納めた税金が戻ってくる繰戻し還付とは?仕組みや条件を税理士が解説
執筆者:宮原 裕一(税理士)
2021/03/31更新
青色申告のメリットの話で、今年赤字になった場合には、翌年以降に赤字を繰り越して、将来の黒字と相殺できる、「繰越控除」という制度をよく耳にすることでしょう。
繰越控除のほかにも、過去にさかのぼって赤字を相殺して税金の還付を受けることができる、「繰戻し還付」という制度があります。
「繰戻し還付」は、過去に申告した年度の黒字にさかのぼって、赤字を相殺できる制度。実際に入金があるため資金繰りにも効果的です。繰戻し還付の条件や計算方法について解説していきましょう。
POINT
- 繰戻し還付制度は過去に申告した年度の黒字にさかのぼって、赤字を相殺することができる
- 手元にお金が入ってくるため、直近の資金繰りに効果があるというメリットがある
- 内容を調査して還付を決めるため、税務署からの問い合わせや税務調査がある場合も
「繰戻し還付」とは過去にさかのぼって赤字を相殺できる制度
国に納める税金(国税)の所得税や法人税、都道府県や市区町村など地方公共団体に納める税金(地方税)の住民税や事業税などは、事業の利益にかかる税金です。
その計算は、個人事業主の所得税なら暦年1年間、法人税なら事業年度など、一定の期間で計算することになります。つまり、その年や年度が黒字であれば納める税金が発生しますし、赤字であればそれぞれの税金は、税金はかかりません。
個人事業主でも法人でも、商売は始めたときからずっと続いていくものですよね。ある年度で大きな赤字となってしまった場合を考えてみてください。大きな赤字が出たときは、当然資金的にも苦しくなるはずです。
しかし、税金の計算が年度ごとであることから、赤字の年度は税金がかからないにしても、翌期で黒字回復したときにはそのまま税金がかかってきます。計算上では黒字回復したとはいえ、失った資金を取り戻す段階で多くの税金を負担することになると、事業そのものの存続が危うくなりかねません。
そこで、一定の条件を満たす場合には、その年度で生じた赤字を、他の年度の黒字と相殺することで税金の負担を軽くする制度がいくつか設けられています。
そのうちのひとつ「繰戻し還付」制度は、過去に申告した年度の黒字にさかのぼって、赤字を相殺することができます。過去の申告で納税した金額と、相殺後の利益で再計算した税額との差額を返してもらえるのです。
繰戻し還付は過去の黒字から相殺して還付を受けることができ、実際にお金が手元に入ってくるので、資金繰り面が助かるというメリットがあります。
一方、翌年度以降に赤字を繰り越して将来の黒字と相殺できる「繰越控除」の場合は、将来の黒字と相殺するものであるため、黒字になるまではその相殺効果を得ることができません。
繰戻し還付のデメリットとしては、国税にのみに適用されている制度のため、住民税や事業税などの地方税分は、あらためて繰越控除となり後から減税になることです。
また、繰戻し還付制度は還付請求があった場合にその内容を調査して還付を決めることになっていますから、税務署からの問い合わせや、場合によっては税務調査があることも覚えておきましょう。
両者の違いを上図で説明すると、それぞれ次のようになります。
- 繰戻し還付……本年が赤字だった場合、前年の黒字から本年の赤字を相殺し、前年の青い部分だけで税金を再計算して、差額を還付してもらう
- 繰越控除……本年が赤字だった場合、翌年以降の黒字から本年の赤字を相殺し、翌年以降の青い部分だけで税金を計算することで減税される
また、メリットとデメリットをまとめると次の表のようになります。
メリット | デメリット | |
---|---|---|
繰戻し還付 |
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繰越控除 |
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青色申告をしている個人事業主の赤字・純損失の繰戻し還付の条件と計算式
個人事業主の事業上の利益は、「事業所得」に分類されます。事業に関する収入金額から必要経費を差し引いて赤字となった場合、給与所得や雑所得など事業所得以外のものがあるときは、事業所得の赤字をそれらの黒字と相殺できます。しかし、赤字を相殺しきれずに赤字の金額が残ってしまった場合、その金額のことを「純損失」といいます。
青色申告をしている個人事業主は、その年に生じた純損失(赤字)で一定の条件を満たす場合には、前年(一定の場合は前々年)の所得金額(黒字)から純損失を相殺して、所得税の還付を受けることができます。
純損失の繰戻し還付請求による還付金額の計算は、次の算式で計算します。
-
①前年分の所得税額※
-
②前年分の所得金額から純損失を相殺して再計算した所得税額※
-
③①ー②
-
④源泉徴収税額を差し引く前の所得税額
-
⑤還付金額=③と④のうちいずれか少ない金額
- ※総所得、山林所得、退職所得の別に計算します。分離課税の譲渡所得などは対象外です
繰戻し還付を受けられる条件は次の5つです。
-
①青色申告者であること
-
②その年に生じた純損失を前年分の所得金額から相殺して税額を再計算すると差額の税額が還付となること
-
③②のほか、事業の全部を譲渡や廃止などした場合に、その前年に生じた純損失があり、その純損失を前々年分の所得金額から相殺して税額を再計算すると差額の税額が還付となること
-
④前年分(③の場合は前々年分も)の青色申告決算書を提出していること
-
⑤純損失の年分の確定申告期限である3月15日までに、「純損失の金額の繰戻しによる所得税の還付請求書」を所得税の確定申告書とともに提出すること
純損失の金額の繰戻しによる所得税の還付請求書は次の様式です。
青色申告法人の赤字・欠損金の繰戻し還付の条件と計算式
法人は、税務上の収益である「益金」から税務上の費用である「損金」を差し引いた所得金額を税金の対象とし、赤字となった場合の金額を「欠損金額」といいます。
この「税務上の」という言葉がポイントです。法人の帳簿付けは、法人に関するすべての取引を記帳にしますから、税務上認められない費用でもそのまま記帳します。そして、法人税の計算をする段階で、申告書上で認められないものなどを差引して税務上の所得金額を計算しますので、会計上の利益(決算書の利益)と税務上の所得金額(申告書の利益)は、しばしば一致しないということに注意しておきましょう。
青色申告をしている法人は、その事業年度に生じた欠損金額(赤字)で一定の条件を満たす場合には、一定の事業年度に欠損金を繰り戻して法人税額の還付を受けることができます。
なお、次①~③の欠損金額を除き1992年(平成4年)4月1日から2022年(令和4年)3月31日までの間に終了する各事業年度で生じた欠損金額については、適用停止となっています。
-
①清算中に終了する各事業年度の欠損金額
-
②解散等の事実が生じた場合の欠損金額
-
③中小企業者等※の各事業年度において生じた欠損金額
- ※中小企業者等とは、普通法人のうち各事業年度終了の時において資本金の額などが1億円以下であるものなど一定の条件を満たす法人をいいます
ただし、2020年(令和2年)2月1日から2022年(令和4年)1月31日までの間に終了する各事業年度において、新型コロナ税特法の特例により資本金の額が1億円超10億円以下の法人などについても適用が拡大されています。
繰戻し還付を受けられる条件は次の3つです。
-
①還付所得事業年度から欠損事業年度の前事業年度までの各事業年度について、連続して青色申告書である確定申告書を提出していること
-
②欠損事業年度の青色申告書である確定申告書をその提出期限までに提出していること
-
③②の確定申告書と同時に「欠損金の繰戻しによる還付請求書」を提出すること
欠損金の繰戻しによる還付請求書は次の様式です。
欠損金の繰戻し還付請求による還付金額の計算は、次の算式で計算します
還付金額=還付所得事業年度の法人税額×欠損事業年度の欠損金額(分母を限度)÷還付所得事業年度の所得金額
災害損失欠損金を有する法人の繰戻還付(白色申告法人も可)の計算式と条件
災害のあった日から1年間以内に終了する各事業年度や災害のあった日から半年以内に終了する中間期間において生じた災害損失欠損金額(災害による赤字)で一定の条件を満たす場合には、一定の事業年度に欠損金を繰り戻して法人税額の還付を受けることができます。
欠損金の繰戻し還付請求による還付金額は、次のように計算します。
還付金額=還付所得事業年度の法人税額×災害欠損事業年度の災害損失欠損金額(分母を限度)÷還付所得事業年度の所得金額
繰戻し還付を受けられる条件は次の3つです。
-
①還付所得事業年度から欠損事業年度の前事業年度までの各事業年度について、連続して確定申告書を提出していること
-
②欠損事業年度の確定申告書又は仮決算による中間申告書を提出していること
-
③②の確定申告書又は仮決算による中間申告書と同時に欠損金の「災害損失の繰戻しによる還付請求書」を提出すること
災害損失欠損金額とは、災害欠損事業年度の欠損金額のうち、災害損失の額に達するまでの金額をいいます。
-
①災害損失事業年度の欠損金額
-
②災害損失金-保険金等により補てんされる金額
-
③①と②のいずれか少ない方
コロナ禍における税務上の取扱いとして、災害損失欠損金の範囲につき国税庁からつぎのような例が挙げられています。
災害損失欠損金に該当する例
- 飲食業者等の食材(棚卸資産)の廃棄損
- 感染者が確認されたことにより廃棄処分した器具備品等の除却損
- 施設や備品などを消毒するために支出した費用
- 感染発生防止のため、配備するマスク、消毒液、空気清浄機等の購入費用
- イベント等の中止により、廃棄せざるを得なくなった商品等の廃棄損
- ※繰戻し還付の対象となる災害損失とは、棚卸資産や固定資産に生じた被害(損失)に加え、その被害の拡大・発生を防止するために緊急に必要な措置を講ずるための費用が該当します。
災害損失欠損金に該当しない例
- 客足が減少したことによる売上げ減少額
- 休業期間中に支払う人件費
- イベント等の中止により支払うキャンセル料、会場借上料、備品レンタル料
- ※上記のように、棚卸資産や固定資産の被害の拡大・発生を防止するために直接要した費用とは言えないものについては、災害損失欠損金に該当しません
まとめ
今回は繰戻し還付の説明でしたが、青色申告の場合は繰戻し還付と繰越控除のどちらも選ぶことができます。繰戻し還付で早期に資金を確保するか、繰越控除で将来の負担を減らすか、どちらがよいかは判断が必要です。
また、白色申告の個人事業主につき、純損失の繰戻し還付制度は適用できませんが、純損失のうちに被災事業用資産の損失があるときには3年間の繰越控除が可能ですので、こちらも検討してみてください。
photo:Getty Images
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この記事の執筆者宮原 裕一(税理士)
「宮原裕一税理士事務所」代表税理士。弥生認定インストラクター。
弥生会計を20年使い倒し、経理業務を効率化して経営に役立てるノウハウを確立。経営者のサポートメンバーとして会計事務所を営む一方、自身が運営する情報サイト「弥生マイスター」は全国の弥生ユーザーから好評を博している。