65歳からの起業5原則と資金調達をシニア起業のコンサルタントに聞く
執筆者: 安田博勇
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2021年4月から改正高年齢者雇用安定法(70歳就労法)が施行されました。これは企業に対し「70歳までの就業機会を得られる努力義務」を課す法改正です。60歳定年・65歳定年も今は昔——。「人生100年」とも言われるこの時代、長く働き続けることはより一般的になると、多くの人が考えるようになりました。
そうしたなかで1つの選択肢となるのが、シニア起業です。定年間近や退職後のシニアによる起業の動向やシニア起業における開業・資金調達・事業運営にまつわる注意点を、銀座セカンドライフの起業支援コンサルタント・松田絢一(まつだ・じゅんいち)氏に伺いました。
松田絢一
銀座セカンドライフ株式会社 JBIA認定 インキュベーション・マネージャー
長年、土地家屋調査士事務所で土地家屋調査士のサポート・ご依頼者のフォロー・各種書類作成などに従事。銀座セカンドライフに入社後は、法人設立支援や個別相談対応等の起業支援を随時実施。創業セミナー講師としての講演回数は年間30回を超える。
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シニア起業に見られる「早期化」の傾向
2015年にシニア起業支援の先駆者である銀座セカンドライフ・片桐実央社長に取材させていただきました。当時と比べ、最近のシニア起業に特徴的な傾向はありますか。
松田絢一さん(以下、松田):銀座セカンドライフは、定年後のセカンドライフとして、50代・60代の方の定年前後での起業を支援しています。主に起業相談や法人設立、会計記帳代行などの事務サポート、起業セミナーや起業家交流会などのイベント開催、東京を中心に運営するレンタルオフィス『アントレサロン』の3つを活動の軸としています。
近年、当社相談窓口にいらっしゃる方々の傾向で言えば、定年後を見据えた起業に「早期化」の傾向が見受けられます。
起業を考え始めるタイミングが早くなっているのですか?
松田:はい。新聞・テレビなどのメディアなどで「人生100年時代」ということが広く言われるにつれ、幅広い層が「定年後の人生をどう生きるか」を考えるようになりました。
定年間近の方の選択肢には「会社への再雇用」「別の会社への再就職」などがあると思いますが、そこに並ぶ別の選択肢として「起業」の道が認知されてきました。
それに比例するように我々の相談窓口にいらっしゃる方の年齢層も徐々に広がっている、という実感があります。最も多いのは50〜60代ですが、早い方ならば40代後半くらいから定年後の起業の準備を始めています。
コロナ禍ではシニア起業をめぐる状況にも変化がありますか。
松田:起業家全般に言えることですが、起業の数自体が少なくなっています。もともと熱い思いを持って起業を画策されてきた方は別かもしれませんが、比較的消極的に起業を検討されていた方の場合は「コロナ不況はそのタイミングではない」と敬遠されています。
相談件数自体は増えているので、状況が落ち着けば徐々に回復するとは思うのですが……。
今年2021年の4月から改正高年齢者雇用安定法(70歳就労法)が施行されました。多様な選択肢を整備されながら70歳までの就業機会が確保される法改正ですが、シニア起業にどれほどの影響が及ぶと思いますか。
改正 高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)
事業者に対し、従業員が70歳までの就業機会を得られる努力義務を課す法改正。事業所における具体施策としては、
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①
70歳までの定年引き上げ
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②
定年制の廃止
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③
70歳までの継続雇用制度の導入
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④
70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
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⑤
70歳まで継続的に社会貢献事業に従事できる制度の導入
などが推奨される。「70歳就業確保法」「70歳就業法」と呼称されることもある。
松田:企業側に課せられるのが「努力義務」ということもありますし、特に今はコロナの影響で起業しにくいという実態がありますから、急に何かが変わることはないと思います。
ただ、雇用契約の他にもさまざまな選択肢を選べるようになれば、結果的に起業・創業を選ぶ人も増えていくでしょう。最近は従業員の副業を認めている企業も増えたので、早いうちから副業を始め、軌道に乗れば退職して事業を本格化してみようと考えるケースも多いです。
シニア起業で多い業種・形態は?
シニア起業ではどんな職種が多いですか?テレビドラマなんかでもよくある「昔から夢だったカフェの開業」みたいなことも?御社がサポートされている方々の範囲で構いません。
松田:そうした起業もまったくないわけではありませんが、現実的には会社員時代に培った経験・人脈を活かした起業が多いですね。例えば分野別・業界別のコンサルタント業や営業代行などがそれに当たります。
独立の形態はいかがでしょうか。会社設立や個人事業主などがありますが。2015年に片桐様にお話をいただいた際は、9割くらいは法人で起業ということでした。変化はありましたでしょうか?
松田:個人的には「自分のやりたいことができるのであれば、法人でも個人事業主でもよい」とお答えしています。実際、銀座セカンドライフへの相談でも、個人事業主としての起業相談が増えているように感じます。
ただ中長期的に今後事業を大きくしていくおつもりならば、最初から法人化するのも1つの手でしょう。利益がなくても法人住民税を払う必要がある等のリスクはありますが、法人化していたほうが社会的な信用も高いですし、資金調達・人材雇用もしやすいですから。
シニア起業の資金調達でも人気はクラウドファンディング
開業資金はどのぐらいのケースが多いですか。
松田:銀座セカンドライフによる起業支援の傾向では、開業資金「100万円以下」が最も多いです。人気職種として申し上げたコンサルタント業・営業代行だと初期投資もほとんどかかりません。弊社としても、シニア起業は少ない初期投資で始め、徐々に事業を広げていくことを推奨しています。
実際にシニア起業家はどのような資金調達を行っていますか。
松田:一般論として、起業は銀行などからの「融資」を選ばれる方が多いですが、シニア起業に限れば融資を選ばれる方は極端に少なく、退職金や貯蓄を元手に始められる場合が最も多いです。
シニア起業でも融資を受ける場合は、公的融資と言われる日本政策金融公庫の融資制度を利用する方が多いです。また、融資以外の資金調達方法として補助金を利用する方もいます。人気な補助金としては、経済産業省の「小規模事業者持続化補助金」が挙げられます。
それぞれ具体的にはどのような制度なのでしょうか。まずは日本政策金融公庫の融資制度について教えてください。
松田:日本政策金融公庫の「女性、若者/シニア起業家支援資金(国民生活事業)」は、女性や若者(35歳未満)、シニア(55歳以上)の方で「新たに事業を始める方・事業開始後おおむね7年以内」を対象とした融資制度なので、シニア起業家の方に人気があります。
資金使途は新規に事業を開始するためや事業開始後に必要となった設備資金および運転資金とされています。利率は条件別に細かく設定されているのでご利用の際には注意が必要です。
――経済産業省の方はどのようなものなのでしょうか。
松田:経済産業省の「小規模事業者持続化補助金(一般型)」は販路開拓等に取り組む費用の一部を補助する補助金です。販路開拓が対象なので補助対象経費が幅広く、使いやすいのが人気の理由です。おおむね4カ月ごとに募集が行われ、受付回ごとに審査・採択が行われます。
こちらは融資制度ではなく返済不要の補助金制度なので比較的チャレンジしやすいですし、採択率も受付回ごとのバラツキはありますが、おおむね50%以上と採択されやすいです。
他に銀座セカンドライフとしておすすめの資金調達方法はありますか。
松田:昨今の起業家の間で人気なのは、クラウドファンディング(CF)ですね。クラウドファンディングには「①融資や補助金以外の手段で資金調達をすることができる」「②事業開始前にファンや見込み客を集めることができる」「③支援者の反応や意見を聞いて、ニーズがあるかを確認できる」といったメリットがあります。
弊社は東京都からクラウドファンディングを活用した資金調達支援の事業を受託していて、クラウドファンディング関する相談窓口や「クラウドファンディング活用助成金」の事務局も運営しています。
資金調達を受ける際の注意点はありますか。
松田:融資や補助金の申請する際には、経営計画などを踏まえた書類を作成・提出する必要があります。事業計画・資金計画はあらかじめ準備しておくことが望ましいでしょう。
また融資の場合は「自己資金要件」が設定されていることがあり、その場合は退職金や貯蓄などから捻出しなければいけません。要件はしっかりとチェックしておきましょう。
シニア起業の成功例・失敗例
起業時以上に開業後の事業運営も重要です。シニア起業で事業の運営を成功させる秘訣は何かあるのでしょうか。
松田:成功の秘訣で言うと、“周りを巻き込む方”はうまくいっている方が多いです。1人で問題を抱えたり、1人で問題を解決しようとする方は失敗しやすいです。問題を抱えたときは専門家や経験のある人に相談するのが得策でしょう。
あとは、競合やマーケット、顧客ニーズを念入りに調査されている方は成功しやすいです。新たな事業を始めるにあたり「なんとなく成功する」と思い込むのは危険な兆候……。まずは自分の事業の強みを明確化したほうがよいです。
シニアくらいの年齢になると、これまでの経験から過信してしまうこともあるのかもしれませんね。
松田:そうですね。たいていの起業というのは自信のあるサービスを世に出すものですが、実際のところ、そううまくもいきません。ときに周りから「もっと安くしたほうが…」とか「もっとこうしたほうが…」とか、いろいろなことを言われます。
そのときに自分の考えを押し通す方と、ニーズに合わせて柔軟に対応できる方とではその後の結果が違います。初期段階のサービスには改善の余地があると思っておいた方がいいと思います。
聴く耳を持つことが肝要ということですね。
松田:そうですね。これは失敗例に該当するかもしれませんが、初期の設備投資・地代家賃・広告費等も抑えたほうがよいです。
初めての起業だと「せっかくだからいい事務所で」とか「大々的に広告を打とう」などと考えがちなのですが、たいていうまくいきません。「徐々に事業を拡大していく」「スモールスタートで始める」のが起業のセオリーです。
新たに起業するとなれば、最初の顧客獲得がなかなか大変そうです。しかしこれまでの経験の延長線上からできるシニア起業なら、会社員時代に付き合いのあった相手に期待することもできるのでしょうか。
松田:そうした油断は禁物ですね。確かによい手立てなのかもしれませんが、現実的にはあまり期待できません。かつて付き合いがあった顧客から仕事を得られている方は、それほど多くないという印象です。たとえ地道にでも、自らの力で新規顧客を獲得しなければいけません。
そうした意味では銀座セカンドライフさんの運営される起業家交流会などは役立てられそうですね。あとこれも素朴な疑問なのですが、シニア起業だと事業承継——いわゆる「跡取り問題」の不安もあると思いますが、いかがでしょう。
松田:そこまで先のことを考えておられる方は実際には少ないですね。反対に「人の事業を受け継ぐかたちで起業したい」という相談があったりします。以前より全47都道府県に事業引継ぎ支援センターが設置されています。実際に弊社の支援でも他の方から事業を引き継ぎ、結婚相談業を始められた方がいらっしゃいました。
なるほど。ゼロから結婚相談業を始められるとなるとなかなか大変そうですが、M&Aのようなかたちで事業を引き継ぐ方法は始めやすいですね。
松田:まったくのゼロベースで始めるよりは準備資金も抑えられますし、やりたいことを始めやすいメリットもあります。
最後に、シニアの方が起業を考えるときにはどんなことが大事か、総括していただけますか。
松田:私たち銀座セカンドライフでもたびたび申し上げているのは「ゆる起業5原則」です。すなわち、
- 楽しいと思える
- やりがいを感じる
- 得意分野である
- 利益を追求しない
- 健康第一
そんな起業のあり方がシニア起業の鉄則だと考えています。
基本、起業というのは「好きなこと(やりたいこと)」「得意なこと(できること)」「お金になること(市場性)」を別々に考えなければいけません。これら3つの円が重なる部分が、最も理想的で成功の確率の高い起業です。しかしシニア起業ならば、そのなかでも「得意なこと」を活かしてビジネスに繋げましょう。
起業の年齢層もさまざまですが、シニア起業はこれまでの経験・人脈を活かせることが最大の強み。今は社会の側もそうした方を求めていますし、国の制度的な後押しもあります。コロナ禍という現実的な問題に直面してはいますが、起業を考えているシニアにとって、今はなかなか絶好のタイミングではないでしょうか。
この記事の執筆者安田博勇
1977年生まれ。大学卒業後に就職した建設系企業で施工管理&建物管理に従事するも5年間勤めてから退職。出版・編集系の専門学校に通った後、2006年に都内の編集プロダクションに転職。以降いくつかのプロダクションに在籍しながら、企業系広報誌、雑誌、書籍等で、編集や執筆を担当する。現在、フリーランスとして活動中。