裁量労働制とは?専門業務型と企画業務型の違い、メリット・デメリットをわかりやすく解説
監修者:下川めぐみ(社会保険労務士)
2023/08/06更新
国を挙げて推進されている働き方改革ですが、具体的施策として柔軟な勤務形態の導入が多くの企業で試みられています。中でも注目を集めているのが、業務の遂行手段や時間の配分を従業員の裁量に任せる「裁量労働制」です。
本記事では、裁量労働制の概要や導入した場合の従業員および企業のメリット・デメリット、専門業務型と企画業務型との違い、導入手順、2024年4月施行の省令・告示改正のポイントなどについて解説します。
裁量労働制とは
裁量労働制(以下、本制度)とは、特定の業務に従事する労働者の労働時間に関し、実際に働いた時間(実働時間)ではなく、事前に労使協定で決められた時間(みなし労働時間)に対して賃金が支払われる制度のことです。労働基準法(以下、労基法)第38条で定められた「みなし労働時間制」の1つです。
営業日の何時から何時まで、あるいは実際に何時間を働くのかは従業員の裁量に委ねられます。ただし、労基法で定められた1日8時間、週40時間を超えたみなし労働時間を設定する場合には、残業代が発生します。
厚生労働省(以下、厚労省)では、本制度を「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」との2つに分類しており、それぞれで対象となる業務や規定すべき事項が異なります。裁量労働制に係る省令・告示(令和5 年厚労省令第39号、令和5年厚労省告示第115号)は2023年(令和5年)に改正され、2024年(令和6年)4月1日に施行されました。
専門業務型裁量労働制
厚労省の規定によれば、業務の性質上、遂行方法を労働者の裁量に大幅に委ねる必要があり、労使協定であらかじめ定めた時間、労働したものとみなす制度です。対象は以下に挙げる20の業務です。省令・告示改正前は19でしたが、改正によって1業務が追加されました。2024年4月1日施行の省令・告示の改正内容について詳しくは後述します。
専門業務型裁量労働制の対象業務
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(1) 新商品・新技術の研究開発または人文科学・自然科学に関する研究
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(2) 情報処理システムの分析・設計
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(3) 新聞・出版事業での記事の取材・編集業務または放送番組・有線ラジオ放送・有線テレビ放送の放送番組の制作のための取材・編集
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(4) 衣服、室内装飾、工業製品、広告などの新たなデザインの考案
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(5) 放送番組や映画などのプロデューサーまたはディレクター
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(6) いわゆるコピーライター
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(7) いわゆるシステムコンサルタント
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(8) いわゆるインテリアコーディネーター
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(9) ゲーム用ソフトウェアの創作
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(10) いわゆる証券アナリスト
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(11) 金融工学などの知識が必要な金融商品の開発
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(12) 大学における教授研究(主として研究に従事するものに限る)
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(13) いわゆるM&Aアドバイザー
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(14) 公認会計士
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(15) 弁護士
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(16) 建築士(一級建築士、二級建築士および木造建築士)
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(17) 不動産鑑定士
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(18) 弁理士
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(19) 税理士
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(20) 中小企業診断士
- ※厚生労働省「専門業務型裁量労働制について」
企画業務型裁量労働制
企画業務型裁量労働制とは、事業の運営に関する事項についての企画・立案・調査・分析の業務で、業務の性質上、遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があり、労使委員会の決議で事前に定めた時間を労働したものとみなす制度です。対象となる業務は、以下の4要件をすべて満たす必要があります。
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(1) 所属する事業所の事業運営に関する業務
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(2) 企画・立案・調査・分析の業務
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(3) 遂行方法を労働者の裁量に大きく委ねる必要があることが客観的に判断される業務
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(4) 業務遂行などに関して、使用者が具体的な指示をしない業務
企画業務型を導入するにはまず、労使委員会を設置し、導入することを労使委員会で決議しなければなりません。さらに個別の労働契約や就業規則などを整備して、所轄の労働基準監督署に決議届を届け出たうえで、労働者本人の同意を得る必要があります。
- ※厚生労働省「企画業務型裁量労働制について」
裁量労働制のしくみ
本制度は、冒頭でも触れたようにみなし労働時間制の1つであり、法定労働時間を超える場合には労使間で36協定を締結する必要があります。
裁量労働制の労働時間は「みなし労働時間」
本制度の労働時間は実働時間ではなく、みなし労働時間です。始業・終業時刻や労働時間を定めず、労働者に委ねたうえで運用されるのが一般的であるため、残業時間の概念もきわめて希薄になります。ただし、労基法で定められた法定労働時間を超えてみなし労働時間を設定する場合には、超過時間に対して残業手当(割増賃金)を支払わなければなりません。
裁量労働制と36協定の関係
事業所で本制度が導入されているか否かにかかわらず、労基法第36条で規定された「1日8時間、週40時間」を超える労働については、事前に労働者-使用者(企業)間で労使協定を結ばなければなりません。第36条に基づく協定であることから「36(サブロク)協定」と呼ばれます。本制度を導入した場合でも、36協定を締結する必要があります。
裁量労働制とその他制度の違い
労働者の勤務形態には本制度の他にも、変形労働時間制、フレックスタイム制、高度プロフェッショナル制度、事業場外みなし労働制などがあります。ここでは、それらの制度の詳細および本制度との違いについて解説します。
変形労働時間制
月単位や年単位で労働時間を調整して決定する制度です。例えば、繁閑期がはっきりとしている業務の場合、繁忙期には所定労働時間を長くし、閑散期には短くするといった運用ができます。労使間で協調・工夫しながら労働時間を配分し、全体的な労働時間の短縮を図る目的で導入されます。対象職種や業種の範囲が限定されていない点や、法定労働時間の総枠を超えた部分に対して時間外手当が支払われる点が本制度とは異なります。
フレックスタイム制
一定期間内の総労働時間をあらかじめ定めたうえで、コアタイムに就業していれば、総労働時間内で始業・終業時刻、当日の労働時間を労働者がある程度、自由に決められる制度です。始業・終業時刻などが労働者側に委ねられている点は本制度と似ていますが、フレックスタイム制には、みなし労働時間はありません。所定労働時間は働く必要があり、この点は本制度とは異なります。
高度プロフェッショナル制度
高度プロフェッショナル制度(高プロ)は、高度な専門的知識を持ち、かつ一定以上の年収(1,075万円)を得ている労働者を対象に、労基法による労働時間などの規定を適用除外する制度です。具体的には証券アナリストやコンサルタント、ファンドマネージャー、トレーダー、さらには研究開発業務従事者などが対象となります。
上述したとおり、労働時間に関しては規制対象外であるため、残業代などは発生しません。労働時間が労働者の裁量に委ねられている点では本制度と似ていますが、職種や業種が限られている点、年収要件がある点、労基法の適用外である点は異なります。
事業場外みなし労働制
事業場外みなし労働制とは文字通り、事業所外での労働時間の把握が難しい場合に適用されるみなし労働時間制度です。社外で行う業務に関しては、所定労働時間を働いたものとしてみなします。本制度もみなし労働時間制の1つであるため、事業場外みなし労働制とは似ていますが、対象となる職種の有無と、就業場所の限定の有無が両者では異なります。
裁量労働制のメリット
ここでは、本制度のメリットを企業側から見た場合と、従業員側から見た場合とに分けて解説します。
企業側のメリット
企業側のメリットとしてまず挙げられるのが、労務管理の負担が軽減することです。休日、深夜労働などを除いて基本的には時間外手当が発生せず、人件費計算も容易になります。労務管理の負担が減ることから、担当部署の従業員はコア業務により多くのリソースを割けるようになり、業績の向上につながる可能性が高まります。
本制度の導入により、従業員の働き方の自由度が増し、従業員満足度の向上が期待できることもメリットの1つです。従業員満足度の向上は生産性の向上、ひいては業績の向上につながるだけでなく、魅力的な就業環境は人材確保の点でも有利に働きます。
従業員側のメリット
従業員側のメリットは、自分のペースで柔軟かつ効率的に働ける、ということです。例えば研究職の場合、集中して作業する時間と、頭を休める休憩との切り替えを従業員自身が判断して行えます。結果的に業務効率の向上も期待でき、就業時間の短縮にもつながります。
裁量労働制のデメリット
メリットがある一方で、裁量労働制にはデメリットも存在します。
企業側のデメリット
導入するための手続き負担が大きいという点が、企業側のデメリットとして挙げられます。詳しくは後述しますが、専門業務型の場合では、過半数労働組合または過半数代表者と労使協定を結んだうえで、就業規則などを整備し、労働基準監督署に協定届を届け出なければなりません。加えて労働者本人の同意を得る必要もあります。企画業務型の場合は、さらに煩雑です。
また本制度を導入した結果、従業員の労働時間が長くなってしまわないよう、しっかりとした管理が企業側に求められます。
従業員側のデメリット
自由度や柔軟性の高い働き方を実現する本制度ですが、その一方で、従業員自身にも徹底した自己管理が求められます。自己管理が十分でない場合には、企業側のデメリットと同様に、かえって就業時間が長くなってしまう可能性があります。
裁量労働制が持つ問題点
制度の性質上、避けられない問題点もいくつかあります。長時間労働が常態化しやすい、すべての業種に適用されるわけではない、労務管理や評価が正しく行えない可能性がある、といったことです。
長時間労働が常態化しやすい
本制度では、従業員が働く時間は、実時間ではなく、あらかじめ決められたみなし労働時間で管理されます。働き方に関しては従業員に裁量が与えられ、自由度・柔軟性が高まることは大きなメリットです。ただし、上述のとおり、企業側の労務管理、従業員の自己管理が十分ではない場合には、長時間労働が常態化しやすいという問題が発生します。
さらに、実働時間がみなし労働時間を超えた場合でも、残業代が支払われることはありません(みなし労働時間が法定労働時間内の場合)。従業員に適切な報酬が支払われない場合があることも問題の1つです。
裁量労働制の適用外になる業種がある
本制度は、労基法で定められたみなし労働時間制の1つであり、厚労省令・告示によって施行・適用されています。さらに適用される業種も定められています。ここまでで見てきた導入時のメリットとデメリットとを考慮したうえで、メリットの方が大きいと判断し、導入を希望したしても、できない場合があります。事業部署を細分化することによって、導入を図るという対処法も考えられますが、残業代の抑制目的などの不正行為につながらないよう、慎重に対応する必要があります。
労務管理や評価が正しく行えない可能性がある
本制度のもとでは、就業時間に関しては従業員に大きな裁量が与えられますが、従来以上に業務上の成果が求められます。
従来の労務管理や評価システムの見直しを行わないまま、本制度を導入した場合、従業員の業績が適切に評価されない可能性があります。特に、従業員が本制度の内容や趣旨を正しく理解できず、「いくらでも残業させられる」制度と誤解してしまった場合、労働時間の管理が疎かにされ、従業員の過重労働や健康リスクの増大が懸念されます。
導入する際には、労使双方で制度の趣旨を理解し、従業員にも適切な教育を行って、制度が適切に運用される状況を整えることが重要です。併せて労務管理や評価システムを見直す必要もあります。
裁量労働制の導入手順
専門業務型を導入するのか、企画業務型を導入するのかによって手順は異なります。ここでは、それぞれの導入手順について解説します。
「専門業務型裁量労働制」の導入手順
大まかな導入手順は以下のとおりです。
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(1) 労使協定を過半数労組または過半数代表者と締結する
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(2) 個別の労働契約や就業規則などを整備する
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(3) 所轄の労働基準監督署に協定届を届け出る
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(4) 労働者本人の同意を得る
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(5) 本制度を実施する
労使協定では、本制度の対象となる業務や、1日当たりのみなし労働時間、労使協定の有効期間など、計10の事項を定めなければならないと規定されています。届け出る協定届は様式が定められており、厚労省の指定する様式第13号を用います。実施後の運用過程で必要なことは、計6項目が定められています。労使協定の有効期間が満了し、本制度を継続して実施する場合には、上記の(1)から繰り返します(ただし、(2)の繰り返しの整備は不要です)。
「企画業務型裁量労働制」の導入手順
対象業務が存在する事業所かどうかを確認したうえで、導入する際の大まかな手順は以下のとおりりです。
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(1) 労使委員会を設置する
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(2) 労使委員会で決議する
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(3) 個別の労働契約や就業規則などを整備する
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(4) 所轄の労働基準監督署に決議届を届け出る
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(5) 労働者本人の同意を得る
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(6) 本制度を実施する
委員会で決議しなければならない事項は、対象労働者の範囲や、労使委員会の決議の有効期間など、計11が定められています。決議には委員の5分の4以上の賛成が必要です。届け出る決議届の様式は専門業務型同様、定めがあります。実施後の運用過程で必要なことも、労働者からの苦情処理措置を実施することなど、計8項目が定められています。
決議の有効期間が満了し、本制度を継続して実施する場合には、上記の(1)から繰り返します(ただし、(3)の繰り返しの整備は不要です)。
2024年4月の裁量労働制法改正のポイント
2024年4月1日に施行された省令・告示によって適用要件が変更されました。ここでは、専門業務型と企画業務型とに分けて、それぞれの変更点を解説します。
専門業務型裁量労働制におけるポイント
専門業務型では、(1)対象業務が追加された、(2)労使協定で定めなければならない事項が追加・変更された、(3)労働者本人の同意を得る要件が追加された、(4)運用の過程で必要な事項が追加された、の4つの変更がありました。
今回、新たに追加された対象業務は、いわゆるM&Aアドバイザーです。労使協定で定めなければならない事項で追加されたのは、制度を適用する際労働者本人の同意を得なければならない、などの3項目で、その他に1項目で文言が変更されています。運用の過程で必要な事項では、健康・福祉確保措置、苦情処理措置、労働者本人の同意の3項目で内容が変更されています。今回の変更のポイントは、以下の2点です。
- 労働契約上の労使間の権利義務を生じさせるために、個別の労働契約や就業規則で専門型の規定を設けなくてはならない
- 専門型を適用する労働者にはしっかりと説明し、同意を得る必要がある
企画業務型裁量労働制におけるポイント
企画業務型では、(1)労使委員会での決議事項が追加・変更された、(2)運用の過程で必要な事項が追加・変更された、の2つの変更がありました。
決議事項では、制度の適用に関する同意の撤回の手続き、および労働者に適用される賃金・評価制度を変更する際に、労使委員会に変更内容を説明すること、が追加され、その他1項目で文言が変更されています。運用の過程で必要な事項では、健康・福祉確保措置、苦情処理措置、労働者本人の同意の3項目で内容が追加・変更されています。今回の変更のポイントは、以下の2点です。
- 遂行のための手段や時間配分などに対して具体的な指示をしない業務として、労使委員会で具体的業務を決議する必要がある
- 従業員に対して同意の撤回の手続きや賃金・評価制度を変更する場合には、労使委員会にその内容を説明し、同意およびその撤回は、労働者ごとに記録し、保存する必要がある
裁量労働制の概要や法令を理解して適切な運用をしよう
裁量労働制は、労働者と企業との双方がメリットを得られる一方、労務管理を怠ると、長時間勤務が常態化しやすくなる可能性があり、労務管理や評価が正しく行えない場合があるという問題を抱えています。概要や法令を理解したうえで、適切に運用することが重要です。
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- ※本記事は2024年5月時点の情報をもとに執筆しています。
この記事の監修者下川めぐみ(社会保険労務士)
社会保険労務士法人ベスト・パートナーズ所属社労士。
医療機関、年金事務所等での勤務の後、現職にて、社会保険労務士業務に従事。