経験と人脈は大きな財産に。地域活性化の複数事業運営をシニア起業で実現。

起業時の課題
起業形態(個人/法人)の決定, 集客、顧客獲得, 製品/サービス開発

愛する故郷を盛り上げたいという気持ちを持ってはいても、地域によっては雇用がそもそも少ないこともあるでしょう。そこで考えられるのが、自ら事業を興して地域活性化しようという選択肢。しかしこちらも、マーケティングや営業などのビジネススキルや地域のキーパーソンとの関係性がなければ難しいかもしれません。

そこで参考にしたいのが、島根県松江市にある大根島を盛り上げる、株式会社W.L.D.(We Love Daikonshima)の事例です。柏木利徳さんが独立したのが50代。個人で地域活性化の活動を10年ほど続け、60代にして事業を本格的に展開すべく、奥様の咲子さん、同じく地元の大根島で事業を展開されている豊島美紀さんとの3名で株式会社W.L.D.を設立されました。

今回は、株式会社W.L.D.が手がけるバラエティ豊かな事業の内容や、地元で起業することの利点や醍醐味などについてお伺いしました。

会社プロフィール

業種 サービス業 (旅館・ホテル/旅行・レジャー・アミューズメント関連)
事業継続年数(取材時) 4年
起業時の年齢 60代
起業地域 島根県
起業時の従業員数 0人
起業時の資本金 60万円

話し手のプロフィール

会社名
株式会社W.L.D.
代表
柏木咲子(写真中央)
株式会社W.L.D. 代表取締役
島根県松江市生まれ。地元高校を卒業後就職。
結婚を機に大根島へ。夫の地域・町おこしの活動を手伝う中さまざまな活動をしている人たちと出会い、自ら事業を作り地域をさらに盛り上げたいと感じ、株式会社W.L.D.を立ち上げる。
役員
柏木利徳(写真左)
株式会社W.L.D. 取締役
島根県松江市生まれ。地元高校を卒業後、宝石店に34年間勤務し経営のノウハウを身に着ける。50代で退職した後、地域・町おこしの活動を始める。さまざまな取組をする中で自ら事業を作り地域をさらに盛り上げたいと感じ、妻と一緒に株式会社W.L.D.を立ち上げる。
役員
豊島美紀(写真右)
株式会社W.L.D. 取締役
島根県松江市生まれ。地元高校を卒業後就職。
結婚を機に大根島へ。嫁ぎ先が商売をしていたので、自然と島との関わり合いが多く、島を元気にと株式会社ふぁーむ大根島を立ち上げるなど多くの町おこし事業を牽引している。

目次

観光と農業で生まれ故郷を盛り上げたい。

現在の事業内容を教えてください。

柏木利徳さん:貸切遊覧事業・海上タクシー事業と、地元の農地で農業体験をしてもらう大豆オーナー事業をメインに、その他事業も複数展開しています。

法人化する前までは、任意団体We Love Daikonshimaとして地域活性化プロジェクトをやっていました。プロジェクトの中で、海を活かしたり、土地を活かしたりいろいろ試していたんです。そこで、「やっぱり観光地としての側面をPRすべきじゃないか」という仮説に至り、観光のための事業として企画したのが、遊覧船・海上タクシーでした。ボートは600万円ほどしましたが、会社ではなく私個人で購入、所有しています。

しばらくは遊覧船と海上タクシーをやっていましたが、その後、よりお手頃価格で楽しんでいただける「ぷかぷかプラン」というものも用意しました。主に女性のお客さまにご利用いただいています。

その後に大豆オーナー事業を始められたのですね。

柏木利徳さん:そうですね。私は以前から、地元の認定NPO法人である自然再生センターの元理事長と個人的なつながりがありまして、そこと一緒に豊かな土壌を取り戻すためのプロジェクトをしていたんですね。次第に、土壌再生だけではなく、100年以上前の先人たちがやってきた昔ながらの土壌作りや、そこで作物を作る方法も次世代に伝えたい、という想いが湧いてきました。

そこで地元の学生に私の数か所の圃場(大豆・さつま芋他)に来てもらい、一緒に作物を育てる活動を始めたんです。何年かするとその子たちが成人して、またその技術を後輩や子供に伝えてくれることがあって。「そういう連鎖をつなげていきたい」と思い、正式な事業として取り入れました。

具体的な事業内容としては、ワンシーズン1万円でどなたでも大豆畑1畝分のオーナーになっていただけるサービスで、種まきからスタートして、枝豆の状態で食べたり更に成長した大豆を収穫し、脱穀・選別・味噌造りしたりするのがゴールです。畑の定期的な管理はこちらでやりますので、オーナーさまの負担も少なく、農業体験としてもおすすめです。

大豆ファームのオーナーさまには、近所の方もいれば、東京の方もいます。知人からのつながりでオーナーになっていただいたり、ホームページから問い合わせいただいたケースもありますね。主に小学生〜高校生のお子さんがいらっしゃるご家庭のオーナーさまが多いです。

本当にさまざまな事業を手がけられていますね。

柏木利徳さん:実はまだあるんです。この辺りの海で採れるオゴノリという海藻を使って肥料を作っています。現在は、この肥料を農地に使って作った米を、鳥取県日南町の農業法人が「海藻米」というブランドで販売しています。オゴノリは、昔から良い土壌を作るための肥料として使われていた海藻で、これからさらに広がりがあると期待しています。

その他にも、赤貝の養殖事業の拡大や体験漁業なども今後計画しているところです。

すごいアイデア力です。どのように事業アイデアを着想されているんですか?

柏木利徳さん:最初は、取締役3名ともう1人の創業メンバーの4名で話をして決めました。その後は、地元の方々とのコミュニケーションの中で生まれてくることが多いですね。

起業のきっかけについて教えていただけますか。

柏木利徳さん:もともとは宝石の小売業をする会社で勤めていました。そこでゴールドのセールスやトレード、ダイヤモンドの買い付けなど、いろいろなことをやりました。

実はその会社が解散することになり、そこで独立することを決めた、という経緯です。

それでは、もともと起業しようとは思われていなかったのでしょうか?

柏木利徳さん:会社設立に関しては全く考えていなかったです。ただ、私の父親が農業をやっていたので、引退するときには受け継ごうとは思っていました。あとは、以前から地元の人間と地域活性化についてはよく話していたので、私が60歳くらいになったら地元のために何かしようという気持ちはありました。それよりも早く、私が55歳のときに会社が解散することになってしまったので、思わぬ形でのスタートでしたが、結果的には良かったと思っています。

地方ならではの集客・広報活動とは。

個人事業主として10年ほど活動された後に、株式会社として会社を設立されていますよね。法人化に至った経緯についても教えてください。

柏木利徳さん:法人化は、取締役の豊島からの提案で決めました。補助金などを申請するうえで法人格が必要になるかと思ったためです。法人形態は、社会的信用がある株式会社を選びました。

法人設立時、創業メンバーは4名いらっしゃったそうですが、代表者はどのように決めたのでしょうか。

柏木咲子さん:大根島は女性が主体的に頑張っているところが多くて、自然な流れで私がやろうという感じでしたね。島では昔から牡丹が有名なんですけど、「花売り娘」と言って、お母さんたちが牡丹の花を県外に売り歩いてお金を稼いでいた時代がありました。その名残りか、今でも活躍している女性が多いような気がします。

起業時に大変だったことなどはありますか。

柏木咲子さん:ホームページ作成は苦労しました。最初に作るときには、自治体がやっているよろず支援拠点で教わって自分で作ったのですが、時間もかかりましたし慣れない作業で大変でしたね。おととし息子が東京から帰ってきたので、今は更新など息子に任せています。

顧客の集客はどのようにされているのでしょうか?

柏木利徳さん:ホームページやSNSも運営していますが、主に知り合いなどのリアルな口コミで来ることが多いです。大根島の産物の研究ネットワークの1つに地元の農林高校があるんですが、最近ではそこの生徒さんたちが「大根島の魅力を知りたい」ということで貸切遊覧サービスを使ってくれました。他の活動で知り合いになっている人が、私たちの事業にも興味を持ってくださり、船に乗ってみたいとお声がけいただいたりしますね。

多くの事業を持っていらっしゃいますが、従業員は何名いらっしゃいますか。

柏木利徳さん:従業員は創業時から今まで、代表取締役である私の妻と、取締役の豊島、私の3名で運営しています。なるべく固定費をかけず、プロジェクトごとにプロボノやアルバイトなどでメンバーを構成しています。

  • プロボノ…社会人などが専門性やスキルを活かして行うボランティア・社会貢献活動のこと。

人口減少に悩む地域を活性化するには?

観光業ですと、コロナ禍の影響も大きかったと思いますが、どう乗り越えて来られましたか?

柏木利徳さん:おっしゃるとおり、本格的にプロジェクトを立ち上げた翌年に新型コロナウイルスの第一波が来たので、当初の計画からは大きく路線を変えざるを得なくなりました。当初ターゲットとしていたのはインバウンドだったんですね。水木しげるロードでも有名な近くの鳥取県境港には大型クルーズ船が年間60隻来るのですが、コロナ禍でそれがゼロになりました。なので、観光遊覧は収益をあまりあげられていませんが、その分地元の方々とアイデアを出し合い、助け合いながらやっています。

現在は新型コロナウイルスが落ち着いてきたので、行政にもバックアップいただきながら、観光クルーズの企画をしているところです。

地域活性化を考えると、地元を離れた若い方たちに帰ってきてもらったり、移住促進なども課題になるとと思います。その辺りは、どのようにお考えでしょうか?

柏木利徳さん:大根島には現在、4,000人弱の人が住んでいます。どこの地方都市も人口減少がものすごいスピードで進んでいるとは思いますが、一方で大根島についてはその減り具合が緩やかなんです。大根島は松江市や米子市からも近いので、そうした地方都市のベッドタウンとして今は若い人たちも入ってきてくれています。若い人たちが「ここで子育てしたいな」と思ってくれているからではないでしょうか。

でも今後のことを考えると、この大根島で収入が得られるようにしていかなければなりませんよね。先祖代々、ここは農業と漁業も規模が小さいので、兼業しなければ生活できないほどなんです。地域全体の課題として、10〜15年のスパンで考えていく必要があると思っています。具体的には、移住者にも仕事が与えられるようさまざまな業種の事業環境を整えること、そしてより子育てしやすい環境を整えること。これらを解決するために、2年ほど前に女性の市議会議員を擁立するなど、長期的に動いていることもあります。

豊島美紀さん:柏木が言うように、やっぱり若い人たちが継続して収入が得られる雇用があることが重要かと思います。あとは、交通の便、景観、生活のしやすさもポイントですかね。

ここが地元の人たちが帰ってくるかどうかということで考えると、安心感、ということもあるのかな、と思います。安心して帰ってこられるという点は、地方の大きな魅力じゃないでしょうか。息子が3人いますが、3人とも一度地元を出て、しばらくして帰ってきて、家業を継いでくれています。

老後に愚痴ばかり言っている人生はつまらない。起業してよかったと感じる瞬間は?

長年の会社員経験で、起業するにあたって役に立っていると感じることはどんなものがありますか。

柏木利徳さん:会社員時代にやってきたことはかなり役に立っています。一番は、ポートフォリオ分散の考え方ですね。ダイヤモンドや金のトレードをしていた際には、リスク分散が肝心ですから、常に意識して仕事をしていましたが、企業経営にあたっても生存していくために大事な考え方です。

あとは収益を上げるために大事なプランニングの仕方も、勤めているときに学びました。基本的には、1年、3年、5年と計画して、その計画に沿っていくように行動していっています。そもそものプランが精緻なものになっていれば、そこまで大きく失敗することもないと思っています。

起業して良かったと感じるときはどんな瞬間ですか?

豊島美紀さん:私の息子3人も、今大根島で彼ら自身の会社を作っているんです。口を出すことも多くあるんですけど、自分の経験を元に、息子たちにもアドバイスができるのはすごく良かったと思います。

老後に引退して愚痴ばかり言っている人生はやっぱりつまらないですよね。自分で事業をやっていると、島を良くしようと志を共にできる地域の方々とお話ができるので、とても充実した日々を過ごせていると思います。

柏木咲子さん:私は基本的に、何でもやるなら楽しんでやろうというスタンスなので、毎日楽しいです。

柏木利徳さん:私も楽しいですね。自分が楽しむために会社を利用してやろう、というくらいの気持ちで日々頑張っています。

これから起業される方へメッセージをお願いします。

柏木利徳さん:自分の持っているものは何か、どんなスキルがあるか、まずは自分としっかり向き合うことが大切だと思います。あくまでも起業は1つの選択肢なので、よく考えて自分の人生に合う生き方を選んでください。

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