準備は周到に、計画は綿密に。同業種での独立起業で失敗しない創業期の乗り越え方。

起業時の課題
人材確保、維持、育成, 集客、顧客獲得, 製品/サービス開発, バックオフィス業務

会社員時代に培った経験や実績をもとに、同業種で独立を考える人は多くいます。しかし、業界経験が長かったとしても、起業がうまくいくかどうかはまた別の話でしょう。

今回ご紹介する株式会社ICHIGO代表取締役の内藤卓也さんは、制作会社で社長まで上り詰め、経営者として長年過ごされてきたハイキャリアなビジネスパーソンです。コロナ禍をきっかけに独立を決意し27年勤めた会社を退職。50代にして裸一貫、再出発されました。

前に勤めていた会社との関係を良好に保ちつつ、これまで培った人脈を持って創業期の案件獲得を円滑に進める工夫や、クリエイティブチーム作りのポイントなど、業界経験を活かして起業を成功させるコツを伺いました。

会社プロフィール

業種 イベント運営、広告代理店
事業継続年数(取材時) 2年
起業時の年齢 50代
起業地域 東京都
起業時の従業員数 0人
起業時の資本金 100万円

話し手のプロフィール

会社名
株式会社ICHIGO
代表取締役
内藤 卓也
札幌のデザイン系専門学校卒
フラワーアレンジメント、ディスプレイ等の装飾業を経た後、映像制作会社で展示映像とCG制作を担当。制作ディレクターとして株式会社ジュリアジャパンに入社し、27年の在職期間中にマネジメント職、取締役社長を経験。取締役を辞任後、株式会社ICHIGO 創業。

目次

社長としての地位と安定を捨て50代で独立したワケ。

現在の事業内容を教えていただけますか?

内藤さん:株式会社ICHIGOは、デジタルコンテンツの制作プロダクションです。映像制作・Web制作をベースに、システム開発を伴うデジタルコンテンツを制作しています。

例えば、画面をタッチすると映像が動くインタラクティブコンテンツや、Webアプリを使わずにブラウザでAR(Augmented Reality:拡張現実)を見られるようなコンテンツを開発するなど、AR・VR(virtual reality:仮想現実)などのXR(Extended Reality:ARやVRなどを融合して新しい体験を創り出す技術のこと)領域にも力を入れています。百貨店さんと組んで仕事をしたり、メーカーさんのマーケティングを支援したりと、さまざまな案件をお受けしています。

画像:「章月グランドホテル」サイネージアニメーション映像

これまでどのようなキャリアを歩まれてきたのでしょうか?

内藤さん:専門学校を卒業してからしばらく、友人とフラワーアレンジメント・ディスプレイ業を個人でやっていました。その後知人の紹介で映像制作の会社に入社し、広告業のキャリアが始まりました。そこから何社か経て、株式会社ジュリアジャパンにディレクターとして入社します。そこで27年近く勤めました。

内藤さん:私も入社当初はCG制作などをやっていましたが、いつの間にかマネジメントをする立場になり、取締役社長も経験させていただきました。

社長にまで出世をされて、27年勤めた会社を退職するのはかなり大きな決断ですよね。なぜあえて独立という選択をされたのでしょうか?

内藤さん:若いころから独立心はあって、いつかは自分で独立してみたいという気持ちがあったんです。社長とは言っても雇われの立場ですとやはりできないことも多く、もどかしい思いをしたことも何度もありました。ただ、私の年齢だと、業界内では第一線からはだいぶ離れてしまっていて、そういう意味ではこの歳で独立して大丈夫か、と悩んだのは事実です。

内藤さん:直接的なきっかけはコロナ禍でした。コロナ禍で会社の業績が落ち込んだこともあり、改めて自分の将来を考えました。そこで、自分がやりたいことをやりたいようにできる環境を作ろうと決意できたんです。

ご家族からの理解は得られましたか。

内藤さん:妻に「独立したい」と言ったら「勝算あるの?」と聞かれドキドキましたが、妻の実家も事業経営をしているということもあり、割とすんなり納得してもらえました。

会社員時代の人脈を活かしながら前職との関係は良好に保つ。両立を可能にした下準備とは。

資本金はどのように集められたのでしょうか?

内藤さん:起業時の資本金は100万円で、自分の貯蓄から全て出しました。

創業後の資金調達は行いましたか。

内藤さん:はい。独立に賛同してくれた3名の仲間に出資いただいた分と、自分の保険を解約したお金から900万円を集めて資本金に追加しました。

内藤さん:当社のような広告業の場合、案件があるときとないときの波があって売上が安定しないんですよね。最初のころは資金繰りが大変でした。自分たちのお金でやっているので、その分プレッシャーも大きかったです。ただ、融資や公的な助成金などを受けることはなく、これまでなんとかやっています。

資金以外で準備したことがあれば教えてください。

内藤さん:それまでの取引先に挨拶をしたり、交渉するなど、1年くらいかけてゆっくりと準備を進めました。前職で関わりのあったクライアントと新たに契約をしたとしても、業務内容が被らないように仕事の棲み分けを意識して進めたこともあり、前の会社とは良い関係性を保っています。

なるほど。顧客を引き継げた方が事業の成功確率も高まる一方、敵を作ってしまうと業界内の評判にもつながりかねないということもあると思います。内藤さんは両方をカバーされていて素晴らしいですね。

内藤さん:同業で独立するなら、やっぱり喧嘩しない方が良いですよ。顧客の要望がわかっているのはアドバンテージなので、前職から怒られないようにうまく棲み分けを考えてみるのがおすすめです。私の場合、前職は映像制作や紙のデザインが大半を占めていたので、そこと被らないようにデジタル領域で専門性を高めるなど、同じ業界でも少し軸をずらしています。

以前からのお付き合いでお仕事を受けることも多いと思いますが、新規顧客の開拓については、どう営業されているのでしょうか?

内藤さん:主に営業代行サービスを使っています。営業代行サービスは前職でも利用していたので、いくらコストをかければ、どれだけのリターンが返ってくるのかもだいたい予想できます。そのため、安心して営業代行サービスを利用できています。人件費の削減にもつながっていますので、今のところ自社に専属の営業パーソンを雇用することは考えていないですね。

細かいことも自分でやってみる。スモールスタートするための工夫。

会社設立の手続きはご自身でされたのでしょうか?

内藤さん:いえ、定款作成や登記手続きなど、知人の専門家にすべてお任せしました。

人事や経理などのバックオフィス業務については、どうされていますか?

内藤さん:最初は自分で勉強してやっていました。書籍や起業家向けのパンフレットなどを読んで自主的に学び、なんとかやっていましたね。ただ、細かいところでわからないことも多く、特に労務関係はもともと詳しくなかったので大変でした。自分でやっていると時間も取られますし。

ある程度売上も立ってきて、スタッフを増やそうというタイミングになってから、社労士さんを紹介してもらいまして、そこからは専門家の方々にお任せしています。請求書の管理や契約業務などは起業当初からデジタル化に移行していて、それは自分たちの負担軽減にもつながっています。経理や総務などの人材については、まだ業務量がそこまで多くないので自社では直接雇用していません

会計業務は起業後の早い段階から税理士さんにお願いしています。会計ソフトは弥生会計 オンラインで、税理士さんとオンラインで繋いでいつもやり取りをしています。

起業時のオフィスについても教えてください。最初から事務所を構えて事業を運営され始めたのでしょうか?

いえ、最初は自社の事務所はありませんでした。事業計画を立てていたのですが、最初の時期は売上もまだ少ないのと、すぐに人員が増えていくことを考えたら、「まだ自社オフィスは設けない方が良い」という判断に至りました。知り合いの会社の事務所を間借りしていたんです。

独立して1年経たないうちに、ある程度売上の見込みと、それに基づいた人員計画も見えてきたので、そこで初めて自社の事務所を借りることにしました。現在は、その東京本社に加え、大阪に2名、北海道に1名リモートで働いている社員がおります。さらに大阪には今年、営業拠点として事務所を構える予定を立てています。

リモートではなくオフィス通勤を基本に!その理由は。

独立後も順調に拡大をしている印象を受けるのですが、現在社員数は何名いらっしゃいますか。

内藤さん:私以外に7名おります。その他、必要に応じて業務委託などで外部のクリエイターにも手伝ってもらいながら案件を進めています。

クリエイターのマネジメントは難しい印象がありますが、工夫されている点などがあれば教えてください。

内藤さん:前職時代から知っている数字管理などもできる管理職経験者を雇用し、彼らに任せています。エンジニアやクリエイターなども雇用していますが、自分が直接何か言うというより、細かいことは現場のディレクターに任せることが多いですね。

前職では100名を超える社員のマネジメントをされていましたよね。そのころの経験も活かされていると思いますか。

内藤さん:そうですね。本当にいろいろなことがありましたから(笑)。前職の経験もあり、今の会社ではあまり人数を増やすことは考えていません。あまり人数が多すぎると顔や名前すらも覚えきれなくなってくるので、気持ち良く仕事ができるのは、30人くらいまでかなと思っています。あくまで私の場合は、ということですが。

コロナ禍で社会全体的にテレワークがかなり普及しましたが、内藤さんとしては、創業期のリモートでの社員コミュニケーションに関して、どうお感じになっていますか?

内藤さん:当社もリモートワークを採用していますが、社員コミュニケーションを考えても、やはりオフィスで一緒に仕事をした方が良いですね。コミュニケーションを直接取った方が、仕事もしやすくなりますから。リモートワークで円滑に仕事をするのはなかなか難しい部分もあります。

内藤さん:また、当社の社員には30〜40代が多いのですが、これからは20代の社員も雇用して育成していきたいんです。在宅で若手社員を育成するのはやはり難しいので、そういう意味でも今後はなるべくオフィスに集まって仕事をしていきたいと考えています。

たしかに、クリエイティブ職で人材育成を考えると対面でのコミュニケーションも大切になってきますよね。では、現在の課題は何でしょうか?

内藤さん:当社はテクノロジーとかけあわせたクリエイティブが要になっているので、プログラマーは自社で雇用して育成していくことが重要と考えています。もっとプログラマーを採用していきたい思いがあるのですが、現状そこができていません。それが直近の課題ですね。

15年先の未来から逆算して計画を立てる。

起業前に「これはもっとやっておけば良かったな」と思われることはありますか?

内藤さん:もっと積極的に活動して、いろいろな人に会っておけば良かったな、と思いますね。そこでやりたいこともどんどん伝えておけば良かったです。やりたいことを伝えると、巡り巡って採用やお仕事のお話が回ってくることもありますから。

経営者として普段心がけていることがあれば教えてください。

内藤さん:私はクリエイティブ職からこの業界に入ってきましたが、率直に言ってクリエイティブの才能はなかったんです。だからこそ、人を大事にしてきました。さまざまな人とのご縁が私をここまで運んでくれたのだと本気で思っています。それは前職も今も変わりません。だからこそ、これからも人との出会いを大切にしていきたいですね。

今後の展望についてお聞かせください。

内藤さん:今はいろいろな仕事をみんなでやっているという状態なので、直近の展望としては、それぞれの分野のスペシャリストを雇用して、スペシャリストごとの事業部を作っていこうと思っています。

内藤さん:また、起業する際に改めて今後について考えたのですが、まず私の場合、あと15年くらいしか経営できないな、と思ったんですね。なので、それを逆手に取って、15年先の未来から逆算して計画を立てているんです。今すぐには難しいですが、第一線で活躍しているスタッフに、いつか私の仕事を引き継いでいくことを念頭に置いて動いています。メンバーにもそれを常に言いながら、みんなのモチベーションを上げています。

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