ビジョンを叶えるためには事業内容変更もいとわない。狩猟業界を楽しく変える起業家の原動力になったもの。

起業時の課題
資金調達, 事業計画/収支計画の策定, 人材確保、維持、育成, 集客、顧客獲得, 製品/サービス開発, マーケット・ニーズ調査

起業して最初からすべてうまくいくケースばかりではないのではないでしょうか。1から作った商品・サービスが大きくなるまではかなりの苦労を要し、何年もやり続けてようやく芽が出る、という場合もあるでしょう。

今回は、過去に2度の事業内容変更を経験し、それでも諦めず現在のサービスを運営する起業家、株式会社Fantの高野沙月さんにお話を聞いていきます。困難な状況でも諦めず、事業を続けられた秘訣はどこにあるのでしょうか。

会社プロフィール

業種 IT関連(プラットフォーム型サービス)
事業継続年数(取材時) 4年
起業時の年齢 20代
起業地域 北海道
起業時の従業員数 0人
起業時の資本金 50万円

話し手のプロフィール

高野 沙月
株式会社Fant 代表取締役
北海道音更町出身。大学進学とともに上京し、卒業後は都内のデザイン会社でデザイナーとして勤務。偶然出会ったジビエ料理の美味しさに感動したことから、狩猟免許と猟銃の所持許可を取得し、北海道にUターン。北海道上士幌町でハンターとして活動しながら、株式会社Fantを設立し、狩猟業界のDX化に取り組む。「J-Startup HOKKAIDO」認定。

目次

デザイナーからハンターへ転身!?全く異なる業界に挑戦した経緯とは。

事業概要について簡単にお聞かせください。

高野さん:狩猟を行うハンターと飲食店をつないで、ジビエを流通させる事業を展開しています。Fantを通じて、飲食店は直接ハンターにジビエをオーダーして新鮮なジビエを手に入れることができます。ハンターも、自分自身で販路を持つことができるようになり、食肉処理施設との交渉なども当社が行うので手間も省けます。Fantのプラットフォームを通しておいしいジビエを流通させることで、狩猟業界を盛り上げていきたいと思っています。

「Fant」という社名は、「Hunt(狩猟する)」から来たものですか?

高野さん:はい。「Fanatic(熱狂的な)」と「Hunt」を掛け合わせた造語です。ハンティングを楽しくしたいという思いを込めて名付けました。

ハンティングへの想いが込められた素敵な社名ですね。ご自身もハンターということですが、そもそも高野さんはいつから狩猟を始められたのでしょうか?

高野さん:20代半ばからですね。当時は東京でデザイナーとして働いていたのですが、たまたまレストランで食べたジビエのおいしさに衝撃を受けたんです。猪や鹿、鴨などを食べ「こんなにおいしいんだ」と、とても感動しました。

そして、そのレストランに飾られていたレプリカの猟銃を見て「この猟銃を持って自分で狩猟すれば、こんなおいしいジビエが食べ放題なんだ」と思い、早速狩猟免許を取りに行くことにしたんです。

なんと!発想力と行動力に驚きです。

高野さん:ただ、そこで免許を取ったは良いものの、東京で働きながら狩猟をするには、都心から離れた場所で狩猟場を探さなければならないなど、なかなか現実的ではなかったんですよね。そこで、生まれ故郷の北海道にUターンして本格的に狩猟を始めました。ジビエ料理のレストランに行ってから半年くらいだったと思います。

すごいスピード感ですね。

フリーランスになろうと思っていた矢先に転機となったイベント。

Uターンされてからお仕事などはどうされていたのでしょうか?

高野さん:Uターンしてからは、地域おこし協力隊として働きながら、狩猟をしていました。地域おこし協力隊でもデザインの仕事をしていたので、そのままフリーのデザイナーになろうかと考えていたところ、知り合いの紹介でVC(ベンチャーキャピタル※1)のアクセラレータープログラム※2に参加したんです。3か月のプログラムだったのですが、そこで起業するためのプランを練り、出資をいただけることになったため会社を設立することになりました。

  • ※1ベンチャーキャピタル:スタートアップ企業など将来有望な未上場企業に対して投資をする企業のこと。
  • ※2アクセラレータープログラム:主催者がスタートアップ企業との協業や出資を目的として行われるプログラム。短期間で事業を拡大・成長させるために、支援者は数週間〜数か月かけ起業家を支援する。

そうなんですか。起業しようと思って起業したわけではなかったんですね。

高野さん:そうなんです。当時はVCも投資もよくわからないような状態で、成り行きの面も大きかったですね。何も知らない状態だったからこそ、怖さや不安もなく始められた部分はあるかもしれません。

アクセラレータープログラムでは、どんなことをしていましたか。

高野さん:そのプログラムでは、狩猟業界の課題解決のためのサービスを考え、仮説を立て、ハンターの人たちにインタビューして検証し、課題を聞きながら補正して、また検証して、というのをひたすら繰り返していました。

具体的にはどのような課題だったのでしょうか?

高野さん:一般的に、ハンターになると、まずは猟友会に所属し、そこで先輩方に狩猟のエリアやマナー、獲物の血抜きや解体方法などを教えてもらいながら狩猟の活動をしていくことになります。私の場合は猟友会の方々とも仲良くさせていただいていましたが、私と同年代の20〜30代の人たちは、猟友会でうまく馴染めず、免許を取ったけれど何から始めたら良いかわからず狩猟ができない、という状況にある人も多いことを知りました。師匠的な人が見つかれば良いのですが、排他的な面もあるので、なかなかそうはいかないことがわかりました。

そこで、狩猟の免許を持ちたての人でもスムースに狩猟を始められるようなサービスを作ろうと考えたんです。

2度の事業計画転換。壁にぶつかっても折れなかった原動力とは。

若手ハンターの課題を解決するためのサービスを構想されてから、実際にどのような形のものができたんですか?

高野さん:技術を教えても良いと思っているベテランハンターと、教わりたい初心者ハンターのマッチングサービスを構想していました。アクセラレータープログラムには私1人で参加していたのですが、プログラムの運営の方がエンジニアを紹介してくれて、その方が共同創業者として一緒にサービスを作ってくださることになったんですね。

サービスローンチ前に事前登録者を募ったところ、狩猟を教えて欲しいという人は集まってきたものの、知識や技術を教えてくれるベテランハンターがすごく少なくて、ローンチ前にそのサービスは諦めました。

なるほど。現実の世界と同じようなことがオンライン上でも起こってしまったという感じですね。

高野さん:次は、マップ上でハンターがさまざまな狩場の情報を共有できるサービスを作りました。ニュースなどに取り上げられたこともあり、登録ハンターさんは1,400名ほどまで増えたのですが、投稿してくれる人が少なかったんです。狩場を見たい、知りたい人はいても、知っている狩場情報を共有してくれる人はやっぱり少ない、ということがわかりました。

そのタイミングで共同創業者が辞め、1年くらい会社が停滞してしまいまして、いよいよ会社の残高がなくなってしまうという状況で必死に考え、事業内容の変更を決断しました。

どちらのサービスも、まず仮説があって、それを検証するためにサービスを実施して、仮説検証の結果、ダメだということがわかったから軌道修正する、という流れでした。

どちらも需要はあるけれど供給がうまくできなかった形ですね。しかし、自分のサービスを手放すことができない人も多いので、撤退という判断ができるのは素晴らしいことだと思います。ちなみに、1度目、2度目のサービスのマネタイズはどうされていたんですか。

高野さん:どちらのサービスも無償で提供していて、マネタイズは考えず、まずはハンターを集めることにフォーカスしていました。いずれジビエの流通の方にも展開していくことを見据えていたので、先行投資のような形でしたね。

事業の運営資金などはどう工面されていたのでしょうか。

高野さん:最初は自己資金とアクセラレータープログラムの方でいただいた出資のお金でやりくりしていて、その後も融資と投資を繰り返しながら、2年ほどハンターを集める施策と、課題の仮説・検証を続けていた感じです。

投資家の方々には、経営のアドバイスも含め多くの場面で支えていただきました。事業のポテンシャルを評価していただいていたことと、当社の目指す方向性に共感していただいていたこと、また、北海道にはまだまだスタートアップが少ないこともあり、注目が集めやすかったことも、出資していただく要因としては大きかったのだと思います。

投資家の方々からのアドバイスはどのような形でいただいていたのですか?

高野さん:特に事業計画や資本政策の面でかなりご協力いただきました。自己流での書類作成には限界があったので、すごく助かりました。事業内容自体は、私自身がハンターということもあり、現場感などを捉えやすいので、最初から今まで責任を持って自分で考え取り組んでいます。

また、会社設立の際には、VCさんから紹介いただいた司法書士さんに登記手続きなどすべてやっていただきました。会計業務についても、紹介いただいた会計事務所にお任せしています。

サービス開発、デザイン、営業、狩猟、精肉まで1人で手掛ける、プロダクトに掛ける強い情熱。

2度の軌道修正を経て生まれたのが、飲食店とハンターをつなぐサービスなのですね。現在のサービスを始めてからはいかがですか。

高野さん:おかげさまで売上も利用者も順調に伸びてきています。

プロダクト開発でこだわったポイントなども教えてください。

高野さん:デザインが固くならないように気をつけています。「獣害対策」とか「命を大切に」というコンセプトのものだと、どうしても真面目なビジュアルになりがちですよね。私はなるべく若いユーザー層にも当社のことを好きになってもらいたいので、ポップでカジュアルなイメージのデザインにしています。

確かに、まるでゲームの世界のようなワクワクするサイトだなと思っていました。ここでもデザイナーとしての感覚が活かされているんですね。では、サービス利用者を増やすためにどのようなことをされてきましたか。

高野さん:テレビやラジオなどのマスメディアから取材を受けるタイミングで増えるパターンが多いですね。TwitterやInstagramなどのSNS運用もしています。SNSではジビエ肉をプレゼントするキャンペーンなどを実施して、地道にフォロワー数を伸ばしてきました。

飲食店には自分で足を運び営業しています。

オンライン、オフラインともにできることを着実にされているんですね。御社では自社で食肉処理施設を保有されていますが、その理由もお聞かせください。

高野さん:ハンターや食肉処理施設の方々とコミュニケーションを取っていくうえでも、実際に自社で食肉処理をしている方が信頼してくれるだろうと思い、施設を地元のハンターの方から貸してもらっています。その方が狩ってきた鹿などを処理したり買い取らせていただく代わりに、家賃は無料で使わせてもらっている状況です。解体・精肉スタッフも十分揃っていないので、スタッフだけではなく自分でも鹿の解体をしています。

解体もですか。すごいですね。高野さんご自身は解体・精肉をどこで学ばれたんですか?

高野さん:狩猟を趣味でやっていたころから、自分で獲った獲物を自分で解体して食べていたので、基本的な知識や技術は先輩ハンターに教わったり自分で試しながら身に付けていました。あとは、会社を立ち上げる前に北海道内の食肉処理施設を周って、施設を見学させてもらったり、短期間研修させてもらったりして、お肉の扱い方を勉強しました。

ビジョンを叶えるための手段はいくつもある。

起業前にやっておけばよかったと思うことはありますか。

高野さん:たくさんありますね。まず、お金の計算が苦手なので、簿記や会計などもっと学んでおけばよかったと思いますし、あとは社会人経験をきちんと積んでおけばよかったなというのもあります。

社会人経験というと?

高野さん:デザイナーをやっていたときは、デザイン業務ばかりに集中し、ほとんど人と関わってこなかったんです。その分、起業してからコミュニケーションの部分で苦労していることが多いです。アクセラレータープログラムでいろいろなハンターの人にSNSなどで声をかけるときも、人見知りで、知らない人に話しかけること自体が辛くて、毎日泣いていました(笑)。

正社員は雇っていませんが、業務委託やパートの方々にお仕事をお願いする際も、なかなかコミュニケーションがうまくいかないことも多く、いまだにマネジメントの正解を模索している最中です。自分の中で大きな課題ですね。

今後はどのようなことにチャレンジしていきたいですか?

高野さん:今は害獣対策のための新機能のローンチに向けて動いているところです。その新機能が狩猟業界に浸透すれば、初心者のハンターが持つ「どこで狩猟したら良いかわからない」という悩みと、農家さんの「獣害で困っている」という悩みを両方解決できると考えています。

株式会社Fantは、「狩猟業界をもっと楽しくしたい」をビジョンに掲げています。そのための手段は、いっぱいあると思うんですね。狩猟業界は高齢化と言われているものの、環境省のデータによると20代から30代のハンターは増えていっているんです。若手のハンターたちがもっと楽しめる狩猟業界を築けていけたらな、と思っています。

10代~30代の狩猟免許発行数の推移(出典:環境省)

改めてジビエと狩猟の魅力を教えてください。

高野さん:私が思うジビエの魅力は、「均一じゃない」ということです。家畜は、均一であることが求められますよね。価格も味も一定でいつでもどこでも手に入ります。でも、ジビエは違うことこそが素晴らしくて、土地の魅力がそれぞれ違うように、獣の個体によっても、季節によっても、狩った人によっても、地域によっても味が全然違うんです。だからすごくおいしいものもあるし、いまいちだなっていうものもある。味の好みも人それぞれですから、自分好みのジビエを自分で探せるのがジビエの楽しいところですし、それが一番できるのがハンターです。「違う」を楽しむことこそ、ジビエの魅力であり狩猟の魅力だと思います。

ジビエが大好きというところから起業されて、うまくいくことばかりではなく、事業を何度も軌道修正をせざるを得ない状況下で、もう辞めようと思ったことはありませんでしたか?

高野さん:ないですね。もちろん働いているうえで大変なことはたくさんありますけど、それで辞めようとはならないです。株主の方もいますし、サービスを利用いただいているユーザーさまもたくさんいるので、ここで辞めるわけにはいかないという気持ちで日々やっています。これからも狩猟業界を楽しくしたいという気持ちを持ち続けて頑張っていきたいですね。

取材協力:創業手帳
インタビュアー・ライター:樋口 正

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