従業員承継とは?会社を譲る方法や注意点、資金不足の際の対策方法も解説

2024/01/04更新

経営者が引退を考えたときに、事業を今後も存続させる方法として、事業承継があります。事業承継とは、会社の経営を後継者に引き継ぐことです。事業を承継する場合、中小企業では親族への承継がこれまでは多かったものの、少子化などの影響により、現在では社内の役員や従業員へ事業を引き継ぐ従業員承継を行うケースもあります。親族内承継と従業員承継では、どのような違いがあるのでしょうか?
ここでは、従業員承継の特徴や注意点の他、資金不足の際の対策方法などについて解説します。

従業員承継とは役員や従業員に事業を引き継ぐこと

事業承継は、誰に株式を引き継ぐかというだけでなく、すべての経営資源と共に事業そのものを引き継ぐことを意味します。引き継ぐ経営資源としては、下記の3つに分類できます。

〈事業承継で後継者に引き継ぐ経営資源〉

  • 人(経営)の承継:経営権、従業員
  • 資産の承継:株式や設備、不動産などの事業用資産、資金、負債
  • 知的資産の承継:技術・ノウハウ、取引先、顧客情報、知的財産

事業承継の流れや親族に会社の株式を引き継ぐ方法ついては、こちらの記事で解説していますので、参考にしてください。

従業員承継とは、事業承継方法の1つで、社内の役員や従業員に事業を承継することです。事業承継には大きく分けて親族内承継と親族外承継、M&A(第三者承継)の3つがあり、親族外承継のうち社内の役員や従業員に事業を承継することを従業員承継といいます。

従業員承継の特徴

従業員承継には、親族内承継とM&A(第三者承継)に比べてどのような特徴があるのでしょうか?
ここでは、従業員承継の3つの特徴を見ていきましょう。

全従業員の中から経営者の資質を備えた人材を選べる

従業員承継では、全従業員の中から特に経営者としての資質を備えた人材を選べることが特徴の1つとして挙げられます。自社に勤め、経営方針や会社の風土を理解し、業務上必要なスキル・ノウハウを身に付けた従業員が後継者となれば、引き継いだ後も安心です。親族内承継では経営者の子供や子供の配偶者、兄弟姉妹、甥、姪など候補者が限られ、後継者の育成にも時間がかかります。また、M&Aでは、後継者の選択肢の幅は広がりますが、買手とさまざまな条件交渉を行うため、必ずしも経営者の資質がある人材を後継者に選べるとは限りません。

業務や社風を円滑に承継できる

従業員承継の特徴には、会社の文化や方針、事業内容についてよく知っている人間が後継者になるため、M&Aよりも業務や社風を円滑に承継しやすいという点も挙げられます。M&Aなどで第三者に会社を引き継ぐ場合、後継者が自社の業務や社風を十分に理解してくれているとは限りません。反対に、買収先の企業の雰囲気や文化が異なり、経営がうまくいかない場合もあります。
また、親族内承継の場合、経営者として教育を行っていくケースも多くありますが、後継者以外にも親族がいる場合は対立してトラブルが起きる可能性があります。その点、従業員承継では承継後も同じ企業文化や雰囲気を共有でき、スムースな承継が期待できます。

従業員や取引先からの信頼が厚く、受け入れられやすい

経営や事業の方針なども深く理解していて、かつ日常的に接している人材のため、他の従業員や取引先からも後継者として受け入れられやすいことも従業員承継の特徴といえます。経営をスムースに進めていくためには、従業員や取引先からの支持も不可欠です。その点では、従業員や取引先と接していない第三者に引き継ぐM&Aよりもスムースな承継が期待できます。また、親族内承継と比べて、後継者の育成にも時間がかからないこともメリットといえます。

従業員承継の注意点

従業員承継をスムースに行うためには注意すべきことがあります。従業員承継の注意点は以下のとおりです。

先代経営者を踏襲しすぎる可能性がある

従業員承継の注意点は、後継者が先代経営者の方針にとらわれ、踏襲しすぎてしまう可能性があるという点です。従業員承継はM&Aよりも業務や社風を円滑に承継しやすいものの、会社をめぐる環境の変化が激しい現在、時には大胆な方向転換や改革が必要とされる場面もあります。しかし、後継者が先代経営者を踏襲しすぎてしまうと、そのような状況で柔軟に対応できないこともあります。
会社を引き継ぐ際に、期待する経営方針の他、時には大胆な施策が必要なことなども承継の際に共有しておくことも必要です。

後継者の資金不足

従業員承継の注意点として、後継者に多くの資金が必要なことが挙げられます。後継者が安定して経営できるようにするためには、総議決権の過半数の株式を保有することが1つの目安となります。そのため、贈与または譲渡によって、その時点の株主(オーナーまたはオーナー経営者など)から後継者に株式を引き継ぐことが一般的です。
ただし、後継者は株式の買い取り資金を用意しなくてはならず、資金不足が問題になることもあります。業績の良い会社ほど株式の評価額も高くなるため、後継者の金銭的負担も重くなるでしょう。役員を後継者にしたとしても、必要な買い取り資金を準備できるとは限りません。株主であるオーナー経営者は、株式を取得する資金として給与を増額したり、分割払いで支払ってもらったりするなど、対策を考える必要があります。

従業員承継の3つの方法

従業員承継で後継者に経営を引き継ぐ場合、具体的には3つの方法があります。続いては、従業員承継で経営を引き継ぐ方法について見てみましょう。

1 経営権のみ譲渡する(株式は渡さない)

現経営者から後継者へ経営権のみ贈与する ※会社の所有権は現経営者にあり

従業員承継で、株式は引き継がずに経営権のみ譲渡し、経営者としての役割だけを引き継ぐ方法があります。定款に従って株主総会や取締役会を開催、後継者を新しい代表取締役に選出して、変更登記を行うだけで手続きは完了します。

この場合、株式を引き継がないため、後継者に金銭的負担がかかることはありません。一方で、所有と経営の分離という問題が残ります。経営権のみ引き継ぐと、株式を持つ前経営者が会社のオーナーのままで、後継者は雇われ経営者という立場になります。最終的な意思決定権を持つのはオーナーである前経営者です。このような状態だと、後継者は前経営者の意向に沿った経営しかできず、たとえ必要だと思っても大胆な方向転換や改革をしにくくなります。また、従業員も後継者と前経営者のどちらに従えばいいのか迷ってしまう他、前経営者が亡くなった場合、株式の相続でもめる可能性もあります。

2 有償で譲渡する

現経営者から後継者へ経営権・所有権を譲渡する代わりに後継者は現経営者へ資金を準備する

従業員承継には、会社の株式を有償で譲渡する方法もあります。後継者は株式を取得するための資金を準備する必要があり、後継者の資金が不足している場合、さまざまな対応が必要です。有償で株式を譲渡する場合、下記の2つの方法が考えられます。

後継者1人に株式を売却する

後継者1人に株式の売却をする場合、会社の所有権と経営権を移譲するには、必要な株式を買い取る資金を後継者1人で準備しなくてはなりません。
資金が足りない場合、経営者と後継者の双方で合意すれば後継者は分割払いで株式を買い取ることができます。後継者はまとまった金額を用意する必要がなくなるため、金銭的負担の軽減が可能です。また、後継者が金融機関などから融資を受ける方法もあります。例えば、日本政策金融公庫では、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)にもとづく認定を受けた個人に対して融資を行っており、後継者が経営者となった後、役員報酬や配当金収入から融資を受けたお金を返済することができます。
さらに、後継者が自己資金を元手に新法人を設立し、その法人が金融機関から借り入れを行うMBO(Management Buyout)スキームを使う方法も可能です。新法人は借り入れた資金で現経営者から株式を購入し、最終的には新法人と後継者が引き継いだ会社を合併させ、会社が事業収入で得るキャッシュフローから金融機関に返済します。なお、MBOスキームを利用する方法では、金融機関の代わりにファンドが入るケースもあります。ファンドの出資は株式発行で行われるのが一般的で、合併後はファンドがその分の議決権を得ることになるため、ファンドとの協調・協働が必要です。
もう1つの方法として、会社が自己株式の取得を行って後継者の負担を軽減することも考えられます。後継者が現経営者から株式を買い取った後、会社がその一部を買い取ることで、後継者は現金を得られます。ただし、会社が取得した自己株式には議決権がないため、議決権比率を考えて行うことが重要です。

従業員持株会など複数人に株式を売却する

後継者に十分な資金がないような場合、株式の一部を従業員持株会に売却し、残りは後継者に移譲するという方法もあります。
この方法を利用する場合は、経営者が保有する株式の一部を、普通株よりも配当を優先して受ける権利がある一方で議決権には制限がある「優先株」に転換します。その優先株を従業員持株会の会員に売却することで、経営権を保つのに必要な議決権割合を確保しつつ、後継者に引き継ぐ株式数を減らすことが可能です。
なお、従業員持株会による株式の保有は、株式が社外へ流出することを防げたり、社員の財産形成に役立ったりするメリットもあります。

3 無償で譲渡する

現経営者から後継者へ株式を贈与する ※贈与税が発生する可能性あり

事業承継には、経営者が後継者に株式を無償で譲渡する方法もあります。しかし、その場合、現経営者は対価を得ることができません。また、経営者に配偶者や子供などの法定相続人がおり、経営者の財産の大半が株式であるような場合は、必要な株式を贈与すると親族の遺留分を侵害してしまい、揉め事になる可能性があります。遺留分とは、配偶者や子供など、被相続人と近しい関係の方に法律で最低限保証されている遺産の取得分のことです。相続ではなく生前贈与だとしても、相続人の不利益になることがわかったうえで行われた贈与であれば、相続人が遺留分の財産分与を求める遺留分侵害額請求の対象になります。
なお、経営承継円滑化法の認定を受けている場合は、一定条件を満たせば事業承継に関わる株式を遺留分侵害額請求の対象から外すことができます。しかし、遺留分権利者全員の合意が必要となるので、経営者の相続人の支持が得られないと遺留分侵害額請求の対象から外せません。

従業員承継での資金調達では補助金・助成金も活用できる

従業員承継では有償で譲渡する場合、後継者は前述のとおり株式取得のための資金が必要です。また、無償で譲渡する場合でも個人や法人によって状況は異なりますが、譲渡する側も譲渡される側にもそれぞれの状況に応じた所得税や贈与税などの税金が課せられます。特に株式の無償譲渡についての税金は個人か法人かなどのケースによっても変わり、複雑なため、税理士などの専門家に相談しておくと安心です。
いずれにしても、事業再編など新しい試みを行う際にも十分な資金が必要になります。事業承継で資金調達する際は、「事業承継・引継ぎ補助金 新規タブで開く」などの活用が可能です。

補助金や助成金は返済不要なので、資金調達方法としては安心できるものですが、いずれも受給者には審査があります。また、補助金は募集期間や金額、採択件数があらかじめ決められており、申請しても必ず受給できるとは限りませんので注意が必要です。補助金の申請にあたっては、提出書類の内容が非常に重要になります。
一方、助成金は随時受け付けているものが多く、一定要件を満たせば原則として受給が可能です。
従業員承継の際におすすめの事業承継・引継ぎ補助金の概要は下記のとおりです。

事業承継・引継ぎ補助金

事情承継・引継ぎ補助金は、事業承継・引継ぎ補助金(経営革新)、事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用)、事業承継・引継ぎ補助金(廃業・再チャレンジ)の3つに分かれています。どういった取り組みを行うかによって申請する種類が異なります。さらに事業承継・引継ぎ補助金(経営革新)には創業支援型、経営者交代型、M&A型といった型があるなど、それぞれに条件が細かく定められていますので、活用する際は事業承継・引継ぎ補助金事務局のWEBサイト「事業承継・引継ぎ補助金 新規タブで開く」をご確認ください。

事業承継・引継ぎ補助金

なお、資金調達では、条件を満たすための資料の作成や事業計画の策定などが必要で、慣れない作業に時間や手間がかかってしまいます。普段の業務に加えて、従業員承継での手続きや資金調達を行うのは難しいため、専門家の力を借りることがおすすめです。
完全無料のWebサービス「資金調達ナビ 新規タブで開く」を活用すれば、業界最大規模の全国12,000のパートナー会計事務所から、資金調達について相談できる税理士を、完全無料で最短翌日までに紹介することが可能です(2023年4月現在)。紹介料は一切かかりませんので、こうしたサービスも上手に活用してみましょう。

従業員承継を検討するなら早い段階で専門家に相談をしよう

従業員承継は、後継者の決定や教育、株式を移譲する方法の選定、後継者の資金調達のサポート、税金対策など、行うべきことがたくさんあります。自社株の評価額の計算や贈与税対策など、専門知識が必要な分野も多く、経営者が事業を行いつつ進めていくのは難しいため、早い段階で税理士に相談するようにしましょう。

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