未経験からの挑戦、私が新潟でビール会社を立ち上げた理由。

起業時の課題
資金調達, 事業計画/収支計画の策定, 製品/サービス開発

「妻有ビール株式会社」代表の髙木千歩さんは、2011年に地域おこし協力隊の制度を利用して東京から新潟県十日町市に移住。任期修了後も、地産地消のビアレストラン開業を経て、クラフトビールの製造販売会社を設立するなど、地域のために精力的に活動しています。現在は会社の代表取締役兼醸造家として、地元の人の協力を得ながら、ビールの原料やパッケージに地場産品を使用するなど、地産地消型のビール造りを行っています。

醸造所を作るとなると、長年の経験や多額の資本金が必要と思われがちですが、髙木さんはなんと酒造の経験も資金もほとんどない状態からのスタートだったそうです。今回は、そんな髙木さんに、ビール会社を造るに至った経緯や、実務経験のない事業を始める際の課題の乗り越え方について詳しく伺いました。

会社プロフィール

業種 製造業
事業継続年数(取材時) 4年
起業時の年齢 40代
起業地域 新潟県
起業時の従業員数 0人
起業時の資本金 700万円

話し手のプロフィール

会社名
妻有ビール株式会社
代表
髙木千歩
妻有ビール株式会社 代表取締役
1973年4月27日生まれ。両親が新潟県十日町市出身。父の転勤で住居を転々としてきたが在住として長いのは東京。2011年東日本大震災をきっかけに十日町市の地域おこし協力隊に応募。2年半の任期を終え2014年4月に仲間4名で地産地消型ビアレストランを開業。クラフトビールをレストランで提供する中、十日町市初のクラフトビール醸造所の構想を練る。東京の会社員時代の大先輩方の資金的援助を受けることが決まり、2017年1月に妻有ビール株式会社を設立。地域の皆さんと地産地消型のビール醸造に取り組む。2019年6月に内閣府男女共同参画局の女性のチャレンジ賞を受賞。

目次

地域おこし協力隊として東京都から新潟県へ移住

髙木さんはもともと地域おこし協力隊の制度で新潟県十日町市に移住されてきたそうですね。

髙木:はい。2011年10月に地域おこし協力隊として十日町市に移住しました。それまでは、東京で会社員をしていました。

十日町市には縁があったのでしょうか。

髙木:実は、十日町市は両親の出身地で、親戚は皆十日町市に住んでいます。私自身は十日町市に住んだことはないのですが、小さいころから夏休みや冬休みには、祖父母宅にしょっちゅう遊びに来ていたので、十日町市のことはよく知っていました。私にとってはルーツの土地というか、すごく大事にしたい場所で、気持ちとしてはUターンですね。

そうだったんですね。地域おこし協力隊に応募しようと思ったきっかけは?

髙木:東日本大震災の際、東京で物流が止まってしまい、お金を持っていても何も買えないような状態を目の当たりにして、自ら食べ物を生み出していく自給自足の生活スタイルってすごい、と改めて感じたんです。十日町市は米や野菜を作っている生産者が多いので、生きていく力がとても強い地域。自分が大事に思っている場所に対して、何かできることはないかと思い、地域おこし協力隊の制度を見つけて応募しました。

地産地消をテーマにした飲食店を開業

地域おこし協力隊の任期終了後はどうされたんですか。

髙木:地域おこし協力隊としては約2年半活動をしまして、その中で、地域のおいしい食材や野菜のことを地元の方からたくさん教えてもらいました。そのつながりも活かして、仲間4人でお金を出し合い、地産地消をテーマにしたビアレストランを開業しました。

任期終了後も、継続的に地域貢献されていて素晴らしいです。ビアレストランという業態を選んだ理由は何かありますか?

髙木:十日町市は飲食店が多くて、“家の外で飲む文化”が昔からある地域なんです。また、既存のビジネスのお邪魔になるのもいかがなものかと、中心市街地にある飲食店のリサーチをして、ぶつからない業態を探しました。誰もやっていないことをやろうということで、クラフトビールの提供を軸に、地場産の食材を使った料理を提供することに決めました。

なるほど。では、お客さまは主に地元の方?

髙木:オープン当初は近所に住む地元のお客さまが多かったです。なので、関西など遠方のビールを仕入れると喜ばれていました。ですが、十日町市が観光に力を入れるようになり、だんだんと観光客のお客さまが増えてきたんですね。次第に「せっかく新潟まで来たのに、何で関西のビールなんだろう」という声が聞こえてくるようになり、ビールのラインアップを県産や近県のものに少しずつ変えていきましたが、ついには、「十日町市にビールはないのですか?」というご質問も多くなってきまして。そこから、どうすればビールを作れるのか調べ始めたのがこの事業の始まりです。

お客さまの声がきっかけとなり、醸造所の創業に至ったんですね。

醸造所建設の最大の壁となる資金調達。どう乗り越える?

醸造に関する経験のない中、まず何から着手されたのでしょうか?

髙木:まずは、お店で提供しているビールで自分がおいしいと思ったビールの醸造所に片っ端から電話をして、見学に行き、醸造家の方に直接お話を聞くことから始めました。

実際に作られている現場を見てみると、規模も設備もやり方も本当にさまざまでした。行く先々で、「設備を用意するにはどのくらいの費用がかかるか」など、グイグイ聞いていましたね(笑)。ですが、たまたま規模の大きいところばかり見ていたようで、「こんなに高額なのは無理だ、私にはできない」と打ちのめされました。そんなときに見学に行った山梨県甲府市の醸造所“アウトサイダーブルーイング”が、私にとってとてもいい出会いになりました。

それまで訪れた醸造所とは違ったんですか?

髙木:アウトサイダーブルーイングは商店街の空き店舗を利用してビールを醸造されていて、非常にコンパクトな設計になっていたんです。「こういうやり方があるのか!」と思いましたね。ちなみに、当時醸造長だった方は、ビールの醸造をする人で知らない人はいないくらいの有名人だったのですが、私が「タンクは1基いくらですか?」「内装は全部でいくらかかりましたか?」など、根掘り葉掘り質問しても、すごく丁寧に教えてくださって。後に私が醸造を始める際には研修にも行かせてもらい、とてもお世話になりました。

小規模ではあるものの、醸造所を1から作るには相当な開業資金が必要になるかと思います。

髙木:そうですね。小規模といっても、開業資金は全部で2,300万円ほどかかりました。ですが、私はレストラン開業時に自分の貯金をすべて使ってしまっていて、貯金がほぼゼロの状態だったんです。

なんと!ゼロから2,300万円の開業資金を集めるのはかなり大変そうですね。資金調達はどのように行ったのでしょうか。

髙木:まずは市役所の産業政策課に相談に行きました。「使える補助金はないですか?」「クラフトビールの醸造所をやることによって町おこしになると思うので、何か支援はありませんか?」と聞いてみたのですが、めぼしいものはなく…。

今事業を起こすのは難しいかな、と諦めかけていたときに、たまたま東京で勤めていたときの上司の方々と話す機会があり、「クラフトビールをやってみたいと思ったのですが、お金がかかるので無理でした」と話してみたんです。そうしたら、すごく興味を持ってくださって。

それまで私は、イニシャルコストを洗い出すところまでしかやっていなかったんですが、「いずれにしても、きちんと事業計画を立てておいた方がいいから、まずは事業計画書を書きなさい」と宿題をもらいました。その後、三カ年計画や販売計画など改めて考えながら事業計画書を書き、元上司たちに見せたうえで、資金について全く目途が立っていないと正直に言いました。すると、「支援しましょう」と、開業資金を支援していただけることになったんです。

すごい!ありがたいお声がけでしたね。

髙木:はい、本当に。ですが、そうはいっても、自分でも資金調達をしなければ、といろいろ模索しました。ちょうど十日町市が行っていたビジネスコンテストがあったので、“クラフトビールで地域おこしをしたい”というアイデアで出場したところ、100万円の補助金をもらうことができたんです。その他、クラウドファンディングで資金を得たり、銀行からも融資を得て、それを全部寄せ集めて、なんとか事業をスタートさせることができました。

酒造免許の申請に苦戦するも、設備投資を続けなければならず…

資金調達のほかに、起業する際に大変だったことはありますか?

髙木:酒造免許を取得するにあたり、最終的には醸造所もチェックされるので、先に機材を発注しなければならなかったんです。免許もいつ取得できるかわからないので、何カ月後にビールが作れて、いつ最初の売り上げが上がるかわからない状況で準備を進めなければいけないのは、精神的に辛かったです。

免許が取れないとビールが作れないですもんね…。ちなみに、免許の書類作成などは専門家の方に相談されたのでしょうか。

髙木:一般的には行政書士に依頼される方が多いのですが、私は開業資金がギリギリだったので全部自分でやりました。書類を作成して税務署に持って行き、添削されて返ってきたものを直して出す、の繰り返しでした。申請書類がフォーマット化されていないため、ものすごく時間がかかりました。売り上げ計画や資金計画が必要だということは明記されているけれども、具体的にどういう項目が必要なのかわからないままイチから表を作らなければならなかったんです。税務署のホームページには“最短で3カ月”と書かれていたのですが、結局私は免許を取得するまでに半年かかりました。

無事、酒造免許を取得された後、醸造所を運営されていくなかで大変だったことはありますか?

髙木:ビールの製造は、計算したレシピに基づいて一発仕上げで醸造し製品化するため、失敗ができないプレッシャーがありました。また、私たちの規模だと、どうしても手作業が多い分、値段が高くなってしまうので、その高くなった値段を価値に変えてお客さまに伝えていく必要性も感じました。

手作業が多いとのことですが、従業員はいつから雇われたのですか?

髙木:正社員を採用したのは2021年の4月になってからです。それまではパートスタッフに助けてもらっていました。地元の子育て中のお母さんたちに、お子さんが小学校へ通っている時間帯で手伝ってもらっていたんですが、とうとう手が回らないほど忙しくなり正社員を1人採用しました。

地域の特産品や町の人とのつながりを大切にしたビール造りを

サイトを見ると、ユニークなビールもいくつかありますね。

髙木:はい。現在は定番3種と季節限定ビールの醸造を行っています。ビールの原材料には、十日町市や近隣地域で採れた食材を積極的に使っています。例えば、当社の定番ビールに“十日町そばエール”という商品があります。十日町は“へぎそば”が有名な地域なので、この商品には、そばの実をローストして、そば茶のような風味をつけました。

また、季節限定品として、隣の柏崎市の小麦を使用し、里山に咲いている“あんにんご”という花の香りをつけたビールや、十日町市の“松之山温泉”という塩気のある温泉の源泉を塩に加工している方たちとコラボしたビールもありました。

他にも、十日町市は絹織物の生産が盛んで、着物が有名なんです。当社の瓶ビールラベルは、十日町市内の着物メーカーとコラボで作成したもので、着物の反物を写真に撮らせてもらい、それをラベルに使っています。食材だけでなく、こういうラベルのデザインなど、地域の人との繋がりや関係性の中で商品を作れたらと思い、着物柄の瓶ビールを作りました。

地域の方といろいろな形でコラボできて良いですね。

髙木:そうですね。地場産のものを使用することで、地域の方々が、また新たに十日町市の食材の良さに気付いたり、ちょっとでも地域の活性化やPRに繋げていければいいかなと思っています。今後も地域の方たちとのつながりや、地域の中でできることを大事にしていきたいと思っています。

また、ビールに使用するホップも、十日町産のものを使えるように、自社栽培を始めています。苦節3年でやっと季節限定品のビールに使用して「みんなのエール」という名前で販売中です。

とても素敵です。ビールの販売方法についても教えてください。

髙木:現在は、卸売と小売の両方を行なっています。クラフトビール専門のビヤバーさまやレストランさまへは主に業務用の樽を、地元の酒屋さんや個人のお客さまには瓶ビールを販売しております。

最初は業務用の樽からスタートして、一般小売はやっていなかったんです。すると、近所の方から「ビールを家で飲みたいんだけど」とお問い合わせをいただくようになってきまして。何とかできないかと考えた結果、専用瓶をお客さまに持ってきてもらい、醸造所でビールを詰めて提供する「量り売り」をスタートしました。量り売りは、醸造所の近所に住む個人のお客さまのほか、キャンプに行かれる方がキャンプ場に持って行かれたりしています。

その後、量り売りではどうしても賞味期限が短くなってしまうので、長期間保存でき、取り扱いもしやすい瓶ビールの販売を2020年12月から始めました。

新潟県以外でも妻有ビールは飲めるのでしょうか。

髙木:はい。東京では瓶ビールを購入できたり、店内で生ビールを楽しんでもらえるお店が増えてきています。

また、自社のECサイトも2021年5月にスタートし、ネット通販も始めました。

目の前のタスクに追われた時は「ワクワクする大きい目標」を思い出す

髙木さんにとって、起業の醍醐味とは?

髙木:自分のやり方次第で地域のいろんな方と関わることができますし、自分の考え方1つで地域貢献に繋がる事業を行えることですね。会社が何を目指していくのかを自分で決めて、その目標ややりがいに向かって進んでいけることが一番の醍醐味なのかなと思います。

最後に、これから起業しようと思われている方へ向けてメッセージをお願いします。

髙木:起業する際、やらなければならないことはいっぱいあると思います。そういうときには、“遠くの目標”と“近くの目標”両方を見るバランス感覚がすごく大事だと思っています。例えば、目の前の目標としては“○日までにこの書類を提出しなければいけない”など、日々のタスクが出てくるのですが、そればかりを見ていると、どうしても遠くの目標を見失ってしまうこともありますよね。

そういうときこそ、ワクワクするような大きい目標があれば頑張れると思うんです。「それに向かって私はやるんだ!」と1mmでも進んでいく感覚でいると、大変なことも乗り越えられると思います。

ありがとうございました!

取材協力:創業手帳
インタビュアー・ライター:稲垣ひろみ

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