27年務めた大手企業から独立。会社員から起業家になって迫られた思考の改革。

起業時の課題
起業形態(個人/法人)の決定, 起業/法人成り関連手続き, 集客、顧客獲得, バックオフィス業務, その他

大手旅行会社から独立し、地域活性化に向けたコンサルティングを中心に活動する「合同会社わんぱく」を立ち上げたカドワキ イチロウさん。

今回は、会社員から経営者になって直面した戸惑いや、事業を成功させるためのポイントなどについてお話を伺いました。

会社プロフィール

業種 コンサルティング・リサーチ業
事業継続年数(取材時) 1年
起業時の年齢 50代
起業地域 東京都
起業時の従業員数 0人
起業時の資本金 35万円

話し手のプロフィール

会社名
合同会社わんぱく
代表

カドワキ イチロウ

代表社員

大学卒業後、株式会社日本交通公社(現JTB)に入社。法人・教育機関への団体旅行営業、個人商品販売営業、提携販売代理店営業に従事。2014年からは、国が人口減少対策として始めた地方創生政策にも関わり、多くの地域で観光地経営の中心となるDMO(Destination Management/Marketing Organization)の設立支援、自治体のシティプロモーション戦略の推進などにも貢献。その後、企業と地域を結びつけるコーディネート事業や遊休地利活用などの新事業開発担当を経て、2020年9月にJTBを退社。2020年10月、合同会社わんぱくを設立し、観光業界に留まらない地域の活性化に取り組む。

株式会社流山ツーリズムデザイン(DMO)代表取締役CEO

観光庁「新たな旅のスタイル」促進事業 アドバイザー

東京都中小企業振興公社 登録専門家

一般社団法人地域人財基盤 プロフェッショナルチームディレクター

一般社団法人地方創生パートナーズネットワーク 地域プロデューサー

ちばプロモーション協議会 アドバイザー

目次

安定を捨ててでもやりたかったこと

起業前は旅行会社に勤めていたそうですね。

カドワキ:はい。大学卒業後、27年に渡り旅行会社のJTBに勤めていました。本来、旅行会社は航空機やホテルなどの手配、ツアー商品の造成・販売が仕事ですが、物見遊山が中心の観光スタイルが終焉を迎えるなど、時代の変化もあり、観光業界全体のボトムアップに向けて新たな旅先の開発をしていく必要がありました。その流れを受け、15年ほど前からから社内で「地域交流事業」と呼ばれる新規事業が始まったんです。

「地域交流事業」とは?

カドワキ:一言で表すなら、「観光のチカラで地域の活性化を行う」ということです。誰もがわかりやすい例でいうと、かつて人気だった観光地の復興などです。団体旅行が隆盛だったバブルの時代、多くの大型温泉旅館が続々と建てられ、有名温泉地ではたくさんの観光客が訪れては、毎晩宴会が行われ、大いに賑わっていました。しかし、時代の流れは団体旅行から個人旅行へと旅のスタイルを変えていき、地域における需要と供給のバランスが崩れはじめ、徐々に萎びていってしまった観光地も少なくなかったんです。そういう温泉街には、JTBも含めて旅行会社はたくさんお世話になってきましたので、なんとか復活させなきゃいけないと、時代のニーズに合った形の観光地の活性化や復興に取り組み始めました。同時に、新たに観光に取り組みたいという地域のお手伝いもするようになりました。

僕は、この地域交流事業に立ち上げ期から関わり、特にJTB在籍時の後半は牽引役として中心で動いてたんです。ですが、ある時から会社の方針で事業自体の優先度が下がっていきまして…。僕は、それまでに培った10年以上の経験やノウハウ、人脈もあり、加えて、地域の活性化という取り組みは世の中にとって必要なことだと思っていたので、思いきって独立することを選択しました。地域交流事業は、旅行業の幅広い知識や経験が求められるので、他の人にはなかなかできない仕事だと思っています。

会社員と起業準備の両立

それでは、現在の事業内容について教えてください。

カドワキ:「合同会社わんぱく」では、自治体などをクライアントとして、地域の活性化に結び付く事業のコンサルティングをしています。直接ではないですが、観光庁などの仕事も引き受けています。

独立しようと決意されてから、創業されるまでの流れについて教えていただけますか?

カドワキ:2019年の年末に独立を決意し、年明けから起業準備を始めながら、2020年10月1日に創業しました。退社したのは9月末なのですが、退職してから法人設立登記をすると時間がかかってしまうので、登記自体は2020年9月上旬に済ませました。

会社への義理を通すため、前職で抱えていた仕事は、自分の会社に持っていくつもりはありませんでした。そのため、独立後すぐに仕事がある状態を作るために時間をかけて準備をしていました。

どのようにお仕事を作られたのですか?

カドワキ:これまでお付き合いがあった方からご依頼いただく形でした。

1つは、「DMO」といって、観光客を地方に誘致するために地域をマーケティング、マネジメントする組織の取締役としてのお仕事です。もともとはCMO(マーケティング責任者)としての契約だったところ、「CMOとCEOを兼任してほしい」という話になりまして、合同会社わんぱくとの両立に悩んだ末、引き受けることにしました。

他に、企業との顧問契約が一社と、自治体の観光人材育成の研修事業にも携わっています。この3つの仕事がある状態で独立しました。

法人設立にかかる準備についても教えていただけますか。

カドワキ:長年会社員をやっていると、何から始めればいいのかもわからなかったので、まずは書籍やサイトを見ることから始めました。スタートアップ支援の会社に問い合わせて、メールや電話で相談にも乗ってもらいましたね。創業してからもいろいろアドバイスをもらっています。

起業するには何が必要か、始めはわからないですよね。

カドワキ:そうですね。まず、専門用語がわからなくて。例えば、書籍に載っていた、起業準備に必要な項目が一覧化されたチェックリストの中に「履歴事項全部証明書」と書いてあったのですが、これも初めて見るワードだったので、ネットで検索するなどしていました。あと税理士YouTuberの方の動画も見ましたね。

法人設立登記の申請は、必要な書類を自動作成できるサービスも活用しました。システムの流れに沿って必要事項を順番に入力していくだけで書類が完成するのでとても助かりました。「この書類は法務局に、この書類は税務署に」など、持っていく場所も明記されていて、何にもわからなくても手続きできたので本当にお世話になりましたね。

起業家に迫られる決断と思考の変革

合同会社で設立された理由は何でしょうか?

カドワキ:法人を設立するにあたり、会社の形式を調べていたところ、まず合同会社は株式会社よりも設立費用が安いということを知りました。スタートアップで商品やサービスを開発して、会社を大きくするとなったら投資いただくことも含めた資金調達が必要になってくると思うのですが、僕は1人でやっていくつもりでしたし、株主も要らないので、合同会社でいいかなと思ったんですね。

ただ、国や自治体と仕事をする際に「株式会社」でないと何か不都合が生じるかもしれないという心配もあったので、念のためお付き合いのある自治体さんに聞いてみたんですよ。そうしたら、合同会社だからダメだということはないとおっしゃっていたのと、GoogleやAmazonなどの世界的な企業の日本法人も合同会社だったりするので、信用面でも問題ないと判断しました。

起業にあたって、一番大変だったことは何ですか?

カドワキ:お金や税金の仕組みを理解することや、考え方を会社員から経営者へ変えるのに一番苦労しました。

例えば、社会保険料は会社と従業員が50%ずつ負担するのですが、会社員時代はそういうことも知らなくて。会社を設立して自分の給料設定をしたときに、会社として払う社会保険料と、社員として払う社会保険料があって。最初それが理解できなかったんです。めちゃくちゃ支払ってる感覚になりました。

税務についても会社員時代は知らなかったことなので、顧問税理士の方にその都度質問したり、自分でやりながら学んでいきました。

シェアオフィスの活用で固定費削減

オフィス選びはどのようにされましたか?

カドワキ:今はシェアオフィスを使っています。個室を維持するケースやデスクを維持するケースなど、シェアオフィスでもいろいろと種類があるのですが、僕はフリースペース利用にしています。

僕の仕事は、パソコン1台でどこでもできるし、ほとんど現場やクライアントの所に行っているので、個室は必要ないなと判断しました。

なるほど。

カドワキ:ある程度立地も先に決めていました。仕事上、地方に行くことが多く、地方の方が来ることもあると想定し、便利な東京駅周辺にしたかったんです。東京駅周辺の丸の内、八重洲辺りで3~4か所のシェアオフィスを内覧して今のところに決めました。

内覧で比較されたときにはどのような点を見ていましたか?

カドワキ:まずは、家賃と設備のバランスですね。設備面では、僕の場合はプリンターがあるかと、Zoomなどのオンラインも含めて、クライアントと打ち合わせができる環境かどうかが重要でした。シーンと静まり返っているところだとZoomもできないですし、話せる場所を利用するには別料金が掛かるところもあります。あとは、土日も含めて24時間利用できるか、そういう基準で決めていきました。

それから、やっぱり雰囲気を確認することは大事ですね。シェアオフィスにはいろいろな会社の方がいらっしゃるので、場所によって雰囲気が結構違います。自分に合うところを見つけるのが大切だと思います。

内覧しないと雰囲気まではわからないですし、自分の目で確かめるのは重要ですね。

カドワキ:はい。僕は、最終的には国内外に多くの施設を持つ大手ののシェアオフィスに決めました。入居者向けのサービスが充実していたことと、全国展開しているため出張時にその地方の店舗を利用できることも決め手になりました。

事業成功のキーワードは「ドリーム」ではなく「ハッピー」

それでは、改めて事業について伺いたいのですが、具体的に観光のコンサルティングとは、どのようなことをされるのでしょうか?

流山市の旧市街を彩る「切り絵行灯(あんどん)」。
カドワキさんが地域の人と共に取り組んだ、
江戸情緒あふれる街並み作り

カドワキ:例えば、観光人材の研修の仕事は千葉県観光物産協会様から県が主催している研修事業の企画運営業務を請け負っていて、具体的にはセミナーのテーマ設定と講師の選定・アサイン、当日のファシリテーションなどを行っています。

講座は、行政の観光課や観光協会の方、ホテル・レストラン、交通事業者やお土産屋さんなど、県内の観光に関わる人たちを対象にしています。ちなみに、昨年は「コロナ禍でのイベント」をテーマにセミナーを開催し、コロナ禍で実際にイベントを実施してきた人たちやイベントの専門家の方に来てもらって詳しくお話をしていただいたり、「ワーケーション」をテーマに、この分野の研究をされている大学教授や実際にワーケションでビジネスマンの誘致に取り組む自治体の方にお話しいただいたりしました。

  • ワーケーション:「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語。観光地などで休暇を楽しみながらリモートワークを行う働き方のこと。

地域の方にコンサルされる際は、どのようなアドバイスをされているのでしょうか?

カドワキ:僕は、どこの地域でもまず「明確なゴールイメージを決めてください」と言っています。地域がどんな風になればハッピーなのか?地域の活性化の手順は、そのハッピーエンドを迎えるためにどうしたらよいかを考え、実行することです。例えば、スポーツ系の感動もの映画のラスト、必ずと言って良いほど、大きな勝負に勝ってハッピーエンドで終わりますよね。その結末って観賞中から何となくイメージ出来ていて、そのうえで過程にある苦悩のストーリーを楽しんでるはずなんです。それが話の内容も理解しやすくさせていて、心の高揚と涙につながるんだと思います。そういう最終的なイメージを明確にすることが、何をすれば良いかを簡単に見つけられる重要な要素なんです。

ですが、ゴールを明確にしないで、取り組みを重視するケースが非常に多いんですよ。本来、ゴールイメージは地域によって規模が違うはずですよね。しかし、明確なゴールイメージができていないから、メジャーな観光地でもない地域が、「世界中の人たちを自分たちのところに呼ぼう」くらいの壮大な企画を考えちゃうんです。それぞれの地域によって、100人観光客が来れば十分な経済的な効果がある村もあるし、1万人来なければ意味がない地域もあります。ゴールイメージがちゃんとできていれば、具体的にどういった人たちに何人くらい来てもらって、いくらお金を使ってくれれば、経済効果が生まれるのかがわかりますから、逆算して明確な目標が設定できるんです。

大きすぎる夢を抱いている方には、どのようにアドバイスをされるのでしょうか?

カドワキ:人間は、自分でイメージできることしか実行できないと思うんです。すごく身近な例でいうと、昔は50店舗あった商店街が20店舗に減ったとして、「この20店舗をこれ以上減らしたくない」という目標だったらわかりやすいじゃないですか。1店舗も潰さないように対策を立てればいいですし、仮にもし1店舗潰れてしまったとしても、また新たに1店舗オープンさせればいい。でも、「30年前の一番いい時代に戻したい」というような漠然とした企画を考えてしまうと実行が難しくなる。実現できる具体的なゴールがイメージできるように、質疑応答を繰り返すんです。

一問一答で考えや思いをクリアにしていくことは、観光事業に関わる方だけでなく、どの事業の方にも参考にもなるアドバイスだと思います。

カドワキ:そうですね。あと、ゴールをイメージするときには「ドリーム」ではなく「ハッピー」を明確にすることが大切だと思います。

僕はよく「どうなったら地域の人たちがハッピーですか?」「ハッピーと思うことはなんですか?」といった質問をたくさんします。

観光でいえば、地域の人たちがハッピーであることはもちろんですが、その街に来る観光客の方も、僕たちのようにお手伝いをする事業者もハッピーではないといけないですよね。どこか一方だけがハッピーになる企画だと必ずバランスが崩れ、取り組みは失敗しますから、話し合いを重ねながら、皆のハッピーを合わせるための目標を定めていくことが大切ですね。

起業すると自分の時間が減る?増える?

独立後、会社員時代からの変化は感じられますか?

カドワキ:退職時のこれまでお世話になった皆さまに挨拶をした際、返信してくれた方や、今もお付き合いがある方、独立のお祝いまでしてくれた社長さんもたくさんいましたが、完全スルーをされる方も結構いて(笑)。そのときに、私個人ではなく、JTBの看板とお付き合いしてくれていたことが明らかになって、いい意味ですっきりしましたし、これからは1人でやっていかなきゃいけないんだな、自分の人間性で勝負しないといけないんだなと改めて認識しました。結果的に人脈の断捨離を経験して、自分のブランディングを本当に意識するようになりました。

また、会社員のときと一番違うのは、時間の使い方ですね。会社員時代は、会社のための仕事をしてる時間が長かったんです。例えば、社内の会議や会社に提出する日報やレポートの作成など。そういう時間が全部なくなって、タイムスケジュールも自分で決められるので、時間に余裕を持てるようになりすごく充実しています。

ご自身のこれからの展望についてお聞かせください。

カドワキ:現在代表取締役を務めているDMO企業では、従業員もいますし、行政から指名していただいた期待に応えるためにも会社を大きくしていかなくてはいけないので、金融機関から融資をいただいてでも新たな事業を起こそうと思っています。やっぱりある程度大きくするためには、身を切るというか、覚悟が絶対必要だと思っていて。会社員の時には組織に守られてきた分、1人になったら怖いこともありますけど、でも長年の経験から自信もついてきたし、今自分のやりたいこともある。そのためなら1回、2回は勝負してもいいんじゃないかなと今、準備しています。首都圏ではNo.1のDMO企業になりたいと思っていますね。

起業される方へのメッセージ

最後に、これから起業される方に向けてのメッセージをお願いします。

カドワキ:起業支援サービスにしても、人脈にしても、使えるものはすべて使った方がいいと思います。実際、僕も会社設立時は「全然わからないので教えてください」と正直に話してたくさんのことを教えてもらいました。やりたいことがあって、それをちゃんと熱意を持って語れば、協力してくれる人は必ずいるので、そこは甘えてもいいと思います。

会社の中にいると、活動範囲は会社内の限られた世界しか広がっていきませんが、会社から外れるとそのフィールドは自分次第で無限大に作っていけます。そのためには、組織に囚われないで関われるいろんな人を巻き込んだり、これまで踏み込んでいなかった分野の情報を積極的に取得したり、1人になった柵の無さをぜひ上手く活用してください。

取材協力:創業手帳
インタビュアー・ライター:稲垣ひろみ

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