経営学者が地域密着ビジネスを経営。創業期の人材マネジメントや困難を乗り越えるヒントを学ぶ。

起業時の課題
人材確保、維持、育成, 集客、顧客獲得, 仕入先確保, 製品/サービス開発

大学で経営学を教える現役の准教授でありながら、自ら地域創生の会社を立ち上げ運営されている、かけわ株式会社代表取締役の髙木俊雄さん。髙木さんは、生まれ故郷である千葉県香取市を拠点として、マルシェ出店、ビール・チーズ製造販売、レストラン運営の3つの事業を軸に複数事業を展開しています。

そこでやはり注目したいのが、経営学者が実際の経営に臨んでいること。お話を聞いていくと、理論を重視しつつも、一方で社内では誰よりも泥臭く地道に経営に立ち向かっている髙木さんの姿勢が見えてきました。

会社プロフィール

業種 製造業(食品・飲料)、サービス業(飲食)
事業継続年数(取材時) 4年
起業時の年齢 40代
起業地域 千葉県
起業時の従業員数 1人
起業時の資本金 10万円

話し手のプロフィール

会社名
かけわ株式会社
代表取締役
髙木 俊雄
昭和女子大学 グローバルビジネス学部会計ファイナンス学科 准教授
大学院時代に外資系企業の人材育成戦略構築に従事して以来、人材育成や経営戦略を専門とする。大学教員として大学生及びMBA取得を目指す大学院生に対し教育・研究指導を行いながら、地域活性化を目的とした「かけわ株式会社」を指導学生とともに設立。現在は、地域資源を原料としたクラフトビールおよびチーズの製造・販売、規格外野菜などの販路拡大を目的とした産直マルシェを都内で実施している。

目次

ミッションは、地域に根差したビジネス・エコシステムを作ること

現在の事業内容を教えていただけますか?

髙木さん:地域活性化のためのビジネスを複数展開しています。千葉県で採れた安全な野菜を東京都内各地で販売するマルシェ事業や、千葉県香取市の近隣農家が生産した農畜産品を活用したビール・チーズ製造販売事業、千葉県香取市の伝統的な建築をリノベーションした建物にてビールとピザを提供するレストラン「Brewery & Cheese 伊能忠次郎商店」事業など、千葉県香取市を拠点に、その地域の魅力を最大限に活用してマネタイズできるように活動しています。

自社だけの利益を追求するのではなくて、地域の皆さんとウィンウィンの関係を結べるような、ビジネス・エコシステムを創出していくことが最大のねらいです。

KAKEWAを中心とした時のビジネスエコシステム:自治体との間では補助金による設備投資支援を受け、観光客の滞在時間延長を与えることができる、周辺店舗との間では連携したサービス提供を受け、相互送客による売上向上を与えることができる、生産者との間では農作物の配給を受け、安定した買取を与えることができる、金融機関との間では融資などの支援を受け、事業拡大を与えることができる

非常に多岐にわたってビジネスを展開されていらっしゃいますね。そもそも、千葉県香取市を拠点にしたのはどのような理由からでしょうか?

髙木さん:もともと、私の出身が香取市なんです。ただ高校から市外に出てしまったので、そこからしばらく付き合いはありませんでした。20年ぶりくらいに地元に帰省した際に行政や金融機関の方々とお話しする機会があり、ビジネスの可能性を感じて、香取市を拠点にすることにしました。

ビジネスをするうえで、香取市の魅力はどのような点にあるとお考えでしょうか?

髙木さん:農業が非常に盛んであることと、観光地としての魅力が多いことです。香取市は、倉敷や川越のようなレトロな雰囲気があり、海外ドラマの舞台になることもあるため、海外からも観光客が訪れます。インバウンド観光業もこれから盛り上がっていくと思います。

自社の利益だけでなく、地域全体を盛り上げていきたいということですが、それにはどのようなねらいがあるのでしょうか?

髙木さん:そもそも、弊社は学生たちの教育を目的として始まった会社なんですね。産学連携プロジェクトという位置付けです。

「かけわ」という会社名も、学生たちに考案してもらったものです。「社会的にまだ魅力が知られていないものやことをつなぎ合わせ、掛け合わせることで新たな価値を創出する」という意味が込められています。

私が教鞭を執っている昭和女子大学、明治大学、学習院大学の学生は、ほとんどが都市部出身なんですね。その学生たちに、他地域の実態に目を向けてほしいという思いがありました。ローカルビジネスの可能性と限界を知ってほしいということです。

経営学者が経営を実践するに至ったワケ

しかし、あえてビジネスを実践するのは大変ですよね。それでもチャレンジされた理由についてお聞かせいただきたいです。

髙木さん:昭和女子大学に2016年に着任したときから、学内で産学連携を担当してきました。その一環で現地に視察に行くと、「たった数日視察するだけでは地方のことはわかりませんよ」と言われることがあったんです。「あなたたちは2~3日学生を連れて視察に来て、満足して帰るかもしれないけれども、それ以降私たちはずっと毎日同じ仕事をやるんですよ。お客さん的に来てわかったような顔をされても困ります」と暗に示されたんですよね。私は「それが本音だよな」と納得したんです。

そして、「どうせやるなら、教育目的であったとしても、より地域経済にコミットしなければいけないな」という思いになり、2018年に会社を設立したんです。

なるほど。教育と地方創生という2つの目的があるのですね。教育目的ということですが、もともと髙木さんはどのような研究をされてきたのでしょうか?

髙木さん:会社の仕組み作り、人材育成、経営戦略といった分野の研究を主にしてきました。人材育成のコンサルティングもしています。

今回のビジネスを始めるにあたっては、これらの知識を活かしてみたいという思いも当然ありました。地域のブランディングを考えるときには戦略の知識を活用できますし、会社の人材育成の知識もそうです。こうした点に魅力を感じていた、というのは事実です。

それでもやはり、自分でビジネスをする経営学者の方は珍しいと感じます。もともと「いつかは企業経営をしてみたい」という思いはお持ちだったのでしょうか?

髙木さん:もともと、実家が商売をやっていたので、幼少期から経営というものは身近な存在でした。私は長男なので、実家の商売を継ぐことも期待されていて、簿記の仕訳をしたり財務諸表を読んで戦略を考えたり、そういうことも当たり前にやらされてきたんですね。そういった事情があったので、ある意味では経営というものを等身大で見られていました。ただ、身近な存在すぎて、自分で会社を作って代表をやろうとは思っていませんでした。

ご実家がビジネスをされていたということですが、そこで学んだことで今も活きていることなどがあれば教えてください。

髙木さん:そうですね。「誰を見て商売をしているのか」ということは口すっぱく言われてきました。それは私の会社でも意識していることです。

初年度から2,800万円売り上げたコツ

初めに手掛けた事業について詳しく教えていただけますか。

髙木さん:事業を始めた直接的なきっかけは、千葉県に直撃した台風です。当時、台風被害でビニールハウスなどの多くが倒壊してしまい、農家の方々が苦しまれていました。農業ビジネスの生産・流通両方が被害を受けていたんです。その状況を見て、何かできないかということでスタートしたのが、地元の農家の農産物を都内で販売するマルシェ事業でした。元手がかかりませんので、小さく始められました。まずは、資本金10万円の合同会社を設立したんです。ルミネさんや世田谷区さんなどがこちらの思いを汲んでくれて、マルシェ事業はスムースに始められました。

その後、コロナ禍でもより農産物を購入しやすいようにという思いから、農産物の通販事業もスタートしました。

そうして事業を大きくしていく中で、資金調達のしやすさなども考えて、株式会社に法人格を変更しました。

今では、レストランの運営とビールとチーズの製造販売、野菜の生産販売などの複数事業を手掛けるようになりました。

社員の方は何名ほどいらっしゃるのでしょうか?

髙木さん:3名の正社員と、あとはアルバイト数名ですね。私の教え子も多いです。また、マルシェを開催するときはスポットで学生をアルバイト雇用しています。

まさに教育内容を実践されているのですね。すばらしいです。具体的には、どの程度の売上があるものなのでしょうか?

髙木さん:レストランとビール、チーズの3つの事業は2022年に始めましたが、2022年の3月~11月までで、2,800万程度の売上が立っています。

それはすごいですね。教育をしながら会社経営もされているわけですが、忙しい中でも従業員の方々をマネジメントするコツを教えてください。

髙木さん:基本的には、失敗しても良いような仕組みを作ったうえで、皆に任せるようにしています。従業員には「失敗しても大丈夫だから」と伝えています。いろいろとシミュレーションをして、失敗したときのリカバリープランも作っているので、失敗しても致命的なことにはならないようになっています。

しかし、本来行うべきことができていない場合は指導しています。例えば、チーズ作りで牛乳を管理する際、帽子を被っていないスタッフがいたことがあったんですね。そのときは、牛乳をすべて捨てさせました。少しでも髪の毛が入っていればアウトなので。それぞれに裁量を与えつつ、しっかりと目を配る、そのバランスが大事かもしれませんね。

ビール作りとチーズ作りについては、髙木さんが学ばれたんですか?

髙木さん:いえ、私にはできないので、従業員にやってもらっています。ビールの責任者は、香取市出身なんですが海外経験も長い方で、オーストラリアでクラフトビールに魅力を感じ、帰国後も国内の地ビール屋さんで経験を積んできていた方なんですね。その方がちょうど独立を考えているときに偶然的に出会い、事業責任者をお願いすることになったんです。チーズの方は、私の指導学生がチーズ作りを学んでやってくれるということで、実際に工場に行って学んでもらいました。最初は相当苦労したのですが、何度もチーズを作っていくうちに、商品として売れるレベルのものを作れるようになっていきました。

地域密着型のビジネスならではの資金調達のポイントとは

ビール工場、チーズ工場はどのように確保されたのでしょうか?

髙木さん:地元にあった古い建物をリノベーションして作りました。昔ながらの町並みが続く観光地の真ん中に、長らく放置されている倉庫のような、体育館のような建物があったんです。この建物は景観とあまりマッチしていなかったので、少々問題になっていました。

それだったら「私たちがリノベーションして使わせてもらおう」ということで、古民家再生を行っている会社を経由して建物を借り受けてリノベーションし、工場兼レストランとして生まれ変わらせました。

ロゴマークも以前からあったものを作り直しました。もともと「伊能忠次郎商店」という農機具屋さんだったので、「その名前を使わせてください」と所有者の方に許可をいただいて、ロゴも鎌をイメージしたものを現代的にデザインしてリブランディングしました。

最初はマルシェ事業から始められて、資本金も少なかったと思いますが、資金はどのように調達されたのでしょうか?

髙木さん:事業再構築補助金で1,000万円、ものづくり補助金で約400万円、それぞれをビール工場、チーズ工場のための資金として調達しました。

その後にも、地元の金融機関である佐原信用金庫さんから500万円ほど融資を受けました。

すばらしいですね。金融機関の方々とは最初から親しくされていたのでしょうか?

髙木さん:そうですね。会社をスタートさせたときから、行政や金融機関などの方々に我々のねらいを話させていただいていました。そこで「地方のビジネス・エコシステムを作りたい」ということを話していたので、行政・金融機関の方々も協力的だったんです。「香取市としても、観光客が長く滞在してくれるようにしたい。そのチャレンジに民間企業が取り組んでくれると助かる」などと言ってくださって、非常に好意的でした。

なるほど。周囲にしっかりと説明を尽くすことや、日頃からのコミュニケーションも大切ですね。

髙木さん:そうですね。何かあれば気軽に相談しています。相談していると、「商談会に出展してほしい」という依頼を受けたり、いろいろなアドバイスをしてくれたりと、何かと助かっています。幼いときからの経験もあって、金融機関とは仲良くしていた方が良いと思っています。

金融機関の方々と親しくするためのコツなどはありますか?

髙木さん:何でもオープンに見せることですね。もちろん、やましいことはないのですが、最初からこちらの状況を開示することで、先方も協力してくれていると思っています。特に信用金庫は地元の情報を持っているので、地域密着型ビジネスの場合には仲良くした方が良いですね。

信用金庫さんなどで融資を受けると、融資利率は若干高くなってしまうこともありますよね。

髙木さん:それはコンサル料だと思っています。利率以上に、彼らが紹介してくれる地元のネットワークを利用できるメリットの方が大きいです。

参入障壁の高いビジネスをあえて選ぶ!その理由は?

レストラン事業と、ビール・チーズ製造事業の開始初年度から2,800万円も売上があったということですが、販路拡大のポイントを教えてください。

髙木さん:経営学を教える教員なので、卒業生などでビジネスに関連する人が多く、彼らに電話をかけて営業していました。また、地元出身であることも活用して、そのツテにももちろん連絡しましたよ。チーズの販売先のレストランなどにも電話をかけていましたね。実際に訪問して営業をかけることもありました。

それはすごいです。大学の先生でありながら、そこまで泥臭いこともされているなんて。なかなかできないですよね。先生はビジネス戦略も専門とされていますが、今のビジネスを選ぶにあたって「良かったな」と思うことはありますか?

髙木さん:特にチーズ作りは参入障壁が高かったのが良かったかなと思っています。チーズ作りを習得するまでは大変でしたが、その大変さがゆえに競合他社が少なかったので販路開拓は順調に進みました。現在に至るまで、順調にビジネスを拡大していけたのは参入障壁の高さゆえだったかもしれません。

みなさんも、参入障壁が高いビジネスだらかといって最初からあきらめるのではなく、その可能性についても考えてみるのも良いかもしれません。

髙木さんはこれからも会社経営と教育を両立されていくのでしょうか?

髙木さん:いずれ、かけわの経営からは退こうと考えています。私の本業はあくまで研究と教育です。かけわでの私のミッションは、会社としてきっちりと売上と利益を出せるようにし、自走できるようにさせることです。実は私自身は、かけわから役員報酬を一切もらっていないんです。あくまで私にとってかけわは、教育のためのプロジェクトだからなんですね。でもそれではビジネスとして継続しない。だからこそ、私が離れてもきちんと利益が出せるような会社になるための仕組みをしっかりと構築してから卒業しようと思っています。

それができれば今度はまた、違う地域で地方創生、特にそこにしかない資源を活用した商品、サービス、仕組みを作り出すプロジェクトを興してみたいんです。

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