カルチャーを発信する“場”を自分の手で。未経験の飲食業へ果敢にチャレンジ。
- 起業時の課題
- 資金調達, 事業計画/収支計画の策定, 仕入先確保, 製品/サービス開発, マーケット・ニーズ調査, 家族の同意
「素晴らしいものを、いち早く届けたい」。ラジオディレクターとして活躍していた岩須直紀さんは、その想いを胸に飲食店経営の道を選びました。岩須さんが目指したのは、音楽ライブを始めとした様々なカルチャーを発信できる“場”を作ること。
飲食業界での経験はゼロからのスタートでしたが、そんな岩須さんが自らの手で理想の“場”を作り上げていく過程は、きっと起業を志す多くの方の背中を押してくれるでしょう。
ぜひ最後までお読みください。
会社プロフィール
業種 | サービス業 (飲食) |
---|---|
事業継続年数(取材時) | 15年 |
起業時の年齢 | 30代 |
起業地域 | 愛知県 |
起業時の従業員数 | 5人 |
起業時の資本金 | 800万円 |
話し手のプロフィール
- 岩須直紀
- 株式会社イチロイモ 代表取締役
- 1976年生まれ。名古屋大学文学部卒。大学在学時からラジオ局で勤務し、卒業後も番組制作、CM制作、イベント制作に携わる。その後、名古屋市中区に飲食店「ボクモ」を開業。のちにニュージーランドワイン専門のネットショップ「ボクモワイン」の運営も始める。ニュージーランドワインを愛するソムリエとして、飲食業と酒販業をやりながら、ラジオ番組の構成作家としても活動中。
目次
- ラジオディレクターから飲食店経営者へ。
- “カルチャーの発信地”を自分の手で作ってみたい。
- ゼロからの開業準備。不安よりもワクワクする気持ちのほうが強かった。
- 順調な経営スタートから一転、2店舗目オープンで直面した意外な困難とは?
- オリジナルの起業アイデアは、きっと誰かの心を掴む。
ラジオディレクターから飲食店経営者へ。
現在の事業内容について教えていただけますか?
岩須さん:私は現在、名古屋で2つの会社を経営しています。飲食店『ボクモ』を運営する『株式会社イチロイモ』と、ニュージーランドワイン(以下、NZワイン)のオンラインショップ『ボクモワイン』を運営する『株式会社ニタス』です。
『ボクモ』は、もともとは“イベントもできるお店”をメインコンセプトにしており、音楽ライブや朗読会、大学教授による講義や手品ショー、そしてダンスイベントなど、さまざまなイベントを開催してきました。開店から15年が経過し、時代の変遷を経ながら、現在はNZワインと多国籍料理を楽しめるお店として運営しています。席数は23席、オフィスビルの地下にある隠れ家的なワインダイニングです。
『ボクモ』という店舗名にはどのような由来があるのでしょうか?
岩須さん:『ボクモ』は、私が人生で最も強く影響を受けたミュージシャン・RADWIMPSの楽曲の歌詞からインスピレーションを得て名付けました。実は私は、開業前にラジオディレクターとして彼らの音楽番組制作を手掛けたことがあるんです。1年間レギュラー番組を続ける中で、彼らとの交流を深めました。
番組終了後も、RADWIMPSの音楽が常に私を支えてくれました。飲食店の開業準備のために修行しているときも、うまくいかなくて挫折しそうになったときも、いつも彼らの音楽を聴いて自分を奮い立たせてきたんです。『ボクモ』という店名には、彼らの音楽への敬愛と、自分自身の生き方を投影しています。
“カルチャーの発信地”を自分の手で作ってみたい。
ラジオディレクターをされていたとのことですが、どのような経緯で飲食店開業を決意されたのでしょうか?ご自身のキャリアについてもお聞かせください。
岩須さん:私は大学在学中に、ラジオ局で学生ADのアルバイトをしていました。当時はラジオの音楽番組が若者に強く支持されていて、私もよく聴いていたんです。華やかなラジオの世界に憧れてアルバイトを始め、大学卒業後はそのままラジオの制作会社に籍を置き、ディレクターとして働き始めました。
振り返るととても活気のある時代でしたね。毎週のようにライブハウスやクラブに行ったり、ラジオでアーティストを紹介するために何度も東京のライブに無料招待してもらったり、ちょっとしたバブルの時代でした。
ただ、次第に時代が変わっていきました。20代後半に差し掛かったころには、ラジオの広告収入がWebに抜かれ、それに伴い自分たちの番組制作費も落ち込み、自分が思うような番組が作れなくなっていったんです。
業界規模が収縮していく中で、仕事仲間と飲みに行っても愚痴ばかり…。その状況が耐えられなくなったといいますか、「このままではかっこ悪い大人になってしまうんじゃないか」と感じ始めたんです。
出張先の東京で、私はよくトークライブハウスに通っていました。トークライブハウスとは、著名人やその道のプロによるトークライブを楽しめる場所です。特に私が通っていたイベントハウスは、サブカルチャーを最も色濃く発信する場所として輝きを放っていました。“カルチャーの発信地”という存在があまりにもかっこよくて、憧れましたね。
そこで、私はラジオを通じて「素晴らしいものを、いち早く届ける仕事」に魅力を感じていたんだと改めて気づいたんです。私もこんな仕事がしたい、と強く思うようになり、自分なりにトークライブハウスの経営について情報を集めていく中で、「トークライブハウスの経営の要は飲食だ」という考えに行きつきました。
私は居ても立ってもいられなくなり、ラジオの仕事を週1日に減らし、東京の飲食店でアルバイトを始めました。しかし、30歳を過ぎた飲食業未経験の人間を雇ってくれるお店は少なく、何軒も断られましたけどね(笑)。
ようやく雇ってもらえたお店で出会ったのが、そのお店で働いていた6歳年下のシェフでした。私たちはすぐに意気投合。自宅でたこ焼きパーティをしているときに、さりげなく事業計画書を渡しました。彼は驚いていましたが、結局その半年後に、一緒に名古屋で開業を果たしました。今でも彼は『ボクモ』のシェフとして一緒に働いています。
ゼロからの開業準備。不安よりもワクワクする気持ちのほうが強かった。
岩須さんは未経験から飲食店を開業されましたが、どのように準備されたのでしょうか?
岩須さん:開業を志した時点で私には業界経験がなかったので、とにかく勉強しました。当時は今のようにYouTubeはありませんでしたが、ありがたいことに、飲食店開業に関するノウハウを紹介する書籍は多く出版されていたんです。外食産業専門のビジネス誌『月刊食堂』や、鬼頭宏昌さんの書籍などを読み漁りましたね。ほかにも、セミナーに行ったり、飲食店コンサルタントに相談したりと、足りない経験を座学で補おうと必死で行動していました。
仕入れ先や開業資金など、具体的な準備はどのように進められたのでしょうか?
岩須さん:食材などの仕入れ先については、本当に何の頼りもなかったので、開業直前に名古屋でアルバイトをしていたイタリアンのシェフに相談しました。「実は開業しようと思っているんですけど、どうやって仕入れているんですか!?まったくわからないので教えてください!」と、素人丸出しでしたよ(笑)。そこで教えてもらったことを、素直にそのまま実行しました。そのシェフがいなかったら一体どうなっていたか…(笑)。
開業資金については、社会保険労務士をしている大学時代の友人に事業計画書を何度も添削してもらい、国民生活金融公庫(現在の日本政策金融公庫)から600万円の融資を受けました。そこに自己資金数百万円を加え、店舗や必要な機材の準備を進めました。特に店舗にはお金をかけましたね。「10年後も変わらず残っている古びないデザインの店にしたい」とデザイナーさんに依頼し、トータルで1000万円以上かかりました。
なお、会計ソフトはインストール型の『弥生会計 プロフェッショナル』を利用しています。日々の売上や経費の入力、帳簿付けは私と妻で行い、月次の給与計算や年度末の決算の際には税理士や社労士に依頼する、という形の業務分担です。特に会計ソフトの活用に関しては、管理の手間が削減できるうえに、簡単に税理士さんとデータを共有できるのでメリットしか感じませんね。
さまざまな人のサポートを受けながら開業準備を進めてこられたんですね。
岩須さん:いやぁ、でも周囲の人々にはめちゃくちゃ反対されましたよ。「絶対うまくいくはずがない」「未経験なのに何を言っているんだ」「飲食のことがまったくわかっていない」と、もう散々でしたね。
特に飲食店コンサルタントからの強いダメ出しには、かなり落ち込みました。東京のトークライブハウスを例にあげながら相談していたんですが、「たとえ東京でヒットしたビジネスモデルでも、名古屋で成功する確率は10店に1店」とバッサリ。ただ、イベントの集客に頼るのではなく飲食で安定して集客できれば、自分のやりたかったイベント開催も可能だと信じ、開業を諦めませんでした。
特に、飲食業とトークライブイベントを掛け合わせた店舗は名古屋にまだなかったからこそ、挑戦しがいがあると思ったんですよね。当時は結婚して小さい子供がいる中での挑戦でしたし、もちろん不安はゼロではありませんでしたが、不安よりもワクワクする気持ちのほうが強かったですね。
順調な経営スタートから一転、2店舗目オープンで直面した意外な困難とは?
開業後の店舗経営は、どのような状況でしたか?
岩須さん:『ボクモ』は個人事業主としてオープンし、比較的順調に経営を進められました。イベントも好評で、年に100本以上開催できた年もありましたね。2年後には、2店舗目として『ロックモ』というロックンロール・ワインバーをオープン。法人化もこのタイミングで行いました。居抜き物件だったこともあり、『ロックモ』に関しては自己資金のみで開業できました。
ただ、2店舗経営の難しさを痛感しましたね。『ロックモ』は『ボクモ』よりも席数を抑え、お客さまとより近い人間関係を築くことを大切にしていたのですが、人間関係のトラブルが絶えずなかなか大変でした。片一方の店舗が順調でも、もう一方の店舗でトラブルが発生するなど、対応が難しかったですね。
『ロックモ』はその後、熱意を持って働いてくれていた3代目の店長から「そろそろ自分の道に進みたい」という打診があり、また「ロックバーをずっとやりたかった」という新たなオーナーとの出会いもあったため、『ロックモ』を譲渡しました。想いを込めて作ったお店だったので、情熱のある方たちにお渡しできてよかったです。
NZワインのオンラインショップも展開されていらっしゃいますが、そのきっかけは何だったのでしょうか?
岩須さん:もともと私自身ワインを飲むのが好きだったので、『ボクモ』開店当初はワインバルのような形で世界中のワインを取り扱っていました。「自称、日本一わかりやすいワインリスト」を作り、100本のワインを用意するなど力を入れていましたね。そのことが注目され、輸入ワインのインポーターさんから営業の電話が掛かってきたんです。そして、彼女に紹介していただいたNZワインが、とびきりおいしかった。この1本がNZワインに傾倒していく最初のきっかけとなりました。
数年後、彼女がニュージーランドのワイナリーでワンシーズン働くことになったとの話を聞き、私も見学へ。現地に行ったことで、さらにNZワインに深く魅了させられました。
ニュージーランドは、ヨーロッパと比較するとワイン生産の歴史は浅く、ワイン新興国と言われています。だからこそ、料理に合わせたワインづくりや衛生管理の徹底など、ハングリーに努力をしてワイン造りに取り組む生産者の姿がありました。そこに強く惹かれ、もっと日本人にNZワインを知ってほしいと思うようになったんです。
そして、コロナ禍で客足が止まったことをきっかけに、以前から構想していたワインのオンラインショップ立ち上げに踏み出し、NZワインに特化した通信販売を始めました。
オリジナルの起業アイデアは、きっと誰かの心を掴む。
今後の展望について教えてください。
岩須さん:開業当初は、店舗でのイベント開催に注力していましたが、今後は野外イベントやフェス、お祭りなど、店舗外でのPR活動を通じてNZワインの販売に力を入れていきたいです。オンライン販売とネット上での露出を増やしていきながら、常設ではなくポップアップストアのような短期間での出店も構想しています。実際にファンは順調に増えている手応えがあるので、今後もよりいっそう多くの方にNZワインの魅力を届けていきたいですね。
弊社の法人名「イチロイモ」にも自分の決意を込めています。実は岩須家には、一代おきに「市郎衛門」を名乗る習わしがあって、そのなまりが「イチロイモ」。これからも自分のルーツを大切にしながら、ご先祖さまにも誇れる事業を展開していくつもりです。
最後に、これから起業を目指す方へのメッセージをお願いします。
岩須さん:反対意見は起業の第1歩です。私も多くの方から「飲食なんてお前には絶対に無理だ」と反対されてきました。初めてお客さまのグラスにワインを注いでからまだ1年しか経っていない人間が「飲食店をやりたい」と言い出すんですから、当然ですよね(笑)。しかしその経験がむしろ、自分の考えの甘い部分を見直し、対策を講じる機会になったと思っています。
たとえ反対されても、「絶対に負けるものか」「それでも起業したいんだ」という強さや頑固さを持ち合わせているなら、起業家に向いているでしょう。私は決して自分のことを成功者だとは思っていないので偉そうなことは言えませんが、誰かに起業の相談をされたら、こう答えますね。
オリジナリティのある起業アイデアは、なかなか理解されないもの。多くの人に反対されて当然だと思います。リスクと可能性を天秤にかけ、ワクワクする気持ちが勝るなら、ぜひ勇気を出して挑戦してみてください。
取材協力:創業手帳
インタビュアー・ライター:間宮 まさかず
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