姉弟でUターン開業。オープン初日から連日満席のイタリアンレストランを作った秘訣とは?
- 起業時の課題
- 資金調達, 事業計画/収支計画の策定, 節税対策, 製品/サービス開発
山梨県甲府市にある人気イタリアンレストラン、ristorante koen(リストランテ・コエン)。地元で愛されるこのレストランは、山梨県で生まれ育った姉弟が、都内の飲食店でそれぞれ修行を積んだ後に、2人で開業したお店です。
オープンから満席続きという同店ですが、Uターン起業から地元の人気店になる秘訣は一体どこにあるのでしょうか。
会社プロフィール
業種 | サービス業(飲食) |
---|---|
事業継続年数(取材時) | 5年 |
起業時の年齢 | 30代 |
起業地域 | 山梨県 |
起業時の従業員数 | 2人 |
起業時の資本金 | 500万円 |
話し手のプロフィール
- 会社名
- 株式会社koen
- 代表
- 小池真由美
株式会社koen 代表取締役社長
Pizzaiola[姉]
山梨県笛吹市生まれ。東京の四年制大学にて、栄養学を学ぶ。卒業後、某大手惣菜会社に就職し、商品開発部に所属する。その後、飲食業に転職し修行の道へ。ピザ店「エンボカ東京」にて、約5年半修行。仕入れから調理、ピザ場、接客などを任される。弟・陵太とともに地元山梨に戻り独立。翌年法人化し、株式会社koenの代表取締役社長に就任。
- 取締役
- 小池陵太
株式会社koen 取締役
Chef[弟]
山梨県笛吹市生まれ。四年制大学にて経営学を学ぶ。3年で卒業単位をすべて取得し、在学中に修行の道へ。現ミシュラン星付きイタリア料理店「レガーロ」で修行した後、現地イタリアで研修。帰国後、星付きフランス料理店「アムール」や世界的パティスリー「ジャン ポール エヴァン」などを経て、姉・真由美と共に地元山梨に戻り独立。
目次
- コンセプトは“シンプルに「おいしい」を追求。「食」への楽しさを提供”
- 「弟はおにぎりの塩加減を探求する幼稚園児でした」姉弟揃って食の道へ
- 思ってもみなかった「2人で地元で」にたどり着いたいきさつ
- 広告費をまったく使わず、オープン初日から連日満員御礼!いったいなぜ?
- コロナ禍との戦い方は
- ミシュラン星付きのお店で修行すれば「成功」が保証されるわけではない
コンセプトは“シンプルに「おいしい」を追求。「食」への楽しさを提供”
ristorante koenの特徴やコンセプトをお聞かせください。
真由美さん:ピザ釜があるので、釜を使って作る、素材を生かした料理を中心にイタリアンを提供しています。私がピザを作って、Chefである弟の陵太がそれ以外を作る体制です。基本は予約制で営業しています。
提供する料理について、特に心掛けていることはありますか?
陵太さん:料理の面で言うと、毎日飲むお味噌汁のような料理を目指していると常々周囲に言っています。東京とは違って山梨は一見さんが少ないので、何度リピートしても飽きがこないような味の料理を提供したい。そういった意味で、お味噌汁のような料理を作ろうと日々考えながら料理しています。
客単価はどの程度なのでしょう?
真由美さん:客単価は、1人あたり1万円程度です。ディナーコースは8,500円でご用意していまして、最近はコースに合わせた飲み物のペアリングセットも提供を始めました。
山梨県の相場的には、どのような感覚なのでしょうか?
真由美さん:最初は5,000円程度から始めたのですが、そうすると回転率を上げなければならず、私たちも疲弊するし、お客さまへのサービスも行き届かず満足度は上がらないしで良くないことが多かったんです。そこサービスのクオリティを上げていく代わりに徐々に値上げもさせてもらって、現在のディナーコース8,500円という価格感に落ち着いています。
「弟はおにぎりの塩加減を探求する幼稚園児でした」姉弟揃って食の道へ
お姉さまはもともと食にご興味があったんでしょうか?
真由美さん:そうですね。人生で一番好きなことが食べることでした。あとは人を喜ばせることも好きだったので、自然と飲食店で働くことを考えていましたね。
ただ、大学生のときにある飲食店でアルバイトをしたら、「飲食って結構やばいぞ。ブラックだぞ」と思ってしまいまして、もっと広い世界を見てみたいということで、大学卒業後は飲食店ではなくお惣菜を販売している会社に就職しました。
そうだったんですね。
真由美さん:お惣菜会社では運よく商品開発のお仕事をさせてもらえることになり、それなりに充実してはいました。ただ、やっぱりお惣菜を作っても、お客さまが目の前で食べてくれるわけではないじゃないですか。あと、料理はできたてが一番美味しいのに、それを食べてもらえないもどかしさが常にありました。それでやっぱり飲食店で働きたいなと。
その後、再度飲食店で働かれたんですね。
真由美さん:はい。お惣菜の開発をしていたとき、私はサラダ担当だったんですけど、そこから野菜に興味を持ち始めて。どうせ修行するなら野菜にこだわっているレストランで働きたいな、ということで選んだのが、「食べログ100名店」など、各種グルメサイトの表彰にも何度も選ばれている「エンボカ東京」でした。エンボカ東京では、料理だけではなくてサービスなどもすごく勉強になり、5年半ほど勤めました。
今度は弟の陵太さんにお伺いしたいと思います。陵太さんも、もともと食にご興味がおありだったんでしょうか?
陵太さん:そうですね。姉は食べるのが好きなんですが、僕は作る方も好きで、小さいころから料理を研究していました。例えば、幼稚園児のときに美味しい塩おにぎりの塩加減はどの程度なのか、いろいろと試していました(笑)。
そんな幼稚園児がいるんですね(笑)。
陵太さん:それが小学生になると、今度は美味しい焼きおにぎりの研究に進化して、どうやったら香ばしい焼き目をつけられるのかな、とか美味しいチャーハンの研究もしたりして、少しずつステップアップしていっていましたね。
子供の頃から料理好きだったんですね。その気持ちは大人になっても変わらなかったと。
陵太さん:はい。大学3年生ごろから都内の飲食店でバイト漬けの日々を送っていましたね。しばらくしてミシュラン星付きのイタリア料理店「レガーロ」にたどり着き、そこで4年ほど修行しました。大学在学時からバイトしていましたが、そのまま修行を続けた形です。
他にもミシュラン星付きのフランス料理店「アムール」や、世界的にも有名なパティスリーの「ジャン ポール エヴァン」でも勤めました。
複数のジャンルを渡り歩くか、1つの道を突き詰めるか、どちらを進むかを決めるのは難しそうですが陵太さんは前者を選ばれたんですね。
陵太さん:僕の場合、ただ純粋に美味しいものを作りたいし食べたいという思いが根底にあったので、特にこだわりを持たずにいろいろなジャンルのレストランで働きました。
そうする中で、各分野に得意・不得意があるな、と気付きまして。ジャンルを1つに絞らなくても、良いとこ取りをすればいいじゃないか、と思うようにもなりました。イタリアンなら素材の良さを引き出す方法、フレンチだったら華やかな盛り付け方など、それぞれに学ぶところは多かったですね。
思ってもみなかった「2人で地元で」にたどり着いたいきさつ
お2人はもともと一緒に起業しようと思われていたのでしょうか?
真由美さん:いえ、そのつもりはまったくありませんでした。お互い別々に起業するとばかり思っていました。
では、お2人で独立しようと思われた経緯を教えてください。
陵太さん:姉から誘われたんです。
真由美さん:当時、陵太はすごく過酷な修行をしていて、睡眠も3時間だけみたいな、すごく心配になるほど自分を追い込んでいたんです。それを母が心配して「同じ東京にいるんだから面倒見て」と言われ、そこから定期的に連絡するようになりました。
一緒にご飯を食べたり、コミュニケーションを取るようになって、やっぱりやっていることは違うけれども、根本的な考えは一緒だな、と感じました。どういう料理が美味しいと思うとか、どんなサービスを提供したいかとか、根っこが同じで。
私はピザしか勉強してこなかったから、他にもいろいろと技術を持っている陵太と組めば最強のお店ができるなと思って、誘いました。
陵太さん:最初は「手伝って」みたいな感じで軽く言われたのですが、徐々に断れない感じになっていきましたね(笑)。
当時はお2人ともに東京にいらしたと思うんですが、山梨にUターンしようと思われたきっかけは何だったのでしょうか?
真由美さん:もともと陵太はお店をやるなら山梨でやりたいと言っていました。でも私は迷っていて、東京でやるか山梨でやるか決められなかったんです。
悩んでいてもわからないから、もっと山梨のことを知ろう、と思ってちょくちょく帰省するようになりました。そこで私と同い年くらいの若い子たちが地元を盛り上げようと奮闘しているのを見て、私も地元に貢献できたら良いなという思いが生まれてきたんです。それで山梨でお店を持つことに決めました。
ご姉弟でお店を始める上で、方向性などはスムースに決まったのでしょうか?
陵太さん:いえ、バチバチにやり合いました(笑)。姉は古民家とかアンティークとかが好きで、僕はどちらかと言うと現代アートのようなテイストが好きだったので、店舗デザインの方向性が違いました。料理の方も僕はシンプルで無駄のない料理を目指していたんですが姉は違って。お互い引かずに大変でした。
真由美さん:姉弟だからこそ、他人ではありえないくらいに喧嘩しましたね。
陵太さん:そういう経緯もあったんですけど、周りから「姉弟でやるなんて絶対に上手くいかない」と言われるようになってから、逆に「絶対上手くいくまでやってやる」という思いになりました。
最初の資本金はどのように準備されましたか?
真由美さん:私が500万円を用意して、さらに日本政策金融公庫と銀行から合計1,700万円の融資を受けました。姉弟といえども、共同経営に際してトラブルに発展しないよう、初めから私が代表として経営や資金に関してはすべて責任を持っています。オープンするまではまともにお給料も払えないので、陵太には別のお店でアルバイトをしてもらいながら開業準備を手伝ってもらっていましたね。
また、私は飲食経験はあっても経営は初めてでしたので、創業計画や資金調達についてはわからないことだらけでした。そこで、起業家向けのガイダンスを受けたところ、担当者の方がすごく親身になってくださり、金融機関も紹介してくれました。
広告費をまったく使わず、オープン初日から連日満員御礼!いったいなぜ?
山梨に戻ってから起業されるまでどれくらいかかったのでしょうか?
真由美さん:1年ほどかかりました。不安な気持ちも大きかったのですが、地元ということもあり、周りの方にいろいろ助けていただきましたね。
潤沢な資金もなかったので、お店の内装の一部はDIYしているのですが、そのときも多くの方に手伝っていただき本当に感謝しています。
食品などの仕入れ先はどのように決めましたか。
陵太さん:僕は肉や魚、輸入食品などを担当しています。最初は結構探したりもしましたが、山梨だとそもそも業者さんの選択肢はあまり多くないので、仕入れられるところはだいたい決まっているんですよね。そこまで苦労はしなかったです。
野菜はすべて姉に担当してもらっています。野菜は、例えば道の駅でも地元のすごく良い野菜があったりしますし、また姉の旦那さんが北杜市のクレイジーファームという農家さんでもあるので、そこから仕入れることもあります。そのつながりで地元の川魚を扱っているところを紹介してもらったり、少しずつご縁が広がっていった感じですね。
お店をオープンするにあたって広告などを出されたりはしましたか?
真由美さん:いえ、費用をかけた集客は今まで一切やっていません。ただ、「どうせお店の準備をするならその様子を写真に撮って投稿しよう」ということでInstagramで開業準備の様子をアップしていたら、地元のテレビ局の方の目に留まり、密着取材してもらえることになったんです。2回にわたって放送してくれて、それが結構な宣伝になりました。
陵太さん:あとは、お店のオープン前に、姉の友人のパーティーでケータリングなどもしていました。そこで地元の社長さんとかお医者さんなど地元でも顔の広い方々とお知り合いになるうちにお店の名前が知られていった、というのもありますね。
コロナ禍との戦い方は
それでは、オープンしてからはずっと売り上げは右肩上がりですか?
真由美さん:基本的にはそうだったんですが、コロナ禍が来ましたからね。2020年の4月は1か月間お店を休みました。他のお店も休んでたので、「いつ再開しようか」と悩んでいたんです。そこに多くのお客さまから「いつお店は再開するの」とメールいただいたことで、「そろそろ再開しても良いかな」ということで5月から細々と営業を再開して行きました。
当時経営が厳しくなったお店の多くがテイクアウトやフードデリバリーを始められていましたが、koenではどうでしたか?
陵太さん:テイクアウトやデリバリーは、やはり焼き立てじゃないので「あまり美味しくない」と感じてしまうこともあるかもしれません。そうなると、koenにとってもマイナスなので。断固としてやりませんでした。
コロナ禍を除くと、開業からすごく順調に来ているように見えるのですが、もっとこうしておけばよかったと思われることなどはありますか?
真由美さん:支払わなくていい税金を支払ってしまったことはありました。それが一番大きな失敗ですかね。
ちょうど売上が大きくなってきたタイミングで税理士さんに相談したら、「それ、払わなくて良かったんだよ」と言われ、ようやく気付きました。そのタイミングでその税理士さんから「これだけの売上があるなら絶対会社にした方が良い」と言われたので、法人化も一緒にしたんですよね。
開業当時、顧問税理士はついていなかったのでしょうか。
真由美さん:はい。個人事業主として開業して、税務周りも自分でやっていました。初めは余裕資金がなかったので、なるべく自分達でやろうとしていたのですが、結局、時間もお金も損をすることになってしまいました。今思えば、初めからきちんとプロにお任せしておけばよかったですね。
ミシュラン星付きのお店で修行すれば「成功」が保証されるわけではない
有名店で修行したことは成功に直結していると思われますか?
陵太さん:僕は東京のミシュラン星付きレストランのいくつかで修行しましたが、正直に言うと、ミシュランのレストランで修行したからといって上手くいくわけではありませんよね。そういう人は星の数ほどいますが、実際に独立して成功する人はわずかしかいません。結局、その人自身が何をやっているのかが重要です。どこのお店で修行していても、そのお店で何も学べていないのであれば、意味がありませんよね。逆に下町の食堂で修行していても、美味しい料理を作れるようになる人もいます。
最近は、料理の見栄えに気を取られすぎて、料理人としての実力を磨くことを忘れている方も多いんじゃないですかね。
なるほど。意外な答えでした。
陵太さん:それは日本の「長く働いた方が良いものを生み出せる」と信じている文化も影響していると思っています。それが良くないですよね。結果として長時間労働でブラックな飲食店がいっぱい生み出され、するとサービスも悪くなる。悪循環です。
あとは、提供するサービスに対して、価格が安すぎるなとも思います。しっかりと対価をいただかないと、満足いただける品質の料理とサービスも提供できないですから。
信念を持って経営されていることが伝わります。真由美さんは、開業場所を東京か山梨かで迷われていたと伺いましたが、今は山梨で独立されてよかったと感じますか。
真由美さん:はい。山梨でやっていなければ、ここまでうまくいかなかったと思います。本当に、お客さまにも、周りの皆さまにも支えられていると思います。
陵太さん:姉の言う通り、山梨だからこそいろいろな場面で助けられて、ここまで大きくなれたというのはあると思います。でも逆に自分は、どこでやったとしても「絶対に成功させてやる」とも思っていました。逆にそれくらいの意気込みがなければ、独立しなかったと思います。飲食店経営はキラキラした側面だけではないですから、明確にビジョンがない人や、お金目的では、なかなか難しい面もあると思います。独立を考えている方には、まずしっかり現実と向き合うこともおすすめしたいですね。
取材協力:創業手帳
インタビュアー・ライター:樋口 正
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