労災とは?会社も働く人も知っておきたい労働災害の認定基準や手続きの方法
2019/06/14更新

この記事の執筆者渋田貴正(税理士、司法書士、行政書士、社会保険労務士)

従業員が勤務時間中や通勤中にケガをしたり、病気などになってしまった場合はどうしたらいいのでしょうか。労災は、このような業務上に被ったケガや疾病などの災害を保証する制度です。従業員から労災の申請があった場合、その認定基準はどのようにしたらいいのか、また病院の選び方、保険や手続きの方法について解説します。さらに昨今問題となっている過労死や過労自殺と労災の関係についても説明いたします。
POINT
- 労災には業務災害と通勤災害があり、それぞれに認定基準が定められている
- 労災保険には、従業員を1人でも雇用すれば、事業主に加入義務がある
- 労災が起きた時は、できる限り労災指定病院を利用する
そもそも労災とは?労災の申請があった時の認定基準
労災(労働災害)は、業務上従業員が被ったケガや疾病などの災害に対して補償する制度です。
労災には大きく分けて、「業務災害」と「通勤災害」の2種類があります。簡単にまとめると、業務災害は業務中の災害、通勤災害は通勤中や勤務先から家に帰る途中の災害のことを指します。
業務災害については、労働基準法に定められる業務上疾病に該当する場合に補償を行うというように定められています。つまり、業務災害に該当すれば、業務上疾病といえます。
では業務上疾病とは何でしょうか?ひと言でいえば、業務上疾病とは、業務に従事していたことが原因で生じた災害のことです。
詳しくは、以下の業務災害の認定基準で説明しますが、労災保険の給付は、事業主が負担する保険料でまかなわれていることを考えると、業務災害の認定も、「なんとなく業務に関係しそう……」というようなものではなく、しっかりとした基準に基づいて業務に起因すると判断できて、初めて給付が行われるべきということです。
「業務災害」の認定基準。認められる場合、認められない場合
業務災害と認められる上で満たすべき要件として、「業務遂行性」と「業務起因性」が挙げられます。
まず、業務遂行性について見ていきましょう。業務遂行性とは、簡単に言うと労災がおこったときに会社の支配下にあることをいいます。具体的には、次のような場合に業務遂行性があると認められます。
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1.社内で業務をしている場合(工場のライン作業中や、社内でのパソコン操作中など)
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2.社外で業務をしている場合(営業の外回りや、出張など)
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3.業務中以外で会社の管理下にある場合(社内での休憩中など)
業務をしている場合としては、例えば業務中にトイレに行く場合や、外回りで合間に喫茶店に入る場合なども含まれます。
③については、実際に業務を行っているわけではないので、例えば窓枠が壊れているのを会社が放置していて転落事故が起きたというように、社内の施設の不備により災害が起こった場合のみ対象となります。休憩時間に吸っていたタバコの火でやけどしてしまったような場合は労災とは認定されないということです。
次にもう一つ、業務災害の要件となっている業務起因性について見てみましょう。業務起因性とは、業務中の行為が原因で発生した労災のことをいいます。言い換えると、その業務を行っていれば、ほかの人でも同様の災害が生じる可能性があった場合ともいえます。
例えば、社内の階段から足を踏み外して怪我をした場合は、誰でもそうした事故に遭遇する危険がありますので、業務起因性が認められます。一方で営業の外回り中に、業務とは関係ないような理由により自分に対して恨みがある人に襲われたような場合は、業務遂行性は認められても、個人的な事情で被災したので業務起因性は認められません。
これに対して、例えば業務上の事情で恨みを買って襲われるような場合には業務起因性があると考えられます。例えば、とある従業員の不正を発見したり、取引先への発注を取りやめたりしたことで恨みを買ったような場合です。こうしたケースでは、労災と認定される可能性があります。
「通勤災害」の認定基準。認められる場合、認められない場合
通勤災害は、主に就業場所と家との往復中の災害が該当します。通勤災害において重要なポイントは以下の3点です。
1つのポイントは、就業に関して行われているかということです。例えば勤務先に忘れ物をして休みの日に取りに行く途中で事故にあった場合は、就業とは関係ないため、たとえ勤務先に行く途中だったとしても通勤災害にはなりません。
2つ目のポイントは、通常の通勤経路を逸脱したり、途中で通勤とは関係ない行為を行って通勤を中断したりしていないかということです。例えば会社を出た後に自由参加の飲み会に行けば、その時点で逸脱や中断となります。実際には断ることができないような雰囲気だったとしても、飲み会はあくまで飲み会です。給与が出るわけでもないため、業務中とは認められないでしょう。
ただし、通勤中(通勤途中)にコンビニで夕食を買う、通勤中に診察のため病院に立ち寄る、通勤中に子どもを保育園や学童などに送迎するなど日常的な行為については逸脱や中断とは扱われません。
3つ目のポイントは、通勤経路が合理的かということです。つまり、最短経路である必要はありませんが、あえて遠回りするような場合には通勤に該当しないということです。
こんな場合は労災と認定されない
労災の認定は、事業所所在地を管轄する労働基準監督署が行います。上記で解説したような基準に照らして労災に該当するかどうかを認定していますので、この基準を満たさない災害については、労災とは認定されません。
また、労災は提出した書類や、必要に応じて本人や会社へのヒアリングをもとに認定・給付が行われます。申請の際には、労災の認定基準についてある程度知っておき、請求書類に落とし込んでいく必要があります。勤務中や通勤中であればなんでも労災になるわけではないということはしっかりと理解しておきましょう。
労災になるかどうか判断に迷った場合には、専門家である社会保険労務士や、管轄の労働基準監督署に相談してみるのもよいでしょう。
事業主は1人でも雇用した場合、労災保険に加入する義務がある
労災保険とは、事業主が雇用する従業員が業務中や通勤中にケガをしたり、疾病にかかったりしたときに、その補償を行うために国が制度として設けている公的な保険です。業種によって程度の違いはありますが、どのような仕事でも、通勤中に交通事故にあうかもしれませんし、業務中に転倒してケガをする可能性はあります。
そのため、事業主は誰か1人でも雇用した場合には、労災保険に加入しなければいけません。最初に雇用した人が週1日しかシフトに入らないアルバイトであっても、事業主は労災保険に加入する義務があります。
労災保険への加入手続きは?労災保険料率は?
労災保険料率は、行う事業によって異なります。労災が起こりやすかったり、起こった場合に重大な事故になってしまったりするような業種ほど保険料率が高くなっています。ちなみに、労災保険の保険料は全額が事業主負担であり、従業員の負担はありません。業務中の従業員の身の安全を守ることは事業主の義務ということです。
以下のリンクから、厚生労働省が発表している労災保険料率がわかります。労災の保険料率は業種によって発生する頻度や、発生したときの被害の度合いに違いがあります。例えば、営業職などであれば、労災保険料率は基本的に0.3%です。
- 参考
事業主は、毎年4月1日から翌年3月31日に発生した従業員への給与支払額に労災保険料率を乗じて労災保険料を負担しています。労災の給付は、この保険料を原資に行われますので、労災が起こるたびに事業主に負担が発生するというわけではありません。ただし、労災が会社の故意や過失により発生した場合、被災した従業員は会社に対して損害賠償を請求できます。
損害賠償の金額が労災の給付を上回った場合について、会社は差額を賠償することになります。会社の故意・過失というのは、例えば、オフィスの窓枠が壊れているのを放置した結果、転落事故が起こってしまったというようなケースなどです。会社は安全のため、窓枠を修理する義務がありますので、その義務を怠った結果事故が起こったのは、会社の過失です。
業務災害・通勤災害が発生した時の対応と手続き
業務災害が発生した場合は、どのようにすればよいのでしょうか?
仕事中に従業員に対して災害が起こった場合は、まず労災指定病院に行くように指示しましょう。就業中に災害が起こった場合に、業務起因性がどうこうといったことを都度検討している時間はなかなかありません。そのため、とりあえず労災指定病院に行ってもらうようにするのがベストです。
労災指定病院は、厚生労働省のページから検索することができます。いざ就業中に災害が起こった場合に慌てないように、どの労災病院に行くかということはあらかじめ社内で決めておきましょう。
ただし、突発的に起こった労災で、近くに労災指定病院がないということもあり得ます。この場合は、近くの病院で治療をうけることになります。
労災指定病院で診療を受けた場合は、基本的に窓口払いはありません。労災指定病院以外で診療を受けた場合には、一旦窓口払いを行った後、後日療養(補償)給付を国に請求することで、かかった医療費の還付を受けることができます。
労災なのに誤って従業員が健康保険証を使ってしまった場合は、本来は負担しなくてもよい医療費を負担することになってしまいます。労災の場合は、従業員には労災指定病院で受診するように指示するとともに、労災であることを伝えて健康保険証を使用しないように社内で通達しておきましょう。
万が一労災指定病院以外で健康保険を使って受診してしまった場合は、領収書を添えて労働基準監督署で還付の手続きを取るように従業員に伝えましょう。
労災の場合の給付の種類と、それぞれの請求の手続きは?
療養補償給付療養給付
- 業務災害または通勤災害が発生して、労災指定医療機関で治療を受けた場合
→無料で治療が受けられる - 業務災害または通勤災害が発生して、労災指定医療機関以外で治療を受けた場合
→必要な療養費の全額が後日支給される
休業補償給付休業給付
- 業務災害または通勤災害による傷病の治療のため労働することができず、賃金を受けられないとき
→休業4日目から、1日につき給付基礎日額※の60%が給付される。また特別支給金として、休業4日目から1日につき給付基礎日額の20%相当額が給付される
- ※給付基礎日額とは、原則として事故が発生した日の直前3か月間にその労働者に対して支払われた金額の総額(ボーナスは除く)を、その期間の歴日数で割った金額をいいます。
遺族(補償)給付 遺族補償年金遺族年金
- 業務災害または通勤災害により死亡したとき
→遺族の数等に応じ、給付基礎日額の245日分から153日分の年金が給付される。また特別支給金として、遺族の数にかかわらず、一律300万円の遺族特別支給金が給付される。また遺族の数等に応じ、算定基礎日額の245日分から153日分の遺族特別年金が給付される
遺族(補償)給付 遺族補償一時金・遺族一時金
- (1)遺族(補償)年金を受け得る遺族がないとき(2)遺族補償年金を受けている方が失権し、かつ、他に遺族(補償)年金を受け得る者がない場合であって、すでに支給された年金の合計額が給付基礎日額の1000日分に満たないとき
→給付基礎日額の1000日分の一時金(ただし、(2)の場合は、すでに支給した年金の合計額を差し引いた額)が給付される。また特別支給金として、遺族の数にかかわらず、一律300万円の遺族特別支給金が給付される。また遺族の数等に応じ、算定基礎日額の1000日分の遺族特別一時金(ただし、(2)の場合は、すでに支給した特別年金の合計額を差し引いた額)が給付される
葬祭料葬祭給付
- 業務災害または通勤災害により死亡した方の葬祭を行うとき
→315,000円に給付基礎日額の30日分を加えた額(その額が給付基礎日額の60日分に満たない場合は、給付基礎日額の60日分)が給付される
傷病補償年金傷病年金
- 業務災害または通勤災害による傷病が療養開始後1年6ヵ月を経過した日または同日後において次の各号のいずれにも該当することとなったとき(1)傷病が治っていないこと(2)傷病による障害の程度が傷病等級に該当すること
→障害の程度に応じ、給付基礎日額の313日分から245日分の年金が給付される。また特別支給金として、障害の程度により114万円から100万円までの傷病特別支給金(一時金)、障害の程度により算定基礎日額の313日分から245日分の傷病特別年金が給付される
介護補償給付介護給付
- 障害(補償)年金または傷病(補償)年金受給者のうち第1級の者または第2級の者(精神神経の障害および胸腹部臓器の障害の者)であって、現に介護を受けているとき
→介護に要する費用の全額(ただし上限あり)が給付される
労災の給付には、「業務災害」と「通勤災害」に関する給付があります。通勤災害の給付には、「補償」という言葉がつきません。あまり気にせず、そのような給付の名前のルールになっているといったくらいで考えておきましょう。
各給付には通常の給付のほか、特別支給金というものもあります。「特別」と名前がついていても受給にあたって特別な要件が必要なわけではありません。通常の給付と特別支給金を合わせた額が給付額と考えておいて問題ありません。
療養(補償)給付は「医療機関の診療費が無料になる」ということでわかりやすいのですが、その他の給付については、金額の計算がややこしく、対象者の給与の金額によっても変動します。以下に給付の概要も記載してありますが、詳細な計算については、実際に給付の請求を行う際に確認しましょう。
労災関係の給付を受けようとする場合、請求書は以下の厚生労働省のページから簡単にダウンロードできます。各請求書は事業所所在地を管轄する労働基準監督署に提出します。労働基準監督署に提出後、審査が行われ、無事審査に通れば、労働者本人に直接給付ということになります。審査次第ですが、明確に労災と分かるようなケースであれば、早ければ1ヵ月程度で支払いがあります。
労災保険の請求は労働者本人やその家族が行ってもよいですが、個人で請求しようとするのはそれなりに大変です。また、会社も労災の発生に大なり小なり関係しているため、本人の代わりに会社が手続きを行うのが一般的です。労災の申し出があった場合、会社で書面を用意して本人に渡すなど会社側でもすぐに対応が取れるよう、準備しておきましょう。
過労死や過労自殺は労災になる?
労災のなかでも、もっともニュースになるのが過労死や過労自殺でしょう。過去にも労災として認定されたことが報じられ、過労死や過労自殺も「労災」になるということをご存じの方も多いと思います。
交通事故など突発的に起こるケガなどに対して、過労死や過労自殺はその原因となる業務状況がある程度長期にわたるために、認定にもいくつかの基準が設けられています。
まず過労死についてです。労災において過労死とは、過重な労働によって脳出血などの脳血管疾患、心筋梗塞などの心臓疾患などを発症し死亡することです。「過重な労働」についてはケースバイケースですが、死亡の直前1ヵ月間におよそ100時間、または死亡の前2ヵ月間から6ヵ月間に平均でおよそ80時間を超えるような残業を行っている場合に、過労死のリスクが高いとされています。
実際に過労死の労災認定を受けるには、上記の労働時間の目安に加えて、業務の環境(温度や騒音など)や、精神的な緊張(常時のクレーム対応など)といった業務特有の事情も考慮して総合的に判断されます。ケースバイケースではありますが、長時間労働で亡くなったからといって、すべてが労災として認定されるというわけではないということです。
過労自殺については過労死と異なり、故意によるものなので、業務起因性があるのかということが問題になります。
この点については、過重な労働により睡眠不足やストレスなどが持続して、このことが原因となって精神的な疾患を発症して自殺するといった場合には、業務起因性が認められます。自殺については、もともと精神的な疾患を持っている場合や、仕事以外でのストレスなどの複合的な可能性があるため、実際に過重労働が原因で発症した精神的な疾患が原因なのかということが重要な判断基準になります。
photo:Getty Images
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この記事の執筆者渋田貴正(税理士、司法書士、行政書士、社会保険労務士)
税理士、司法書士、社会保険労務士、行政書士、起業コンサルタント®。
1984年富山県生まれ。東京大学経済学部卒。
大学卒業後、大手食品メーカーや外資系専門商社にて財務・経理担当として勤務。
在職中に税理士、司法書士、社会保険労務士の資格を取得。2012年独立し、司法書士事務所開設。
2013年にV-Spiritsグループに合流し税理士登録。現在は、税理士・司法書士・社会保険労務士として、税務・人事労務全般の業務を行う。
著書『はじめてでもわかる 簿記と経理の仕事 ’21~’22年版』
