「根っからの日本酒通を唸らせたい」夫婦で営む小さな飲食店の軌跡。

起業時の課題
資金調達, 集客、顧客獲得, バックオフィス業務, 家族の同意

東京・下北沢にある、純米酒限定のお燗とスパイス料理を楽しめる小さな飲食店『燗味処』。「固定観念にとらわれない純米燗酒の多様な楽しみ方を広めたい」という想いから、熱燗とスパイス料理のペアリングなど、さまざまな提案をしているお店です。

夫婦2人で切り盛りしており、純米燗酒や料理に対する強いこだわりを大切にされる一方で、オーナーの気さくなお人柄で多くの常連さんを集めています。起業開業という大きな挑戦も「いっちょやってみるか」と思えるような、前向きな気持ちになれるインタビューでした。ぜひ最後までご覧ください。

会社プロフィール

業種 サービス業(飲食)
事業継続年数(取材時) 5年
起業時の年齢 30代
起業地域 東京都
起業時の従業員数 1人
起業時の資本金 -

話し手のプロフィール

長尾松雄
燗味処 代表
和食や居酒屋の名店で修行し、調理師免許も取得する。純米酒のお燗酒に魅了され、エスニック料理店での勤務経験がある妻とともに東京・下北沢にて『燗味処』を開業。「純米熱燗」を専門的に数多く取り扱い、日本酒の新たな楽しみ方を提案している。

目次

「純米燗酒」の魅力を伝える専門店『燗味処』ができるまで。

『燗味処』のコンセプトを教えていただけますか?

長尾さん:『燗味処』は、日本酒の中でもお燗酒、それも純米酒に限定して提供しているお店です。最大の特徴は、純米酒のお燗を、和食やスパイスを使った料理と合わせて楽しんでいただく点です。特に人気なのが、麻婆豆腐や自家製カレーと純米燗酒のペアリングです。

意外な組み合わせが特徴的ですね。この「純米燗酒とスパイス料理」というコンセプトに至った経緯を聞かせていただけますか?

長尾さん:僕は和食を中心に長らく飲食店で働いてきたんですが、いろいろな店を経験していく中で、たまたまお燗酒を扱うお店で働くことになったんです。そこで純米燗酒の魅力や料理とペアリングする楽しさを知って、どんどん惹かれていきました。

「燗酒=安酒を熱々で」という昔ながらのイメージってありますよね。でも、温める温度によって引き出される味わいの変化や、和食だけでなくスパイシーな料理との意外な相性の良さも楽しめるんです。

次第に、人々の燗酒に対する固定観念を崩したい、既成概念にとらわれず日本酒を楽しんでもらいたい、という思いが芽生え始め、今のお店につながっています。

では、その想いを実現するために開業を決意されたんでしょうか?

長尾さん:いえ、開業のきっかけはもっと軽いと言いますか…(笑)。30歳を過ぎたころ、「このまま人の下で働き続けるのもどうかな」と感じ始めたんです。特に大きな勝算があったわけでもなく、とにかく「いっちょやってみるか」という感じで開業を決意しました。

ちなみに、店は妻と2人だけで切り盛りしています。アルバイトスタッフも雇っていません。2人の目の行き届く範囲で経営しています。

お店では奥さまはどのような役割を担当されているんですか?

長尾さん:妻は以前エスニック料理店で働いていた経験があるため、うちの店ではスパイス系の料理を主に担当しています。僕は和食を中心に作っています。開業を決めた当初、本当は妻は飲食業を辞めようと思っていたようなのですが、私が一緒にやってもらえないかと説得したんです。なので、今でも妻には頭が上がりません。今も楽しく2人でやれているので本当によかったです。

お2人の得意分野を活かしていらっしゃるんですね。

夫婦2人で営む小さなお店の1日。

仕事の1日の流れを教えていただけますか?

長尾さん:仕入れがある日は朝5時に起きて豊洲市場に向かいます。6時に着いて、仕入れを済ませて8時くらいには店に戻ってきます。そのまま仕込みを始めて、11時くらいには午前中の仕込みが終わりです。そして、少し休憩を挟んだあと、午後1時くらいに妻が出勤してくるといった感じですね。

その後、一緒に昼食を取りながらメニューの相談をして、午後3時くらいから夜の営業準備に取り掛かります。

ランチ営業はされないんでしょうか?

長尾さん:ランチは営業していません。以前やってみたこともありますが、下北沢という土地柄、昼間にランチを求めてビジネスパーソンがあふれかえっている、という状況ではなかったんですよね。

それに、ランチの時間と労力を夜の営業のための仕込みに回した方が良いと判断しました。さらに、ランチって「安くなきゃだめだ」というお客さまの思いが強いんです。結局、価格競争に巻き込まれることになるので、そこに飛び込む必要はないかなと考えています。

飲食店開業のリアル。居抜き物件のメリットとデメリットとは?

開業資金について教えていただけますか?

長尾さん:開業資金は1000万円でした。自己資金200万円に、日本政策金融公庫からの借入が800万円です。居抜き物件を工事入れずにそのまま活用したので、内装工事費や調理設備の購入費をかけずに始められたのが大きかったですね。

資金調達について、もう少し詳しく教えていただけますか?

長尾さん:飲食業の先輩に相談しながら事業計画書を作成し、融資を申し込みました。正直、事業計画書の中で一番難しかったのは返済計画でしたね。飲食業は売上が安定しないと思っていたので、「本当にこの通りいくのかな」とかなり心配でした。でも、先輩に相談したら「とりあえず書くしかない」って(笑)。結果的に、コロナ前だったこともあり、スムースに融資が下りました。

居抜き物件で設備費や工事費が抑えられたとのことですが、融資の資金の使用用途も教えていただけますか。

長尾さん:造作購入費300万円、運転資金500万円で申請しました。新規創業だったことと、相談に乗っていただいた公庫の方からも「運転資金を多めにしてはどうですか」、とアドバイスいただいたので、少し多めの金額で申請することにしました。その後コロナが来てしまったので、余裕を持った金額で借りておいて本当によかったです。

居抜き物件で始められたとのことでしたが、物件探しはどのように進められたんですか?

長尾さん:物件探しは大変でしたね。まず、下北沢で10年以上住んでいたこともあり、この街でお店を出したいという思いが強かったんです。また、飲食業は朝が早くて夜が遅いので、通勤時間をなるべく減らすために自宅から歩いて行ける距離であることを重視しました。

複数の不動産屋を回って、粘り強く探しました。インターネットでも検索しましたが、最終的には、地元の不動産屋さんが持っているインターネット未掲載の物件を見つけられて。これは本当にラッキーでしたね。

居抜き物件のメリット、デメリットについて教えていただけますか?

長尾さん:メリットは、内装工事がほとんど不要で初期投資を抑えられたことです。一方で、想定外のデメリットもありました。前の飲食店の残置物、特に古いガスレンジの処分に予想以上にお金がかかり、大きな痛手になりました。

それは大変でしたね。他に気をつけるべき点はありますか?

長尾さん:開業してしばらくしてから分かったんですが、僕たちが借りた物件はサブリース契約だったんです。大家さんから直接ではなく、前のオーナーからの又貸しという形だったんですよ。家賃に上乗せがあったことが後から判明して…。契約の形態をしっかり確認することが大切だと痛感しました。

時短営業を余儀なくされ…。苦境を乗り越え見つけた理想の経営スタイル。

飲食業といえば、コロナ禍は大きな影響があったのではないでしょうか?

長尾さん:本当に大変でした。緊急事態宣言が出たときは「もう終わった」と思いましたよ。特に最初のころは国からの補助もなく、どうしていいかわからない状況でした。

その状況をどのように乗り越えられたんですか?

長尾さん:まず、政府の要請に従って営業時間を20時までに制限しました。そして、テイクアウトを導入し、今まで店内でしか提供していなかった料理を、お持ち帰りできるようにしました。また、家飲み需要に対応するため、いろいろな種類の日本酒を取り揃えました。

その後、店舗を移転されたそうですね。

長尾さん:はい、コロナ禍が落ち着いて、通常営業ができるような状況になっていたころでしたね。1店舗目の物件の契約が切れるタイミングだったこともあり、移転を決めました。

移転前の店舗は15坪で24席ある中箱だったんです。コロナ禍を経て、固定費を抑える必要性を強く感じました。そこで、今のカウンターメインで9席程度の店構えへと規模を縮小することにしたんです。

新しい店舗は、不動産屋さんと話をしているときに、たまたま見つかりました。スケルトン状態だったので費用がかかると言われましたが、国の補助金があったので挑戦することにしたんです。

内装にはどれくらいの費用がかかったんですか?

長尾さん:1000万円ほどかかりました。8.2坪の店舗ですが、スケルトン物件の改装はやはりお金がかかりますね。さらに当時は半導体不足や木材の高騰もあって、通常よりもコストがかさんでいたと思います。

工事費は、時短営業に協力した事業者向けの協力金と、コロナ禍に利用できる低金利融資を活用しました。開業時とは別に、この移転の際に追加で融資を受けたんです。これらの支援策は本当にありがたかったです。

差別化とリピーター獲得のために心がけていることとは?

税務や会計処理はご自身で行っているのでしょうか?

長尾さん:はい。開業時に青色申告会に税務の相談に行ったら、弥生会計を使うとスムースだと勧められ、そこからずっと「やよいの青色申告」を使っています。顧問税理士などはお願いしておらず、普段の帳簿付けは自分で行い、確定申告の時期に青色申告会に行って税理士さんに相談に乗ってもらっている感じですね。

あとは、お客さまの中に会計士や弁護士の方もいらっしゃるので、例えば補助金の情報や業務で困ったことがあったりしたら少し相談することがあったり、お客さまに助けられてなんとかやってこられています。

常連さんに専門家の方がいるのは心強いですね。では、集客やリピーター獲得のために、どのような工夫をされているのでしょうか?

長尾さん:SNSでの情報発信を継続的に行っています。Instagram、Facebook、そしてYouTubeを活用していますね。オープン当初からSNSでの発信は続けていて、YouTubeは昨年から本格的に始めました。最初1〜2年はポータルサイトの有料プランもやっていましたね。

特に効果を感じているものはありますか?

長尾さん:InstagramとFacebookは、イベントの告知に特に効果的です。例えば、月1回開催している「ちょっといいものを食べよう」企画の告知をすると、すぐに予約が埋まるんです。

これは通常のメニューよりも少し贅沢な食材を使った特別コースを提供する企画なんです。人数が決まっていれば、普段は仕入れづらい高級食材も使えるんです。お客さまにとっては特別感があり、私たちにとっても腕の見せどころ。やりがいを感じながら楽しんでいます。

通常メニューの価格設定はどのようにされているんでしょうか?飲食業界は価格競争が激しいと聞きますが。

長尾さん:基本的には、高額な仕入れ商品はなるべく安く提供し、原価の安いもので利益を補うようにしています。でも、単に安ければいいというわけではありません。

やっぱりお店としては、純米燗酒の魅力をわかってくれる方、新しい味の発見を楽しんでくれる方に来ていただきたいんです。価格競争に巻き込まれないよう、うちはこの値段でやっていますという姿勢を貫いています。

長尾さんの純米燗酒への情熱と、こだわりが伝わってきます。お客さまとのコミュニケーションで心がけていることはありますか?

長尾さん:僕はお客さまの顔を覚えるのが得意で、前回注文したものとかも割と覚えているんですよね。なので、「前回はこれを出したので、今日はこちら、いかがですか?」というように、1人1人に合わせたおもてなしを心がけています。小さな店だからこそできる、きめ細かな対応を大切にしているんです。

お客さまも覚えていてくれたら嬉しいでしょうね。

長尾さん:そうですね。結局のところ、この商売は積み重ねだと思っています。SNSでの発信を続け、お客さまとの信頼関係を築いていく。それが少しずつファンを増やし、リピーターにつながっていくんです。

規模より質、効率よりこだわりを追求して、お客さまと楽しく続けていきたい。

長尾さんの今後の展望について教えてください。

長尾さん:純米燗酒の魅力をさらに多くの人に知ってもらいたいですね。今もYouTubeなどで情報発信をしていますが、それを見てくるお客さん、純米燗酒大好き!というお客さんだけであふれかえるような店にしたいというのが目標です。

将来は2店舗、3店舗と系列店を増やしていきたい!と言うのがかっこいいのかもしれませんけど…(笑)。でも、うちは今後も夫婦2人で、手の届く範囲でやっていくのがいいのかなと思っているんです。

最後に、起業を志す人たちへメッセージをいただけますか?

長尾さん:これを言うと若い人に「年上が何か言ってる」と思われるかもしれませんが(笑)、年齢に応じた戦い方を考えることが大切なのかなと思っています。20歳でできることと30歳でできることは違うというか。

若いときは体力と時間を使って準備するのもいいでしょう。勢いだけで始めて失敗するのも良い糧になると思います。でも、経験を積んでからの方が、お客さまへの丁寧な対応や経営の安定性という面でのメリットもあると思うんです。

一番大切なのは自分のこだわりを持つこと。私の場合は純米燗酒への情熱でした。そのこだわりは、やりがいにもなりますし、お客さまの心を掴む武器にもなります。自分が本当に好きなこと、伝えたいことを見つけて、それを大切にしながら頑張ってほしいですね。

取材協力:創業手帳
インタビュアー・ライター:間宮 まさかず

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