。

インレーやクラウンなどを作製する際、歯科医師は「歯科技工指示書」という文書を発行する義務があります。従来は、この歯科技工指示書を紙でやり取りしていたのですが、次第に「紙」であることに問題を感じるようになりました。当時、技工指示書をデジタル化できるサービスもなかったので、それならば自分で作ってみようと思い立ったのがきっかけです。そして2019年12月、私が運営している歯科技工所の共同代表とともに、新たに法人を設立しました。

なるほど。ペーパーレス化はさまざまな業界で進んでいますよね。

小松:そうですね。この2~3年の間に歯科業界もデジタル化が進み、口腔内スキャナーなどで歯型をデータ化する手法が出てきました。この場合、歯型はデジタルデータのためメール添付が可能ですが、歯科技工指示書は別途発行する必要があります。

また、従来の方法で発注する場合であっても、審美領域のクラウンなどを作製するためには、歯型とは別に口腔内の写真が必要な事例もあります。その場合、歯型と歯科技工指示書は宅配便や手渡しで、口腔内の写真はメールで別途送られてくるため、受け取る側の管理がかなり煩雑になります。これはいよいよ歯科技工指示書もデジタル化しなければ、データの紛失などの問題が発生する危険性が出てくると思い、「cloudent」の開発を始めました。

歯型と指示書が別々で来るのは、確かに管理が大変そうです。ところで、小松さんはシステム開発のご経験はおありなんでしょうか。

小松:いえ。ITに関しては素人ですので、開発自体はシステム会社に依頼しています。私自身は、歯科技工士の立場からサービスアイデアや改善要求を出して、開発をお願いする形ですね。

700万円をかけて作りかけたシステムを白紙に戻し、ゼロからの再開発を決意

このサービスを始めたのはいつからですか。

小松:実際にサービスの提供を始めたのは2021年7月からなのですが、実は、今回リリースしたサービスとは別に、開発していたプロダクトがあって、そちらは日の目を見なかったんです。

そうだったんですか!

小松:最初に開発していたサービスは、世の中に出すものとしては物足りなくて。既に開発費用で700万円ほどかかっていたのですが、結局は一から新しく作り直すことを選択しました。

既に作りかけているものを捨てて、新たにサービスを作り直すのはかなり勇気が必要だったことと思います。

小松:はい。当初、サービスを作っていく中で、このまま開発を進めていって果たして思い描いているようなものができるのかという疑問を抱いていました。そこで、資金面の相談をしていた公認会計士の意見もあり、「ものづくり補助金」が採択されたら作り直そうという話になったんです。その公認会計士の方はもともとシステムエンジニアだったため、システム開発についても詳しく、「システム開発は初期の段階で作り変えた方がいい場合もあるため、作り変えも視野に入れて考えては」と一石を投じてくださいました。結果、無事に申請も通りまして、660万円の補助金を受けることができました。

ものづくり補助金は中小企業がサービス開発の設備投資などに使える、最大1,000万円の給付金ですよね。採択されてよかったです!ですが、そもそもなぜ作り直さなければならない状況になってしまったのでしょうか。

小松:クラウドサービスを作りたいと思ったものの、私自身システム開発の知見がなかったので、まずはざっくりした費用感を知るために、アイデアを持ってシステム会社を数社訪問したんです。その中の1社には2,000万円程度かかると言われ、私も素人ながらに保存義務がある文書の電子化なのでそのくらいかかるだろうとは思っていました。しかし、システムに詳しい知人に相談したところ、「300万円程度でできるよ」とシステム会社を紹介してもらったので、「それならぜひ!」と300万円の予算でそのまま開発を進めていくことにしたんですね。

しかし、開発を進めていくにつれ、どんどん金額が上がってしまいまして……。開発を始めたときは気付かなかったのですが、例えば「歯科技工所側で書き換えができてはいけない」など、歯科技工指示書がただの発注書ではないということが正しく伝わっていなかったようで、認識のズレがあったんです。

なるほど。開発に取り掛かる前の要件のすり合わせがきちんとできていなかったんですね。

小松:結局、追加費用としてさらに400万円をかけて、トータル700万で開発を進めたものの、ローンチできる状態にはならず……。これではまずいということで、事業計画書を作成し、友人に資金の援助をお願いしに回りました。

投資・融資・補助金 あらゆる資金調達に奔走

補助金を受ける前に、他の資金調達も検討されていたんですか。まずはご友人に声をかけられたんですね。

小松:はい。友人にお金を貸してくれるようお願いしていく中で、そのうちの1人がすごく興味を持ってくれて「貸すんじゃなくて、出資するよ」と言ってくれたんです。しばらくの間はこれで開発を続けられるだろうという金額になったのですが、この先いくらかかるかわからない状況だったので、融資を受けようと事業計画書を持って複数の金融機関に相談に行きました。

金融機関からの融資も!相談に行ったときの反応はいかがでしたか。

小松:最初は、「歯科技工指示書の電子化」という前例がない事業だったこともあり、取り合ってくれない金融機関もありました。しかし、ありがたいことに、千葉銀行の担当の方が念入りに事業計画書を読んでくれまして。「すごく可能性を感じるので、交渉してみます」と言われ、無事、融資を受けられることになりました。

銀行からの融資が決まった同時期に、公認会計士の方にも相談に行きました。私としては、銀行からは融資を、友人からは増資を受けられたのでこのまま開発が進められると安心していたのですが、そこで公認会計士の方から作り直してみることも視野に入れてはとのお言葉があり、その時ちょうど、ものづくり補助金の申し込みが始まったとも教えていただいたので、良いタイミングで方向転換ができたと思います。

事業を進めるため、リスクをとってまで方向転換をされたのは、大きな決断でしたね。

小松:はい。公認会計士の方は、「資金調達は早め早めに動かないといけない。事業は、システムを開発して終わりではないため、その後の運営資金も見据えて補助金や公的資金、融資のほか、投資案件になり得るようであれば投資も考えながら動いていきましょう」と、とても親身に相談に乗ってくれました。おかげで大胆な方向転換を決断でき、結果的に事業の継続にもつながったので、本当に感謝しています。

人件費を見越した事業計画が重要

起業に際して準備していてよかったことは何ですか?

小松:準備していてよかったと思うことは、やはり資金です。実際、銀行からの融資も、申し込みに行った時点では早急に必要なお金ではなかったのですが、銀行側から「運転資金も含め、融資枠を少し広げた方がいいのでは?」と提案をいただき、少し多めに借りたつもりでした。しかしその後、想定外の支出があり、借りていてよかったと思いました。結果として、あの時融資を受けていなかったら事業を続けられていなかったと思います。

想定外の支出とは、どのようなものですか?

小松:開発費も想定していたよりも多くなりましたし、その他にも、例えば顧問弁護士への費用なども想定外でした。サービス提供には利用規約やプライバシーポリシーが必要になりますし、特にこのシステムは保管義務が発生するので、歯科医師法や歯科技工士法に則った問題のないシステムになっているかリーガルチェックをしてもらうために、弁護士との契約が必要だったんです。

つまり人件費を含めた予算管理や資金調達が重要だったと。

小松:はい。最初に作った事業計画書の支出は「システムを作ること」に特化し、「人に対する資金」の部分が全部抜けていました。今思えば、事業計画書に士業の先生への支払報酬や人件費も予算として組み込んでおけばよかったと思っています。

パイの奪い合いが起きている日本の歯科技工所を救いたい

改めて、「cloudent」のサービスの特徴を教えてください。

小松:歯科医院と歯科技工所で唯一共有できる文書が、歯科技工指示書です。歯科技工所ではカルテを見ることができないため、必要な情報はすべて歯科技工指示書に記載されます。ただし、発注から納品までの間に行う歯科医師と歯科技工士の打ち合わせは、基本的に電話やメールで行います。すると、また情報の管理が別になるため、「cloudent」ではチャット形式でのやり取りの記録とともに、データもすべて一括で保管できるようにしました。

歯科医師の発行の手間や、歯科医師・歯科技工士双方における管理やコミュニケーションの煩雑さが解決できるシステムになっているのですね。

小松:はい。また、数年に1度、歯科医院に監査が入った際、歯科技工指示書に記載すべき内容に不備はないか、適切に整理・保管されているか、保存義務がある3年以内に破棄や紛失がなされていないかなどもチェックされます。歯科技工指示書は、歯科医師と歯科技工所双方で同一のものを保管する義務があるため、ほとんどは複写式になっています。そのため、本来は同一ものであるべきなのですが、後から追記することもあり、一致してない例や、劣化・紛失などが認められると厚生労働省から指摘されることがあります。

「cloudent」で電子管理する事によって、業務を行ううえで改善の指摘をされやすいポイントを解決できるようになりました。

「cloudent」の今後の展望についてお聞かせいただけますか?

小松:「cloudent」は、現場の課題を解決するために作ったのですが、作りながらいろいろ調べているうちに、発展性があることがわかってきました。例えば、現在、日本の技工技術はデジタル化が進み、生産性が上がってきています。しかし、歯科治療は予防に力を入れるようになり、「できるだけ削らない治療」にシフトしているため、発注物は年々減ってきています。そのため、歯科技工所側では“パイ”の奪い合いが起きているんです。

日本の歯科技工所の約9割は従業員が2人以下の小規模企業で、歯科技工市場全体の売上のうち、0.5%程度を占めると業界トップクラスの大型歯科技工所と呼ばれるほど、大企業がいない業界なんです。小規模な歯科技工所は、ホームページもなければ営業マンもいないので、せいぜい2~3件の取引先から紹介されるようなことがなければ新規の取引がないような世界です。そのような現状を踏まえ、「cloudent」では、小規模歯科技工所にとっての営業ツールにもなるよう、登録されている歯科技工所と歯科医院を結び付ける現状のマッチング機能を充実させたいと思っています。

また、日本の歯科技工技術は海外でも評価が高いため、海外からの発注を日本の小規模歯科技工所が受注できるシステムを構築すれば、国内でのパイの奪い合いも起きないし、日本の技術が世界に出ていくということは、世界の歯科業界の発展に役立つと思っています。

兎にも角にも、まずはシステムを使ってもらわなければ始まらないと思い、最初に体験していただける無料期間を伸ばそうと現在システムを変えているところです。競合が少ないこのタイミングで認知・導入していただけるよう、取り組みを進めています。

想いが伝われば協力者は現れる

起業され、サービスをローンチされた今の想いお聞かせください。

小松:株式会社ディーコネクトを立ち上げる前は、歯科技工士として日々同じことを繰り返す毎日でした。しかし、2年前にこの事業を始めてからは仕事をすることがとても楽しくなったんです。現状は、リリースしたばかりで反響がまだ得られず、がっかりしている部分はあるけれど、それも含めてわくわくしています。毎日、「どうしたらいいんだろう」と考えているときも、何かアイデアを閃いたときも、すごく気持ちが高揚するんです。

能動的にご自身の判断で事業の舵を取れることが、よくも悪くも起業の醍醐味ですよね。

小松:はい。補助金を申請したときも不安しかなくて、すべてが初めてのことばかりだったのですが、専門家に教えてもらったり、勉強しながらやってきて、今の感想は「とても楽しかった」です。それは、自分が思い描いた成功の形に一歩でも近付けているなという実感があるからかもしれないですけど。

これまでの歯科技工の仕事は、与えられたものに対して作業をして納品する、というものでしたが、今やっているのは「新しいことを創り出す仕事」です。今まで自分がやってなかった新しいことにチャレンジし、事業を生み出していくことは、私の財産になっていると思います。

素敵な言葉ですね。

小松:自分がやりたいことがあって起業したわけですが、想いが伝われば、協力してくれる人は結構現れるなと実感しました。そういう人が現れれば現れるほど責任も重くなりますが、力を貸してくれた人に恩返しするためにも、この業界に長くいたからこそわかる問題を解決し、歯科業界の未来に貢献できればと思っています。

きっと、このシステムが普及する頃には、歯科技工士としては現役では働けていないのだろうなとは思います。しかし、歯科業界、歯科技工業界の未来に繋がる仕組みを残せたら、この業界で仕事をしてよかったと思えると思っています。

ありがとうございました。

取材協力:創業手帳
インタビュアー・ライター:稲垣ひろみ

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