人の死と向き合う。苦しい時期を乗り越え事業を守り拡大できた地道なオフライン集客術。
- 起業時の課題
- 事業計画/収支計画の策定, 集客、顧客獲得
札幌市・函館市で遺品整理を中心に事業を展開されている「こころ屋」の藤田承申さん。業界イメージが決して良くない「遺品整理業」を選んだ理由には、ご自身のキャリアの中で経験されてきた熱い想いがありました。「AIが進んでも、最後は人が人を救うと信じているんです」と語る藤田さん。人とのつながりを大切にし、集客や人材集めなど多くの場面で周りに助けられていると言います。今回はそんな藤田さんの開業ストーリーを詳しく伺っていきます。
会社プロフィール
業種 | サービス業(代行・請負業) |
---|---|
事業継続年数(取材時) | 3年 |
起業時の年齢 | 40代 |
起業地域 | 北海道 |
起業時の従業員数 | 0人 |
起業時の資本金 | 非公開 |
話し手のプロフィール
- 会社名
- まごころの遺品整理・生前整理・特殊清掃 こころ屋
- 代表
- 藤田 承申(ふじた よしのぶ)
葬儀社での仕事を通じて、人の死に対する意識が大きく変わる。同時期、母親を亡くし、自身も遺品整理を経験。人の死や残された家族のことを考えるようになり「同じ経験をされる方へのサポートが必要だ。超高齢化社会と呼ばれる現代に何か役に立てることはないか?」との想いから遺品整理士を志し、「まごころの遺品整理・生前整理・特殊清掃 こころ屋」を開業。
目次
- 遺された遺族の“心”に寄り添いたい。
- 想いを持って作った企画書が却下され、一念発起。
- 個人事業主で500万円の創業融資が受けられた理由は?
- 業界自体の認知度が低かったからこそ広告やネット集客よりも大切にしていたこと。
- 誠実に対応すれば派遣スタッフも期待以上の良い仕事をしてくれる。
- 遺品整理には何物にも代えがたいやりがいがある。
遺された遺族の“心”に寄り添いたい。
事業概要について簡単にお聞かせください。
藤田さん:遺品整理、生前整理、特殊清掃、お仏壇などのお焚き上げ供養、ウイルス除染などを行っています。
北海道の七飯町でスタートし、現在は七飯町と札幌市内に拠点を置いています。
「遺品整理業」というのも最近耳にするようになってきましたね。
藤田さん:はい。昔は遺族、特に亡くなった方の子供が親の荷物を後片付けして整理するのは当たり前のことでした。ただ、自分で整理しようとすると、幼少期の写真だとか、昔の家族写真だとか、そういうものを発見してしまいます。そこで涙して手が止まってしまい、一向に整理が進まない、という方が非常に多いです。
一方で、いろいろな事務手続きに追われ、故人との思い出をしっかり振り返る時間もなく泣くに泣けないという人もいます。特に遠方から実家へ帰省して遺品整理をする遺族の方などは、手続きと同時並行で遺品整理に奔走した結果、ご自宅に帰れない日々が続いてしまうなんてこともあります。
また、遺族の方の年齢も多くは還暦を超えており、そうした方々がタンスやベッドなどの家具を自分たちだけで処理するのは大変なんです。自治体によってもゴミ処理のルールが違うこともネックになります。
そうした一切のことをすべて任せられる、という点で当社のサービスにニーズがあるのだと思います。
想いを持って作った企画書が却下され、一念発起。
これまでのキャリアについてお聞かせください。
藤田さん:最初は大手ガス会社のグループ会社に就職して、施工も営業も経験し、10年ほど勤めました。そのときのお客さまのご縁で病院に転職し、毎日のように人の死に直面することになりました。そこでいろいろと考えることが多くなり、人の死に携わる仕事の重要性を感じるきっかけとなりました。
ただ、勤務先で体を壊してしまったこともあり、辞めざるを得なくなりまして、葬儀社に転職します。葬儀社で遺族のケアと葬儀の一切を執り行う中で、遺族の大変さに改めて気づいたんです。今は核家族も多く、遺族は都心に勤めていて亡くなられたお父さんお母さんは田舎に住んでいる、というケースも多いです。そうなるとお勤めをしながら田舎と飛行機で行ったり来たりしながらさまざまな後処理を進めることになり、費用的にも、精神的にもきついですよね。
それを目の当たりにして、「葬儀だけではなく、その後のプロセスもお手伝いできたら」と思うようになりました。
そこからご自身が開業に至るまではどのような背景があったのでしょうか。
藤田さん:葬儀社のころから遺品整理業にはずっと想いを持っていたので、サービス関連の会社に勤めながら勉強を続け、遺品整理や特殊清掃に関連する民間資格をいくつか取得していたんです。
今後その会社の事業が危うくなるのは見えていました。そこで社長に「遺品整理の別部門を立ち上げて収益に貢献したい」と提案しました。しかしその社長は手渡した提案書を開くこともなく、却下されてしまったんです。そこで「じゃあ、自分でやるしかない」となり、独立することにしました。
個人事業主で500万円の創業融資が受けられた理由は?
開業時、資金調達はされましたか。
藤田さん:創業融資で日本政策金融公庫から500万円を融資していただきました。その後に、コロナ禍を迎え業績にも影響があり、300万円の追加融資をしていただいています。
遺品整理業というビジネスモデルですと、開業の初期費用は比較的抑えられるようにも感じるのですが、どのような用途で資金が必要だったのでしょうか。
藤田さん:初期費用で大きくかかったのは移動手段の車両購入費ですね。あとは、特殊清掃において臭いを消すための専門的な機材が必要になります。医薬品も市販品ではないものを購入することになるので、ある程度の初期費用が必要でした。
なるほど。遺品整理の資格を取得されていたとはいえ、その業種の経験がないにも関わらず、最初から500万円の融資を通せた理由は何だと思われますか。
藤田さん:やはり葬儀社に勤めていたのは大きいのではないでしょうか。そのときからあるつながりを集客材料や、その経歴を私自身のキャリアの一貫性として判断いただけたのではないかと思っています。また、民間の事業計画書作成のサポートをしていただけるところをネットで調べ、お手伝いいただきました。
業界自体の認知度が低かったからこそ広告やネット集客よりも大切にしていたこと。
開業してから一番苦労されたことは何でしょうか。
藤田さん:やっぱり集客ですね。当時は遺品整理業自体の認知度が低かったこともあり、ホームページを作ったり、広告を出したりといろいろやってみましたが、最初は全然反響がありませんでした。他にも新聞広告なども出していました。最初は認知してもらうことが始まりなので、最初から反響があることはそこまで期待していませんでしたが、なかなか芽が出ないのは辛かったです。
そこで大事にしていたのが、横のつながりを広げることです。葬儀社時代からつながりはあるものの、より広げていくために、弁護士などの士業事務所や不動産関係、介護関係の事業所などにとにかく挨拶してまわりました。
ただ、誰でも良いというわけではなく、しっかりと想いを持って仕事をされている方と関係を築いていくことを重要視していましたね。この業界は悪徳業者も多く、悪いイメージを持っている方もいる中で、当社が「いかに誠実に仕事をしているか」という点をアピールしていました。
そのようなことを続けていく中で、ご紹介を通じて徐々に顧客が増えてきました。結局、開業から3年ぐらいはずっと集客に悩んでいましたね。最近やっとある程度お問い合せがいただけるようになってきた感じです。
オフラインでの営業に注力されているということですが、並行して実施されてきたインターネット集客の反響はありましたか。
藤田さん:最近はインターネットからのお問い合わせも増えてきています。当社のホームページで「こころ屋 日記」というタイトルでブログ記事を掲載していまして、そのブログを「読んだよ」と言ってくれる方も増えてきていて嬉しい限りです。遺品整理の現場で見たことや感じたことを写真を交えて書いています。
誠実に対応すれば派遣スタッフも期待以上の良い仕事をしてくれる。
清掃スタッフはどのような雇用形態で行われているのでしょうか。
藤田さん:基本的には、現場作業は派遣業者の方々にお願いしています。こちらも知り合いに紹介いただいた派遣会社から、スタッフを派遣してもらっています。派遣という形ではありますが、この人いいなと思う人を指名して、毎回同じ方にお願いするようにしているんです。長らく一緒にやってきたので、今では何も言わなくてもしっかりとお客さまお1人おひとりに向き合って適切に対応してくれますし、清掃スキルも熟練されたものになってきていて、とても助かっています。
現場を任せる派遣のスタッフさんとも深い関係を構築されているからこそ、お客さまへ安定したサービスを提供できるのですね。ちなみに、バックオフィスの業務はどうされていますか。
藤田さん:唯一の従業員である妻が担当しています。妻はもともと経理業務の経験があるので、会計や税務処理、その他ホームページのデザインなどもやってくれて、私はいつも頼りっぱなしです。
開業当初から奥さまとご一緒にやっていらっしゃるのでしょうか。
藤田さん:いえ、最初は私1人で始めました。妻は勤め人でしたが、開業1年経たないうちにこちらに入ってもらうことにしました。開業するときも応援してくれていて、いつも支えてくれています。
ホームページでは24時間年中無休で問い合わせを受付されていますが、こちらも奥さまとお2人で対応しているのですか。
藤田さん:これは私1人で全て対応しています。全て私の携帯電話に転送されるようになっていて、葬儀屋時代の癖からか、寝ているときに電話がかかってきても普通に喋れるんですよ。こうゆう業種ですので、電話がかかってくるときはお客さまが困っている状況以外にあり得ないですから、常に緊張感を持って対応しています。
遺品整理には何物にも代えがたいやりがいがある。
さまざまなお仕事を経てから開業されていますが、今のお仕事に役立っていることはありますか。
藤田さん:今までやってきたすべての仕事が役立っていると感じます。例えば、今の仕事で洗面台を外したり配管を触らなければならないとなったときに、ガス会社時代の設備関係の知識や経験が役立っています。建物の構造もある程度わかっているので、多頭飼いによるペット臭の消臭や、孤独死があった際にも体液がどこまで染み込んだらどこを外せば良いのかなども詳細にわかるので、これまでの経験がかなり活きています。
葬儀社で聞いていた説法の言葉も、遺族の方にお声がけするときなどに役立っている気がします。
今の課題や今後の展望をお聞かせください。
藤田さん:技術の向上はもちろんですが、遺品整理の業界には、まだモラルが低い業者も多く、ルールが守られないこともあります。そのモラル意識のなさを改善していくことが課題です。
例えば、遺品整理で出た一般廃棄物を外に分別してゴミ置き場に搬出した後は、もうその廃棄物を動かしてはいけません。あらかじめ地元で「一般廃棄物収集運搬許可」を取得した業者だけが、その一般廃棄物をゴミ処理場まで運搬できることになっています。しかしこのルールを無視して勝手に運搬する業者もいます。それが不法投棄だった場合、顧客も一緒に罰則を受けることになってしまいます。ただ顧客も罰則対象になってしまうことはまだ知られていませんので、教育委員会のセミナーに登壇するなどして注意喚起や啓蒙活動も行なっています。
今後は事業拡大して北海道中で誰もが知る会社になって、もっと多くの方に寄り添えるようになりたいです。今はまだ個人事業主ですが、ゆくゆくは法人化も考えています。
最後に、このお仕事のやりがいをお聞かせください。
藤田さん:遺品整理も特殊清掃も、最初は凄惨な状態の現場が多いんですよ。人間関係やご病気など、いろいろなきっかけでそうなってしまっていて、そこに関わるご遺族からのSOSで弊社に問い合わせがあるんですが、現場にお伺いすると本当に悲しくなることもあります。しかし、自治体のルールに基づきしっかり整理して、そこから出てくる思い出の品や貴重品をご遺族に触れていただきながらお家が綺麗になっていく。涙してしまう方も多くおられますが、最後に「本当にありがとうございました」と深々と頭を下げていただけるんです。人の死に真摯に向き合い、亡くなられた方とご遺族がお別れする際の精神的、肉体的負担を少しでも軽減することで、喜んでいただけることが何物にも代えがたいやりがいです。
高齢者が増え続けていく現代では、介護の世界も逼迫していきますし、お1人で亡くなられる方も増えるなど、今までになかったことが問題視されています。そんな中で私は、最後は人が人を救うと信じているんです。仕事に対する責任や想いを持ってお客さまに心から寄り添える人間でありたいといつも思っています。よく周りからはクソ真面目だとも言われるんですけども。
この仕事を通じて、これからも多くの人に前を向くきっかけを与えられる人間、組織であり続けたいです。
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