事業承継時の所在不明株主問題および対処方法

2022/07/27

はじめに

株式譲渡を用いて事業承継を実現する場合、特に創業から長い年月が経っている会社では、所在不明株主の存在が大きな問題となります。
本稿では、問題の所在と対処方法について解説します。なお、本稿では、非公開会社であり、大会社でない株式会社を念頭に置いています。

1 問題の所在

ここでは、所在不明株主とは何か、所在不明株主が発生する理由、事業承継で問題となる理由について解説します。

(1)所在不明株主

株式会社は、会社法121条に従い、株主に関する事項を株主名簿に記録しなければなりません。株式会社はこの株主名簿に記録されている者を株主として扱うこととなりますが、現実には連絡がとれなくなるといった事態が生じることがあります。
このように、株主名簿には記録があるものの、その所在が不明となってしまっている株主のことを所在不明株主といいます。
株主が少人数の非公開会社であっても、創業から長期間が経過すると、株主の死亡による相続等によって、株式が分散することがあり、思いがけずに所在不明株主が発生してしまうことがあります。他にも、当該株式を資産管理会社に譲渡した場合や、単純に株主の引っ越しによって連絡がつかなくなる場合等、その発生原因は多岐にわたります。

(2)事業承継

事業承継は、親族内承継、従業員承継、M&Aによる承継があります。どの方式で事業承継を実現する場合であっても、株式譲渡の承認(取締役会設置会社においては取締役会。ただし、定款で別段の定めがある場合は除く)や合併契約の承認といった株主総会決議が必要となることが想定されます。また、M&Aにおいては、すべての株式を取得することを条件とされる場合も多くあります。
このような場合、所在不明株主の議決権が一定割合を超える場合には、事業承継自体が頓挫することとなります。

2 対処方法

どの方法による場合であっても、所在不明株主から株式を買い取ることになると、供託の手続が必要な点に注意が必要です。

(1)会社法197条に基づく株式の競売または売却

株式会社は、所在不明株主に対して継続して5年以上株主名簿記載の住所に通知・催告が届かない場合であって、その所在不明株主が継続して5年間剰余金の配当を受け取っていない場合には、裁判所の許可を得て、その株式を競売または売却(株式会社が買い取ることも含む)することができます。
この方法では、買取事項の決定(同法197条3項)、買取に関する裁判所への許可の申立て(同法同条2項)、利害関係人への催告および公告(同法198条1項)といった手続きが必要です。
所在不明株主が発生してから既に5年以上が経過しており、通知等の手続を実施している会社であれば、事業承継に先立ち、当該方法を選択することが考えられます。一方で、事業承継を考え始めた矢先に所在不明株主が発生してしまった場合等では、この方法を実施するには5年間待たなければならず、適切な時期に事業承継を実施することは難しいといえます。

(2)経営承継円滑化法に基づく認定を用いた競売または売却

株式会社は、経営承継円滑化法12条に基づき、経済産業大臣の認定を受けると、同法15条に基づき、上述の会社法197条の売却手続きを5年間必要な部分につき1年間に短縮することができます。一方で、この特例を用いる場合には、通常の催告および公告に先立ち、更に催告および公告を行い、所在不明株主が異議を述べる機会を設ける必要があります。
この方法を用いることで、前述した、事業承継を考え始めた矢先に所在不明株主が発生してしまった場合にも、スムーズに事業承継を実現することができます。
上記の経済産業大臣の認定は、①経営困難要件②円滑承継困難要件の両方を満たす場合に受けることができます(経営承継円滑化法12条1号ホ参照)。

①について

代表者の年齢が60歳を超えている場合や健康状態が日常の業務に支障をきたしている場合等に認められます。

②について

事業後継者が定まっているか否か、所在不明株主が保有する議決権の割合等に応じて判断されます。

両要件の具体的な内容については、自社の状況を明確にした上で、中小企業庁のホームページ、または経営承継円滑化法について解説しているパンフレット新規タブで開く等を参照してください。

(3)株式売渡請求

事業承継をしたい人が当該会社の議決権の90%以上を保有している場合、株式売渡請求(会社法179条)という方法によって所在不明株主についての問題を解決することができます。
この方法では、売渡請求事項を決定し(同法179条の2)、会社に対する通知をして承認を受け(同法179条の3)、取得の日の20日前までに当該所在不明株主に対する通知(同法179条の4)をすることとなります。これによって、当該所在不明株主が保有するすべての株式を取得することができます。
一方で、売渡請求差止め(同法179条の7)等の売渡請求を受ける株主を保護する制度も設けられています。しかし、相手方が所在不明株主であれば、このような権利行使をすることは考え難く、適切に手続を行えば迅速に所在不明株主問題を解決することができます。
この方法は、議決権の90%以上を保有している株主にしかできませんが、上記2つの方法よりも簡易的かつ迅速に解決することができます。

(4)株式の併合

株式の併合とは、数個の株式を合わせて1株にすることを言います(会社法180条1項)。これにより所在不明株主が保有する株式数を1株未満のいわゆる端株とすることで、これを裁判所の許可を得て会社が買い取ることができます(同法235条)。
この方法では、株主総会特別決議が必要なので、所在不明株主を除いた株主の3分の2以上の賛成を得る必要があります(同法309条2項4号)。上述の方法と異なり、すべての株式が対象となるので、所在不明株主以外の株主にも影響を与えるものであり、必ずしも賛成されるとは限らないという点に注意が必要です。
手続きとしては、株主総会特別決議によって併合割合、効力発生日、発行可能株式総数を定める必要があります。また、総会決議を得た場合であっても、反対株主による株式買取請求を受ける場合もあり(同法182条の4)、所在不明株主以外からも株式を取得しなければならず、必要な費用が増加することも考えられます。

相続等による株式の分散を契機に所在不明株主が発生することは多くあります。事業承継を考える際には、必ず株主名簿上の株主と連絡が取れる状態にあるかを確認しましょう。
また、所在不明株主が発生してしまった場合には、会社法に従い、適切な通知と催告をしておくことで、将来的に事業承継をする場合、スムーズに対応することができます。
事業承継を考えてから所在不明株主がいることが発覚した場合には、自身や当該所在不明株主の議決権保有割合や年数に応じて適切な対処方法が異なります。早い段階から専門家を交えて検討することをお勧めします。

著者:飛渡 貴之(弁護士)

弁護士法人キャストグローバル代表弁護士。滋賀県生まれ、関西大学総合情報学部卒業後、パチプロをしていたことで、パチンコメーカーに就職し、新商品の企画開発に5年間携わる。
勤務中、土地家屋調査士の資格を取得し、独立を目指し司法書士の勉強を始め、退社後、合格。司法書士業務をするも、より質の高い法的サービスを提供したいとの思いから、弁護士を志す。
一般企業での会社員経験と定期的に国内外の優良企業を視察して得られた知識経験を生かしたコンサルタント色のある提案が多くの企業に喜ばれて、多数の企業を顧問に持つ。

著者:椛島 慶祐(司法書士)

司法書士法人キャストグローバル在籍。福岡県生まれ。日本大学法学部法律学科卒業後、2014年司法書士試験合格。
2015年司法書士登録し、司法書士法人キャストグローバルに入社以来「企業法務、法務支援」に特化して創業者や中小事業、大企業の法務手続きを精力的に支援。これまでに500社以上の登記手続きやコンサルティングの実績がある、中小企業から大企業まで取引先は多岐に渡る。

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