高い製造技術があるのに仕事が取れない…苦しい創業期を乗り越えられた秘訣とは。
- 起業時の課題
- 資金調達, 事業計画/収支計画の策定, 人材確保、維持、育成, 集客、顧客獲得
約20年パティシエとして就業し、その後、ケーキの卸売りをメインに独立されたシェルライン株式会社の佐和田博昭さん。周りからの信頼も厚く経験豊富なパティシエだった佐和田さんですが、独立してから3年ほどまでは、非常に苦しい時期が続いたと語ります。
それでもめげずに経営を続けた結果、現在ではホテルや大手スーパーなどのさまざまな顧客にケーキを販売されています。なぜシェルライン株式会社は苦しい時期を脱却できたのか、厳しい状況でも「絶対にやってはいけないこと」とは何か、これから起業する方に役立つ経営のポイントを伺いました。
会社プロフィール
業種 | 製造業(食品・飲料) |
---|---|
事業継続年数(取材時) | 5年 |
起業時の年齢 | 40代 |
起業地域 | 大阪府 |
起業時の従業員数 | 4人 |
起業時の資本金 | 300万円 |
話し手のプロフィール
- 会社名
- シェルライン株式会社
- 代表
- 佐和田 博昭
シェルライン株式会社 代表
大原簿記専門学校卒業後、洋菓子店で経験を積み、リーガロイヤルホテル大阪へ入社。ホテル内最高級レストラン“シャンボール”へ配属。コースメニューのデザート製造に従事。その後、ゲストハウスウェディング アニヴェルセルやウェスティンホテル大阪にてシェフパティシエを経験。2017年シェルライン株式会社を創業。
目次
- 20年のパティシエ経験で痛烈に感じた業界の課題
- 経営の知識がなくても、最初から2,000万円の融資を受けられたワケ
- 起業してからずっと苦しい状況が続いた。そこから経営を立て直せた理由
- 依頼があっても受け切れない。そんな状況を変え売上を劇的に増大させた秘策とは?
- 創業期は「鯛でエビを釣る」ことが大切
20年のパティシエ経験で痛烈に感じた業界の課題
現在の事業内容を教えていただけますか?
佐和田さん:ケーキを中心とした洋菓子の卸売りがメイン事業です。卸先はホテルやスーパーなどですね。さまざまな事業者の方々のご要望にお応えする形で洋菓子を製造しています。
その他にも、卸売り用に製造して余ったロールケーキやベイクドチーズケーキなどを冷凍自販機で販売しています。コロナ禍で今はお休みしていますが、以前は店舗にて小売もしていました。
佐和田さんは、もともとホテルのパティシエとして経験を積まれてきたんですよね。
佐和田さん:はい。私は沖縄県の宮古島出身でして、18歳の時に人生で初めてケーキを食べたんです。ものすごくおいしくて衝撃を受け、そこからずっとケーキ作り一筋で20年やってきました。私の場合、製菓学校などに通ったことはなく、ずっと現場で技術を磨いてきました。
起業されたきっかけを教えてください。
佐和田さん:もともと、ホテル業界の課題解決のために創業したんです。
2010年代になって、残業問題に世間から厳しくチェックが入るようになりましたよね。でも元来、パティシエは夜遅くまでホテルに残って練習しなければ技術も上手くならないものだったんです。私の若い時分はそうでしたから。
だから、「残業ができなくなった分、業務時間内に技術の練習をできるように業務効率化を図らなければ、今後ますますホテルのパティシエは困ってしまうのではないか」という思いを強烈に持ちました。
そこで「私が会社を作って、ホテルの人たちがやらなければならない細かい仕事を肩代わりしてあげれば、若いパティシエも修行ができるのではないか」と考え、創業することを決めました。
必ずしも完成品まで作るのではなくて、例えば「スポンジを途中まで焼いてほしい」など、そういった要望も受け付けています。
なるほど。「独立する」と周囲に言ったときは、反対されませんでしたか?
佐和田さん:やっぱり反対されましたね。もともと伝えていたので家族からの反発はありませんでしたが、職場の人たちからはかなり反対されました。確かにホテルでそのまま勤めていればそれなりにやっていけそうでしたから。周囲に思いを伝えて説得するのは大変でした。
経営の知識がなくても、最初から2,000万円の融資を受けられたワケ
起業するにあたって、経営や財務の知識などはどのように学習されたのでしょうか?
佐和田さん:自己資金を貯めるために北おおさか信用金庫に通っていたときに、「創業塾」という起業支援プログラムのパンフレットを見つけ、すぐに応募しました。「創業塾」では、資金繰りのことや融資の進め方、事業計画書の作り方など細かいことをたくさん教わり、融資を受ける際にも非常に役立ちました。1人で勉強するだけでは融資を受けることはできなかったかもしれません。
創業時に融資を受けられたのですね。
佐和田さん:日本政策金融公庫と池田泉州銀行の協調融資で、2,000万円の融資を受けました。自己資金は450万円程度ですね。「創業塾」で知り合った商工会議所の方々からアドバイスいただけたことも大きかったです。
起業する場所として重視したことは何ですか?
佐和田さん:焼き菓子を作ると匂いが出るので、匂いが出ても気にならないような場所であることは重視していました。あとは家賃が安くて、静かなところ。保健所の対応の関係で、工場と事務所が区切られている物件であること。現在の物件を見付けるのに、半年ほどはかかりました。
最初から株式会社を設立された理由をお伺いしたいです。
佐和田さん:ホテルやレストランのお客さまと取引する上で、株式会社という形態が一番信用を得やすいかな、と思ったためです。
起業してからずっと苦しい状況が続いた。そこから経営を立て直せた理由
起業してから、事業は思いどおりに進んでいきましたか。
佐和田さん:いえいえ、特に起業してから1年間が本当に大変でした。ホテルやレストランに営業に行っても、なかなか相手にしてもらえず、現金収入もなく、資金繰り的にはかなり追い込まれました。
結果的に、2年半くらいはギリギリな状況が続きます。創業メンバーは私がホテル時代に知り合ったパティシエで、私を含めて5人いました。私が集めてきた以上、「ここで簡単に諦めるわけにはいかない」という思いは常にありました。でも仕事が取れない現状を前に、「甘い考えで起業してしまったな」と何度も思いました。
起業してから1日も休みなく、給料もゼロ。そんな状況が2年くらい続くと、いよいよ私の精神状態もおかしくなってきたんですね。そこでメンバーについきつい口調で対応してしまうことも出てきて、自分でも「ちょっとまずいな」と反省することも度々ありました。
その後も融資を受けたことはありましたか。
佐和田さん:そうですね。追加融資も何度か受けました。北おおさか信用金庫から500万円、日本政策金融公庫から600万円の融資を受けるなどしています。創業してから2~3年するまでは、経営が安定するとは程遠い状況でしたから。
かなりの額の追加融資ですね。経営が不安定な中では、借りるのも大変だったのではないでしょうか。
佐和田さん:はい。そのときは、吹田商工会議所にある「すいた経営革新支援センター SaBiC(サビック)」にかなりお世話になりました。事業計画書や資金繰りについても親身に相談に乗っていただきましたし、追加融資ができたのもサビックのサポートあってのことだと思います。自分だけだったら多分無理でしたね。最近たまに知人などから起業の相談をされることがあるんですが、そのときはいつも商工会議所に行くことをおすすめしています。
商工会議所の経営支援は心強いですよね。サビックからは、経営面ではどのようなアドバイスがありましたか?
佐和田さん:そのときは、「これだけの工場を持っているのだから、店舗事業を始めれば、それなりの現金収入が入ってくるのではないか」とアドバイスいただきました。ご近所さんからも「誕生日ケーキだけでも売ってくれないか」などと言われることもあったので、工場に小さいショーケースを付けて、「工場の直売所」というイメージで細々と店舗事業を始めました。最初は店舗をやるつもりは一切なかったんですけどね。店舗小売を始めて現金収入が入ってくるようになったものの、それでもやはり厳しい状況は続きました。
そこから経営が上向いた理由は何だったのでしょう?
佐和田さん:ご紹介をいただいた仕事できちんと成果を出し、少しずつ信頼度を上げていきました。それこそ、最初は利益の出ないような小さな仕事であっても喜んでお受けして、他の大手企業ではできないような細かい仕事をコツコツと積み上げていった感じですね。2年ほどはそうした細かい仕事も受けていました。
そうした仕事が評価につながっていったのかもしれませんが、あるとき、大手の製菓メーカーからお仕事の依頼が入り、そこから毎月安定して仕事が取れるようになったのをきっかけに経営状況が大きく上向いていきました。特別何かをしたわけではないんですよ。ご紹介を頂いた仕事に丁寧に向き合ってきた結果かもしれません。
依頼があっても受け切れない。そんな状況を変え売上を劇的に増大させた秘策とは?
大手企業の仕事が入るようになって大きく状況が改善された、ということなのですね。そこからもお仕事は紹介ベースでもらっていた、という形でしょうか?
佐和田さん:そうですね。基本的に紹介ベースです。起業して3年目には、順調にお仕事がもらえるようになっていきました。その結果、お仕事のご依頼を頂いても「今は無理です」と断るようなケースも増えてきました。そうすると、本来受けられたお仕事を逃してしまい、もったいないですよね。当時は注文を頂いてからそのご要望に沿って生産していたので、生産数が上下していました。注文量が多い時期と少ない時期があり、生産量を平準化できていなかったんです。
そこで「生産量さえコントロールできれば、もっと仕事を受けられるのに」と考え、冷凍ケーキを販売することを始めました。冷凍ケーキは計画的に生産できるので、作業時間も平準化できるようになり、空いた時間で新しいお仕事を受けられるようになりました。その結果、売上も大きく向上したんです。労働環境も改善され、良いことづくしでした。
5年ほど経過して、ようやく創業当時に思い描いていたようなホテルからのお仕事をもらえるようになりました。最初は見向きもされなかったですが、そこから諦めずに頑張ってきて良かったなと思っています。
ホテルの方々からは、どのような評価を受けていらっしゃるのでしょうか?
佐和田さん:「細かくて面倒な作業を引き受けてもらえて助かる」といったお声が多いですね。まさに、私が創業当時に思っていたようなことができていると感じます。ようやくお役に立てることができるようになって、感動もひとしおといったところです。
創業期は「鯛でエビを釣る」ことが大切
コロナ禍によって、ケーキの卸売り事業や店舗事業にどのような影響がありましたか?
佐和田さん:新型コロナウイルスが流行し始めたことを受けて、店舗事業はすぐにクローズすることを決めました。それまで多くのご依頼を受けていたレストランからの仕事もゼロになってしまいました。しかしそのころから大手スーパーからご依頼がくるようになり、逆に販路は広がりました。
それでは、コロナ禍が逆にチャンスになったということですね。
佐和田さん:そう言えると思います。他にも、冷凍自販機の存在を知って、新たに卸売りで余ったケーキなどを販売し始めたところ、当初思っていたよりも売れ行きは好調です。
順調に売上を伸ばされているということですね。それでは、現在の課題はどういったところにあるのでしょうか?
佐和田さん:まず、創業当初から思い描いていた業界の課題解決、つまり、ホテルからの卸売りのニーズに応えることは引き続きやっていきたいです。ニーズはこれからますます高まっていくと思いますので、そこに応えられるだけのスタッフを揃えていくことが最重要課題になります。スタッフを少しずつ増やしながら、徐々に販路を全国に拡大していけたらと考えています。
もう1つは職場環境の改善です。パティシエという職業は女性が多い職業で、弊社も私以外は全員女性です。出産や育児などを経ても女性が働きやすい環境を作ることができるか、といった点は課題ですね。
これから起業される方にも、多くの困難が待ち受けているはずです。そうした方々に向けてアドバイスをいただけますでしょうか?
佐和田さん:私の経験上、起業して半年から1年程度は資金面で苦しくなる方も多いかと思います。でもそこで手間を惜しんだり、安易に商品の品質を一度でも落としてしまうと、一気に信用を失ってダメになってしまうかもしれません。安い材料に切り替えてしまったりするとね。どれだけ苦しくとも、品質だけは譲らないようにしなければいけません。創業当初、3年は鯛でエビを釣るように心がけなさいと教えていただきました。
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- 業種
- 製造業(食品・飲料)、サービス業(飲食)
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- 起業時の年齢
- 40代
- 起業時の従業員数
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