株式譲渡による承継時に注意する点

2023/01/10

株式譲渡は、株式譲渡の検討段階、譲渡に向けた交渉段階、その具体的内容を決定する契約段階、契約で定めた内容を実行するクロージング段階の4ステップで行われます。
本稿では、各段階における譲渡人・譲受人それぞれの注意点を解説します。
なお、株式譲渡は、市場で行われるものと市場外で行われるものに大別されますが、本稿では市場外で行われる株式譲渡、すなわち、個人間や会社間が任意の契約に基づくものを念頭に置いています。また、株式譲渡では、対象会社の支配権移転を伴うものが一般的であり、本稿も支配権移転を伴う株式譲渡を想定しています。

はじめに

株式譲渡は、合併や事業譲渡等と異なり、対象となる会社自体に変更を加えるものではありません。例えば、従業員や取引先との契約等の権利関係はそのまま引き継がれます。一方で譲受人は、支配権を得たら、それらの権利関係を自由に変更することができます。
明確かつ自由にも見えますが、譲渡人・譲受人との間で注意しなければならないことも多くあります。例えば、譲受人は対象会社が大口の取引先を抱えているから株式を買ったはずが、支配権を得た途端に契約を切られてしまうことなどが考えられます。これでは、株式譲渡によって会社を承継した意味がなくなってしまいます。しかし、基本的に譲受人は損失を受け入れるしかありません。また、このようなことが想定されるならば、株式譲渡はリスクが高く、株式の買い手がつかず、譲渡を諦めざるを得ないこととなります。このような事態を避けるためには、契約段階で「譲渡人は、対象会社の取引先に対し、本件株式譲渡及び本件株式譲渡に伴う代表者の変更にかかわらず、本件株式譲渡後も本件株式譲渡前と同様の取引条件で、取引が継続できることについて同意を取得すること。」といった条項を入れた株式譲渡契約を譲渡人・譲受人間で締結しておく等、手当が必要がとなります。このような条項を定めておけば、譲受人は想定していたとおりの会社運営を引き継ぐことができ、譲受人も正当な対価で株式を売却することができます。
以下では、株式譲渡の段階毎に、注意すべき点を解説していきます。

検討段階の注意点

多くの株式会社では、会社の定款で株式の譲渡に株主総会での決議が必要といった制限が課されていることがあります。
譲渡したい株式にはどのような制限があるのか、どのような手続きを経れば譲渡することができるのかを調査する必要があります。
この段階で調査を怠ると後に譲渡人は損害賠償請求を受けることや、譲受人であれば金銭を支払ったのに株式を取得できないといった事態が起こることに注意が必要です。

交渉段階の注意点

株式譲渡をする場合、その相手方となりそうな会社や人を見つけたら、株式譲渡実現に向けて交渉を開始します。交渉の目的は、株式の価格や上述したような条件の設定です。
無事に次のステップに進むこともあれば、この段階で交渉が決裂する可能性もあります。
ここでは、どちらの場合にも備えて注意する点を解説します。

(1)秘密保持契約の締結

交渉の過程で、譲渡人は対象会社の情報を開示することとなります。しかし、この段階で交渉が決裂した場合、譲受人となるはずだった相手に会社の機密情報が知られてしまう可能性があります。また、交渉をしていることが公になると、それだけで取引先や従業員が不安を覚える可能性もあります。
そこで、交渉を開始する前に、秘密保持契約を締結しておく必要があります。具体的には、①当該交渉の存在②交渉の内容③開示した会社の情報について、株式譲渡の検討以外には用いないことを合意して、書面を作成しておきます。

(2)基本合意の締結

株式譲渡の中心は、様々な条件を定めた株式譲渡契約の締結です。しかし、譲受人が会社情報の開示を受けて、次のステップに向けて交渉を続けようとしても、先に別の人が当該株式を買ってしまうかもしれません。また、開示された情報を基に専門家も交えて更に検討が必要かもしれません。このような事態に備えて、株式譲渡契約に向けた基本合意を締結しておくべきです。詳細は交渉・検討が必要であっても、既に折り合いがついている事項も基本合意としておくことで、合意に違反があればその責任を追及することも容易になり、交渉に時間を費やしたのにすべて無駄になるといった事態を避けることにも繋がります。
具体的には、①交渉を継続する期間②費用の分担③優先交渉権④損害賠償などを定めることとなります。譲渡する株式の価格等、株式譲渡契約で定めるものであっても、大きな変更が予定されていなければ、基本合意で定めておくことで、資金調達に向けた準備も容易となります。

契約段階の注意点

交渉を経て、価格面やその他の条件が定まったら、譲渡人と譲受人は株式譲渡契約を締結します。
具体的な条項としては対象となる株式の特定とその対価以外にも、①譲渡実行日②表明保証③譲渡日までの誓約事項④譲渡日後以降の誓約事項⑤解除などが挙げられます。

(1)譲渡実行日

契約を締結した日と、実際に株式を譲渡する日が一致するとは限りません。むしろ、契約を締結してから情報の一部を開示する場合や、契約に基づいて会社を調査する場合もあります。その後の権利関係の基準となる日にもなるので、十分に検討してから決定します。

(2)表明保証

株式や会社に関する一定の事項について、譲渡人が事実を表明し、表明した事実に誤りがないことを保証する規定です。
具体的には、開示した情報に載っていない負債を会社が抱えていないことや開示した情報が真実であること等を表明し、保証します。
この条項によって、譲受人は思わぬ損害を受けた場合にも契約違反を主張して譲渡人に損害賠償請求をすることが容易となります。
一方で、譲渡人は、安易に多くの事を表明保証すると、思わぬ問題点が明らかになった場合、広く責任を取らなければなりません。したがって、譲渡人は、表明保証する事実は確実に確認できた事実にしておく必要があります。

(3)譲渡日までの誓約事項

こちらは「はじめに」でも記載したように、譲渡人が取引先に取引を継続するよう同意を取り付けるといったものが代表的です。他にも、従業員に継続して労働してもらうことや、譲受人としても必要な手続きがあれば協力することを制約します。
株式を譲り受ける決定をしたときから会社が大きく変わってしまわないように、誓約事項を定めることに注意が必要です。

(4)譲渡日以降の誓約事項

支配権の移転に伴い、役員や従業員を刷新することは当然にあります。一方で譲渡人としては、従業員への影響は最小限に抑えたいといった希望もあることでしょう。そのような場合、「譲受人は、譲渡日以降最低1年間は、対象会社が本件株式譲渡時点において雇用している正社員の雇用を維持し、かつ本件株式譲渡時点の労働条件を実質的に下回らせないこと」といった内容を譲受人に誓約させることで、上記の希望を実現することができます。
一方で、このような条項は、譲受人の経営判断に制限を加えることにもなるので、交渉段階から注意が必要です。

(5)解除

会社や当事者の破産や、業務に必要な行政上の許可が取り消された場合等、株式譲渡を実行することが著しく困難となる場合に備えて、どのような場合には株式譲渡を実行せず、契約を解除できるか予め定めておくことが一般的です。
しかし、株式譲渡契約は、民法上の売買契約であり、契約に定めていない場合であっても、法律上の解除権が発生する場合があることには注意が必要です。

クロージング段階の注意点

株式譲渡を実行する際、法定の手続等が必要です。多くの株式会社では株券を発行していないので、株主名簿の書換えをもって株式譲渡が完了します。
この時までに契約で定めた誓約事項が履行されているか、表明保証した事実に変更はないか、契約の実行に重大な影響を及ぼす事情が発生していないか等、多方面に注意をする必要があります。
これまでの交渉段階や契約内容を正確に把握したうえで、慎重に手続きを実行することが求められます。

まとめ

株式譲渡による承継において、各段階で注意をすべき点について代表的なものを解説しました。解説した事項の他にも、各種法令による規制や、株式譲渡が頓挫した場合の処理等、注意すべき点は多くあるので、早期から専門家を交えた検討をおすすめします。

著者:飛渡 貴之(弁護士)

弁護士法人キャストグローバル代表弁護士。滋賀県生まれ、関西大学総合情報学部卒業後、パチプロをしていたことで、パチンコメーカーに就職し、新商品の企画開発に5年間携わる。
勤務中、土地家屋調査士の資格を取得し、独立を目指し司法書士の勉強を始め、退社後、合格。司法書士業務をするも、より質の高い法的サービスを提供したいとの思いから、弁護士を志す。
一般企業での会社員経験と定期的に国内外の優良企業を視察して得られた知識経験を生かしたコンサルタント色のある提案が多くの企業に喜ばれて、多数の企業を顧問に持つ。

著者:椛島 慶祐(司法書士)

司法書士法人キャストグローバル在籍。福岡県生まれ。日本大学法学部法律学科卒業後、2014年司法書士試験合格。
2015年司法書士登録し、司法書士法人キャストグローバルに入社以来「企業法務、法務支援」に特化して創業者や中小事業、大企業の法務手続きを精力的に支援。これまでに500社以上の登記手続きやコンサルティングの実績がある、中小企業から大企業まで取引先は多岐に渡る。

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