「太く長く生きたい」。やる気ゼロの作業療法士が起業家に転身し、次々と事業を成功させるようになるまで。
- 起業時の課題
- 資金調達, 事業計画/収支計画の策定, 人材確保、維持、育成, 集客、顧客獲得, マーケット・ニーズ調査, 家族の同意
「合同会社6L」は、介護施設の運営を主軸に置きながらも、障害を持った方でも働くことができるユニバーサルデザインキッチンカー事業や、作業療法士としての道にフィットできなかった方が働かれている脱毛サロン事業など、幅広くユニークな事業を展開されています。
代表の矢野賞太さんはとてもポジティブで、取材の際もそのバイタリティからこちらまで元気をもらえるほどでした。
しかしそんな矢野さんにも、一度はどん底に突き落とされた過去がありました。そこから立ち直って作業療法士として働き始めるも、仕事へのやる気を見いだせない時期もあったそう。ところがふとしたことをきっかけに起業を志すようになり、起業してからはさまざま事業を展開されてきました。
「太く長く生きたい」とおっしゃる矢野さんのバイタリティの源泉や、次々と事業を成功に導いてきた裏にある考え方のポイントなどに迫りました。
会社プロフィール
業種 | 医療・福祉(その他) |
---|---|
事業継続年数(取材時) | 3年 |
起業時の年齢 | 30代 |
起業地域 | 熊本県 |
起業時の従業員数 | 3人 |
起業時の資本金 | 1,100万円 |
話し手のプロフィール
- 会社名
- 合同会社6L
- 代表
- 矢野賞太
合同会社6L代表社員
1980年生まれ。作業療法学科在学中に交通事故により右脚大腿切断。しかし、持ち前のポジティブ思考で困難を乗り越え、作業療法士国家資格を取得。総合病院、介護老人保健施設で作業療法士として従事する。『そうぞう』×『行動』×『声に出す』をモットーに、2018年「合同会社6L」を起業し、有料老人ホーム、訪問介護施設を経営、熊本地震、熊本豪雨災害を経験し、障害者だからできることがあると、クラウドファンディングにより集まった支援で、ユニバーサルデザインキッチンカーを製作し稼働している。作業療法とは、単なる日常生活の支援にとどまらず、「一歩踏み出すためのお手伝い」と考え、起業相談も受けている。
目次
- 障害者でも働けるキッチンカーなど、ユニークな事業を多面的に展開
- 右脚をなくし絶望していた。それでも人生に光を取り戻せたきっかけとは
- やる気ゼロだった作業療法士が、仕事に本気になれるようになったワケ
- ピンチから始まったスタートアップ。そこで得た教訓とは?
- 起業初期に気を付けるべきこと
障害者でも働けるキッチンカーなど、ユニークな事業を多面的に展開
現在の事業内容を教えていただけますか?
矢野:有料老人ホームと介護施設の運営と、車椅子など脚に障害がある方でも働けるユニバーサルデザインキッチンカー、最近はリラクゼーションサロンや脱毛サロンの運営も始めました。
さまざまな事業を展開されていますが、それぞれ特徴や共通点はありますでしょうか?
矢野:作業療法士の資格を持っている人が運営している、というのが共通点です。キッチンカーの事業は「障害者でもできるボランティア支援」という意味合いが強いですね。障害者の方と作業療法士が協力しあって運営しています。
リラクゼーションサロンと脱毛サロンも、身体の動きのプロフェッショナルである作業療法士が運営している点が他のサロンとは違う点ですね。他にも、作業療法士は生活をマネジメントする知識やノウハウを豊富に身に付けているので、生活全体の視点からお客さまにアドバイスできる点も強みです。
右脚をなくし絶望していた。それでも人生に光を取り戻せたきっかけとは
矢野さんはもともと作業療法士として働いていたんですよね。作業療法士になろうと思ったのはいつごろだったんですか?
矢野:高校生のころですね。私は、高校時代に、部活ではなく、3年間いろいろなアルバイトをして過ごしていました。一番長くやっていたのはスーパーのレジ打ちと野菜の詰め込みのバイトだったんですが、「自分にはあまり向いていない仕事だな」と感じました。それよりも自分は、「人と接して、笑顔が見れて、日々変化がある仕事」の方が楽しめる、ということに気付いたんですね。
「自分に向いている仕事はないかな」と調べていく中で、作業療法士の仕事を知り、高校卒業後は専門学校に進学することに決めました。
ところが、在学中に交通事故に遭い、右大腿を切断しなくてはならなくなりました。しばらくは「人生終わった……」と絶望し、「作業療法士にはなれない」と思っていました。
ただ、やっぱり人って、出会うべきときに、出会うべき人に会うんだな、と思います。私が入院していた病室の看護師さんが「作業療法士の学生さんなんですよね。この病院にも義足の作業療法士さんがいるんですよ」と教えてくれたんですね。
手術が終わり、車椅子で移動できるようになってすぐ、その作業療法士さんに会いに行きました。そのときのことは今でも鮮明に覚えています。私とその先生と2人しかいない真っ白な、ただただ広い空間の中に2人がいるっていうような感覚で、なんか涙が溢れてきたのを覚えてますね。その作業療法士さんの存在が、私を勇気付けてくれたんです。そこで、「作業療法士になろう」という強い気持ちが湧き上がってきました。
ロールモデルとなるような人と出会ったことで、「夢を諦めなくてもいい」という希望が湧いてきたということですね。
矢野:そうですね。そこからしばらく、私の人生のゴールは「作業療法士になること」でした。ただ、義足を着けて自由に歩けるようになるまでは長かったです。ちょうど3年生だったので実習が迫っていたのですが、1年間休学して自由に動けるようになるよう、身体の動きを研究していました。
リハビリの間は、今まで当たり前のようにやっていたことができずもどかしかったのを覚えています。トイレに行きたくても行けないとか。リハビリを経て、そうした当たり前のことができるようになることの喜びを感じました。作業療法士を目指していた私にとっては、非常に良い体験だったと思います。
やる気ゼロだった作業療法士が、仕事に本気になれるようになったワケ
作業療法士になられて、そこから起業に至ったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
矢野:まず、作業療法士としては、何度か職場を変わり、最後は通所型のデイサービスで9年くらい勤めていました。
長くお勤めになったんですね。
矢野:そうですね。5年目のときに、仕事にのめり込ませてくれるようになったきっかけがありました。
施設の指示で東京に研修に行くことになり、全国からセラピストが集まってグループワークをやったのですが、それが楽しくて仕方なかったんです。「他の施設ではこういうことを考えているのか」と衝撃を受けました。
その研修以降、「また東京に行きたい」と思うようになったんです。「リハビリと関係するようなことなら、研修という名目で東京に行ける」と思って大義名分を探し、資格取得も視野に情報収集してみたところ、「シーティングコンサルタント」という資格を知りました。車椅子への適切な座り方を指導できる資格ですね。上司に、資格を取りたいと相談したところ、賛同してもらうことができ、東京へ出張できるようになりました。
他施設の方との交流による刺激に加えて、得られる情報量も各段に増えそうですね。
矢野:はい。研修でインプットされた内容を、施設でアウトプットするようになっていきました。でもそのうち「施設でやっているだけではダメで、病院でもやらなくては」と考えるようになったんです。当時、病院から退院された方の姿勢が明らかに悪かったので注意したところ、「病院の作業療法士の先生に指導してもらったので大丈夫です」とケアマネージャーさんに言われてしまいました。でもその方は、明らかに姿勢が悪かったんですね。病院で間違えた姿勢を指導していた、ということです。
そこに問題意識を持った私は、「熊本シーティング研究会」という任意団体を立ち上げ、病院でも勉強会を開催するようになりました。
ただ、そのころから施設での私への風当たりも強くなりまして。
それはなぜでしょうか?
矢野:私だけ東京に行かせてもらっていたので、「矢野さんだけずるい」という話ですね(笑)。そのあたりで、「どうすればこの人たちを納得させられるような費用対効果が出せるんだろう」と考えるように。それが経営者マインドが目覚めたきっかけだったと感じています。
そして、シーティングの資格を活かした新規事業として、シーティング指導に特化したショートステイの事業を企画して、運営し始めました。多くのショートステイは、介護する家族の負担を減らすために利用されていて、目的を持ったショートステイは全国的には少ないんです。シーティングの勉強会をするときに、このシーティング指導が受けられるショートステイ事業を宣伝することで、自然と広まっていきました。
専門性を活かして自ら新規事業を立ち上げたんですね。すごいです。
矢野:ただ、私が熊本県で唯一のシーティングコンサルタントだったこともあり、あちこちの講演会に呼ばれるようになると、上司たちが私の存在を煙たがるようになっていきました。
「自分は人の下で働けない人間なんだ」と悟り、その施設を辞めることにしました。
ピンチから始まったスタートアップ。そこで得た教訓とは?
仕事を辞めてから起業するまでの経緯を教えてください。
矢野:久しぶりに会った知り合いのセラピストに居抜き物件を紹介してもらい、有料老人ホームの運営を開始することにしました。その知り合いと会った次の日には創業計画書を作成し、行政書士・税理士の先生方にお会いするところまで一気に終わらせました。法人設立立案から法人登記するまで、約2週間でした。
計画的に起業したわけではなかったんですね!ご家族からの反対はありませんでしたか?
矢野:妻には、妻専用の事業計画書を作って「車1台くらいの金額で、これだけのお金を生み出すんだ」と自信満々にプレゼンした覚えがあります(笑)。
施設運営は資金も必要になってくるかと思いますが、資金調達についても教えてください。
矢野:日本政策金融公庫と信用保証協会の協調融資で1,000万円を調達しました。私の貯金100万円とあわせて、資本金1,100万円でのスタートです。ただそれでもお金は足りなかったです。資金は思っている金額の2倍、3倍くらい用意しておいた方が良いなと、今になっては思います。
なるほど。最初は苦労されたんですね。
矢野:はい。創業計画書の作り込みが甘く、実際には計画通りにはいかなかったですね。書類上では数か月で黒字化する計画だったのですが、実際には1年半かかってしまいました。黒字化するまではお金がなくなるんじゃないかという不安との戦いでした。
介護業は人員基準があるので、人を確保していないとそもそも申請ができないんです。田舎で始めたので、職員を探すのもかなり苦労しました。職員が集まってから今度は入居者を集めないといけない。それもなかなか思うようにいかず、最初は人件費を垂れ流しているような状態で、苦労しました。
奥さまから、聞いていた事業計画と違う、と怒られたりしませんでしたか?
矢野:そうですね。利益が出ていないこともあって、家に帰れなかったり、給料を入れられなかったりする時期もあって、そのころには妻と喧嘩になったりもしました。妻が不安になるのも当然だと思うんですよね。
でも、お互いがきちんとどんなことでも話し合う機会を持っていれば、自分よりも自分のことを心配してくれていることもわかりました。だからご家族がいる起業家の方は、定期的にパートナーと話し合う機会を設けることが大事なんじゃないかな、と思いますね。
起業初期に気を付けるべきこと
介護職員を集めるのも大変なご苦労があると思いますが、求人はどのようにされていったのでしょうか。
矢野:仲の良い喫茶店のマスターに「こんな職員が欲しいんだよね」と相談すると、喫茶店のお客さまに声をかけてくれて、すごく助かりました。おかげさまで、求人広告費はかけていません。
施設は順調に増えていったのでしょうか。
矢野:やっと施設がうまく回ってきたころ、「居抜きの物件があるから、もう1件施設をやってみないか」という話が来たんです。私も収益を増やしたかったのでもう1つの施設の運営を始めることにました。その後、最初に運営していた有料老人ホームは、過疎地だったのでなかなか集客が上手くいかず伸び悩んでいて、さらに建物の修繕も必要になってきていたんですね。それもあり、2つ目の施設が軌道に乗ってきたときに、利用者さんも職員もそちらへ移ってもらい、1つ目の施設は閉めることにしました。
矢野さんは有料老人ホームのみならず、その後もさまざまな事業を展開されてきていますが、そちらの経緯についても教えてください。
矢野:最初に始めたキッチンカーの事業は、熊本豪雨で被災したことがきっかけでした。「災害が起こったとき、被災地の人に自分も何かできることはないかな」と考えるようになりまして。車椅子の人でも働けるユニバーサルキッチンカーなら、障害を持った私のような人間でも役に立てる、現地に行って被災地の人を勇気付けられるのではないかと思ったんです。
特注の車両を作ったということでしょうか。かなり初期費用がかかりそうですが、資金調達は行いましたか?
矢野:クラウドファンディングと自己資金で始めたのですが、本当は融資も受けようと思っていたんです。でも、私に飲食業界の経験がなかったので、融資は受けられませんでした。老人ホームを運営するときは、私が業界の経験があったためスムースに融資が受けられたのですが、異業種への挑戦だと厳しく見られるのも当然ですよね。融資が降りなかったときはショックでしたが、とても勉強になりました。
脱毛サロンも経営されていると伺いました。
矢野:そうですね。私がいろいろな事業をやっているからか、「事業を始めたいのですが、どうしたら良いですか」とか、そういった相談を受けることが多くありまして。あるとき「作業療法士をやっているけれども、他の収入源が欲しい」と相談してきた方がいたんですね。その方のサポートをしたいと思って、一緒に脱毛サロンをスタートしました。
基本的に、事業は全て私がいなくても運営が回るように、仕組み化しています。誰でも運営できるような事業設計にしています。
今はさまざまな事業を展開されている矢野さんですが、事業を始める際のコツなどはありますか?
矢野:スモールスタートすることですね。まずは副業でも良いので、小さく事業をやってみれば良いんです。
実は、脱毛サロンだけでなく、ユニバーサルデザインキッチンカーも、現在は「何か他の事業をやってみたいけど、やり方がわからない」という作業療法士の方をサポートするために運営しているんですね。土日や祝日の働き方改革として、そこで働いてもらうことで、お金の生み出し方を勉強してもらっています。
収益を上げることが目的ではないんですね。
矢野:そうです。皆さんをサポートしようという思いで運営しています。作業療法士の方って、国家資格に縛られていると思うんです。キッチンカーや脱毛サロンなどの活動を通じて、もっと広い世界を知ってもらいたい、という思いもありますね。
はじめに会社名を決めるときも、さまざまな人が自分の人生を愛せるような社会を作りたいという想いから、伝説的なレゲエミュージシャン、ボブ・マーリーの言葉“Love the life you live, Live the life you love.”から6つのLを取ったんですね。「自分の生きる人生を愛せ、自分が愛する人生を生きろ」という意味です。
私自身、事故に遭った直後は人生を諦めかけたこともありましたが、それでもやりたいことを実現させて人生を充実させてきました。これからもいろいろなことにチャレンジして、“太く長く”生きていきたいんですね。起業すると、すごく自由で楽しい。でも、会社員に戻ったって良い。これからも欲張りに生きていこうと思っています。
取材協力:創業手帳
インタビュアー・ライター:樋口 正
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