企業に勤めながら20代で起業。大手企業や行政だけでは難しい新たな価値や文化の創造に挑み続ける発想法。

起業時の課題
製品/サービス開発

渋谷ブレンド株式会社代表取締役社長の細目圭佑さんは、株式会社リクルートの現役社員でありながら、社外でもさまざまなプロジェクトを展開してきたパラレルワーカー。20歳で発症した1型糖尿病をきっかけに本当にやりたいことを突き詰め、全力を注いでいらっしゃいます。

リクルートの社外では、独立して、患者当事者発のヘルスケアIoTプロダクトの開発や、渋谷区を実証実験エリアとした官民連携による新規事業開発など、多面的にプロジェクトを組成。精力的に複数事業を運営する秘訣はどこにあるのか、その発想法の根幹にあるものに迫りました。

会社プロフィール

業種 サービス業(その他)
事業継続年数(取材時) 2年
起業時の年齢 20代
起業地域 東京都
起業時の従業員数 3人
起業時の資本金 400万円

話し手のプロフィール

会社名
渋谷ブレンド株式会社
代表
細目圭佑
渋谷ブレンド株式会社代表取締役社長
株式会社Langerhans代表取締役社長
1992年生まれ、慶應義塾大学理工学部卒。株式会社リクルートに在籍しながら、パラレルキャリアを実践。バイタルデータの可視化に取り組むヘルスケアテックLangerhansの創設をはじめ、幅広い事業開発やプロジェクト組成に従事。専門は官民連携やアライアンスによる新規事業開発。渋谷の各種プロジェクトや行政からの戦略的エリアマネジメントの要請を踏まえ、2021年に渋谷ブレンド株式会社を設立。大手企業や行政とアライアンスを組みながら自社事業を展開。

目次

20歳で不治の病、1型糖尿病を発症し変わったこと

現在の事業内容を教えていただけますか?

細目:1型糖尿病患者さんとそのご家族に向けたリアルタイム血糖値可視化照明プロダクトの「looook(ルーク)」を開発する「株式会社Langerhans」や、渋谷区をはじめとした行政や大手企業などと連携しながら新規事業を作っていく「渋谷ブレンド株式会社」を運営しております。

細目さんは、学生の頃から起業を志していたんでしょうか?

細目:いえ、違います。ただ、20歳のときに1型糖尿病を発症したことが、私の人生への向き合い方を大きく変えました。1型糖尿病は10万人に1人という確率で発症する不治の病です。月並みな表現ですが、発症してからは1日1日を大切にするようになりました。毎日を本気で生きるようになったというか。

ちょうど就職活動を考え出した時期だったので、「私のようなリスクを抱えた人材を、企業は採用したくなるのか」ということを考えてみたときに、まったく同じ能力だった場合、私ではなく健康な人を採用するだろう、という結論に至りました。実際はそんなことなかったですし、今思えば、短絡的な思考だったと反省していますが…。

そこから、1型糖尿病患者であっても、「そのハンデを跳ね返せるだけのパフォーマンスを発揮できる人材に早くなりたい」という思いのもとに、20代前半を過ごしてきました。いつどんな状況でも生きていけるような状態を作るために、1つ1つ目標を作りながらクリアしてきた感じです。

なるほど。病気の発症によって、考え方が大きく変わったんですね。

細目:もともと大学では有機化学が専門だったので、病をど真ん中に研究してみようと思いました。しかし、50年~100年といったスパンがかかることは私にとっては長すぎまして、研究者の立場から1型糖尿病患者の課題解決をする、というルートは取りやめました。根本的な解決にならなくとも、課題解決に役立つようなことを推進していけるような人材になった方が、結果的に1型糖尿病患者のためにもなるのではないか、と考えるようになったんです。

私自身が1型糖尿病患者として生き延びるため、その課題解決の手段としてビジネス分野を選び、その中で事業開発もできるようになれたらいいな、と思っていた、という方が正しいかもしれません。

発症のショックを上回ったのは「自分はやれる」を証明したいという気持ち

大学卒業後はリクルートへ入社されていますね。入社の決め手は何でしたか。

細目:一言で言うと、ご縁ですね。大学3年生のときに海外インターンへ参加したのですが、たまたま主催オーナーがリクルートだったことがきっかけです。リクルート云々というより、「1型糖尿病持ちでも、海外でやっていけるぞ」というところを証明したかったんです。

当時のリクルートの社員の方々の雰囲気がインターンを通じてわかって好感を持ったのと、私自身、新しい文化を作っていける人、大きな課題解決ができる人になりたい、という思いがあったため、それが実現できそうなリクルートにそのまま修行させてもらう気持ちで入社を決めました。

入社されてからは、どのような経歴を積まれたのでしょうか?

細目:新人時代は北陸エリアの経営者と「事業を成長させていくために、どのような人材を育成すべきか」といったテーマで議論を重ねさせていただきました。

その後は、国内外トップ企業のHRM(人的資源管理)を総合プロデュースさせていただきました。現在は、リクルート社内の事業戦略に関わる企画に携わっています。

ということは、まだリクルートをお辞めにはなっていない、ということですね。

細目:そうです。リクルートに勤めながら、パラレルワークとして渋谷ブレンド株式会社やリアルタイム血糖値照明looookの開発などの各種プロジェクトにも力を入れています。同時並行で10個くらいプロジェクトを回しているイメージですね。

1型糖尿病と共生する当事者として課題解決に貢献するためのプロダクト作り

looookを作ろうと思われたのはいつごろでしたか?

細目:27歳のころでしたかね。入社時にリクルートでやりたいと思っていたことは一通り経験できたタイミングだったので、学んだことを横展開しながら、患者当事者がほしいものを自らつくり実装するヘルスケアテックプロジェクト「Langerhans」を立ち上げました。当事者として、同じく1型糖尿病と共生する患者さんに役立つプロダクトを作ろう、という思いで始めたんですよね。プロジェクトを面白がってくれるエンジニアが周囲にいてくれたことも後押しになりました。

どのようなプロダクトなのか、改めて詳しく教えていただけますか。

細目:血糖値可視化アプリや健常者向け糖尿病予防プログラムなど色々つくりましたが、最近力を入れているのは、1型糖尿病の子供とそのご家族をターゲットにした、リアルタイム血糖値と連動して色が変化するIoT照明「looook(ルーク)」です。

そもそもの前提として、1型糖尿病患者はインスリンホルモンを投与しないと、食事によって得た糖質をエネルギーにうまく変換ができません。血糖値は低すぎても高すぎても身体に負担がかかるので、1型糖尿病患者の子供を持つ親御さんは四六時中子供を見守っていなければなりません。「血糖値管理にOFFを。」をコンセプトにlooookを開発しました。

ちなみに、製薬会社や医療機器メーカーだけで1型糖尿病患者向けのプロダクトを短期間で作っていくというのは、コンプライアンス的な観点や、医療業界独特の慣習により難しいところがあります。

そこで、1型糖尿病患者の当事者である自分を実験台にして、機動力のある事業体を立ち上げ、プロダクトを作ることにしたんです。それでもプロダクトアウトまで2年はかかりました。もし医療機器メーカーなどが開発していたら、もっと時間がかかっていたとは思います。

ゼロからのものづくりは時間がかかりますよね。looookは最初から今のような可愛らしいデザインだったのでしょうか?

細目:いえ、最初は全然違ったものでした。血糖値可視化アプリだったり、血糖値をリアルタイムに表示するアプリだったりといろいろと試しながら、開発を進めていきました。血糖値を音楽に変換する、というアイデアもありましたね。最終的に、UI・UXにこだわり、今の形に落ち着きました。

いろいろアイデアを練りながら、当事者として自分が欲しいと思うものを作っていったと。ちなみに、個人的なプロジェクトとおっしゃっていましたが、その後法人化されていますよね。

細目:はい。開発当初はプロジェクトとしてしばらく進めていたのですが、厚労省のスタートアップ支援プログラムに採択いただく関係上、法人化しないといけなくなり、2019年に慌てて株式会社Langerhansとして法人化しました。当時は遊びや飲み会に使っていたお金をIoTのプロトタイプ制作にほぼ全て費やしていましたね。

官民連携を推進する事業体「渋谷ブレンド」が生み出すもの

渋谷ブレンドができたきっかけは何だったのでしょうか?

細目:ヘルスケアテックプロジェクトLangerhansを立ち上げたときに、渋谷の複数のインキュベーションセンターに採択いただきました。そこにはさまざまな活動を行う熱量のある若者、オープンイノベーションを推進したい企業や行政が集っていたんですね。「社会をみんなで良くしたい」という思いはあるけれども、それぞれの理屈が多様であるが故に、なかなかその思いが実現に移るまで統合されづらい状況でした。

そうした課題に対して、各者の想いを1つ1つ翻訳しながら組み合わせていけば新しい価値を生み出せるんじゃないかな、という仮説を持ちました。そこで、そういった議論や、実行に向けたアクションをしていけるように、ワーキンググループを組成したんです。

そこに渋谷区の議員さんや行政の職員の方々も来ていただき、多様な議論を重ねていく中で、事業として推進する法人格が必要ということになり、渋谷ブレンドが立ち上がった、という次第ですね。

なるほど。プロジェクトをデザインし推進していく中で自然発生的に組織として立ち上がってきたんですね。具体的にはどのような事業を行なっているのでしょうか。

細目:例えば、「集まらないハロウィン」を合言葉にHELLO! NEW HALLOWEEN 実行委員会を発足させています。

以前から渋谷におけるハロウィンは騒音やゴミなどが絡む解決が難しい行政課題でした。2020年と2021年は新型コロナウイルス感染症蔓延がさらに問題を複雑にさせていました。

渋谷のハロウィンというのは自然発生的な渋谷の文化なので、それを否定するのではなく共存する形で渋谷を盛り上げていけたらなと思い、このプロジェクトを企画しました。渋谷ならではのマスクを作ったり、10月31日に集中しないようにプロジェクト期間は10月1日~10月31日まで伸ばしたりと、ハロウィンを渋谷行政や街と一緒に楽しめるものにするためのさまざまな仕掛けを作りました。

渋谷ブレンドでは今後も多様なプロジェクトを立ち上げていくご予定ですか?

細目:はい。プロジェクトに即して、最適なエリアが存在しますから、ある意味で渋谷という街にこだわる必要はないと思っています。むしろ渋谷から各地に飛び込んでいくことは面白いことです。例えば、日本で最も人口減少が激しいエリアである島根県なら、日本の10年後を先取りした実証実験ができます。最近では大田区蒲田大森町エリアで渋谷ブレンドが電鉄さんや街工場さんと連携しながらカーボンニュートラルを見据えた新しいものづくりの商流作りに挑戦しています。

さまざまなヒト・モノ・カネを融合させながら実験的なプロジェクトを次々と仕掛けていく予定です。糖尿病当事者によるリアルタイム血糖値可視化照明looookもその中の1つのプロジェクト、というイメージですね。

"It's NEW."を作り出すのが起業の楽しさ

事業作りの楽しさはどういった点にあるのでしょうか?

細目:いろいろと楽しいところはありますけれども、やっぱり世の中に存在しないものを作れることがおもしろいですね。それが私のプロジェクト組成の基準でもあります。それは"It's NEW."(新しい)かどうか、ということ、ですね。

"It's NEW."を生むためのポイントは何かありますでしょうか?

細目:既存のもの同士を組み合わせることが意外と近道だな、とは最近は感じています。渋谷ブレンドのようにいろいろなプロジェクトを同時並行で手掛けていると、「これとこれを組み合わせれば……」といった具合で新しい化学反応が生じやすい。さまざまなプロジェクトをやることで、事業同士の相乗効果が生まれる。それが楽しいですし、だからこそいろいろなプロジェクトをこれからもやっていきたいですね。

さまざまなプロジェクトをやろうと考えたときに、機動力の高い状態をつくれるような組織作りを心がけています。多様性に富む素敵な仲間たちがいてくれるからこそ実現できることだと思っています。

ある種「楽しさ」を優先して動いていく細目さんの姿勢は非常に珍しいと感じます。

細目:そうかもしれませんね。私にとって、事業開発をすることは、「仲間たちとの未来の遊び」が増えるようなものです。人生100年時代ですので、みんなで将来楽しみながら仕事にできる領域を今のうちから耕しておくっていうようなイメージですかね。

取材協力:創業手帳
インタビュアー・ライター:樋口 正

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