裁量労働制の残業代とは?計算方法や制度の導入ポイントを解説
監修者:下川めぐみ(社会保険労務士)
2024/08/06更新
「裁量労働制」を採用することで、従業員は自分で働き方を選べるため、効率的に働けます。企業側にとっても、支払うべき給与を前もって見積もれる点がメリットです。ただし、裁量労働制でも、働き方によっては残業代が発生する場合があるため、企業側は時間外手当の発生するしくみや割増賃金の計算方法などを、正しく理解しておかなければなりません。
本記事では、さまざまなケースにおける残業代の計算方法や、裁量労働制を採用するメリット・デメリット、適切に残業代を支払うための取り組みについて詳しく解説します。
裁量労働制と残業代の関係
「裁量労働制」は、所定労働日に前もって定められた時間分を勤務したとみなされるため、本来この制度自体に残業代は発生しません。
ただし、みなし労働時間が法定労働時間を超えていた場合や休日出勤した場合など、一定の条件を満たしていれば、残業代を支払うケースがあります。
そもそも裁量労働制とは
裁量労働制とは、みなし労働時間制の一種であり、実働時間ではなく事前に定められた時間分を勤務したものとみなして、その分の給与を支払う制度です。厚生労働省によって適用できる業務が限られており、また以下の2種類に分類されています。
専門業務型裁量労働制
特定の高度かつ専門的な業務に携わる従業員を対象とした制度です。これらの業務は、企業が業務の内容に基づいて判断することが難しいため、労働時間の配分や業務遂行の手段について、従業員本人の裁量に委ねます。この制度を適用した場合、対象となる業務を遂行した際に、事前に定められた時間分を勤務したものとみなす仕組みです。
適用が認められている専門業務は19種類あり、一例として以下が挙げられます。
- 新商品や新技術の研究開発などの業務
- 情報処理システムの分析や設計の業務
- インテリアコーディネーターの業務
- 証券アナリストの業務
- 公認会計士や弁護士などの専門家の業務
- プロデューサーやディレクターの業務
など
また、それを実施するには、労使協定を締結し、所轄の労働基準監督署に協定届を届け出るなど、所定の手続きが必要です。
企画業務型裁量労働制
企業の本社など、事業運営上の重要な決定が行われる場所において、企画や立案、調査、分析を遂行する従業員を対象とした制度です。対象となる業務が存在する場所のみ制度を適用でき、かつ対象となる従業員の同意が必要です。
労使委員会を設置し、一定の決議が通った後、所轄の労働基準監督署に決議を届け出るなど、所定の手続きを行えば、制度の実施が可能です。実施後も定期的な報告が求められます。
残業時間の上限は月45時間、年360時間が基本
裁量労働制は、企業と従業員の間で定められる就業条件にも労働基準法が適用されます。つまり、労働基準法第36条で定められている、残業時間の上限である「月45時間、年360時間」は、裁量労働制にも適用されます。例えば、月45時間超の残業が発生するように、その月の労働時間を設定するなどの就業条件を定めることはできません。
残業が発生したら割増賃金の支払いが必要
裁量労働制で勤務している場合も、一定の条件に基づき、残業が発生したと判断されることがあります。その場合は、以下の計算式によって算出された残業代を従業員に支払います。
残業代=1時間あたりの基礎賃金×残業時間×割増率
1時間あたりの基礎賃金=契約に基づく月給÷その月の所定労働時間
(例)1月の出勤日数を20日、1日あたりの労働時間を8時間とみなして、月給32万円の契約を結んでいた場合
労働時間=8時間×20日=160時間
1時間あたりの基礎賃金=32万円÷160時間=2,000円
残業時間が発生した場合の割増賃金は、状況に応じて複数の種類があり、それぞれに割増率が設定されています。その内容は次の通りです。
- 法定労働時間を超えた労働時間に対する「残業手当」は25%(※時間外労働が月60時間を超えた場合は50%)
- 法定休日に勤務した場合の労働時間に対する「休日出勤手当」は35%
- 夜22時から翌朝5時までの間に勤務した場合の「深夜手当」は25%
割増賃金の計算方法や各手当の条件、割増率の詳細な内容については、以下の記事で詳しく解説しています。
裁量労働制を採用するメリット
高度かつ専門的な業務の場合、長時間の残業が発生するタイミングがあるなど、労働時間が不規則になりがちです。企業側も個別の残業代を計算するなどの対応が求められます。
裁量労働制を採用することで、契約に則ったみなし労働時間とみなし賃金から、人件費の計算が可能です。そのため、企業側もかかる人件費を前もって予測した上で、将来の雇用計画を立てられます。ただし、一定の条件で残業が行われた場合、割増賃金の計算も必要な点に注意しましょう。
また、従業員も自分のスキルや業務の必要性に応じた就業計画を立てられるので、自由な働き方を好み、効率的に業務を進められる優秀な人材が集まりやすくなります。成果が出た分だけ労働時間の短縮につながる上、従業員のモチベーションアップや企業の生産性向上が期待できます。
裁量労働制を採用するデメリット
専門業務型と企画業務型のいずれにおいても、所轄の労働基準監督署に労使協定や決議を届け出るなど、所定の手続きが必要です。また、対象となる従業員本人の同意も求められます。このように裁量労働制を採用する際は、企業側が労力をかけないと、制度の周知ができず従業員の理解を得られません。
繁忙期に残業を行っても基本的に残業代は発生しないため、業務に慣れている人にとってはあまり問題ありませんが、逆に不慣れな人にとっては長時間労働につながり、モチベーションが低下してしまいます。結果的に、業務が非効率になってしまう懸念があります。
【ケース別】裁量労働制で残業代(時間外手当)が発生する場合の計算方法
裁量労働制における残業代の発生には、次のようなケースがあります。以下より、それぞれの割増賃金の計算方法について紹介します。
みなし労働時間が法定労働時間を超えるケース
みなし労働時間は、実際に多少のズレがあっても、対象の従業員が勤務したとみなされる時間です。したがって、実働時間がそれを超過したとしても、本来は残業代は発生しません。
ただし、はじめに法定労働時間である8時間を超えてみなし労働時間を設定した場合、その超過分の時間について、割増賃金分の時間外手当が発生します。この場合の割増率は25%です。
(例)
- みなし労働時間を9時間、1か月の勤務日数を20日とする契約を締結している
- 1時間あたりの賃金は3,000円
1か月の残業時間=(9時間-8時間)×20日=20時間
割増賃金=3,000円×20時間×25%=15,000円
深夜労働をしたケース
一般的に、従業員が夜10時から翌朝5時までの間に勤務した場合には、該当する時間分の割増賃金を支払わなければなりません。裁量労働制においても、従業員がその時間帯に勤務していた場合、25%の割増賃金が発生します。
(例)
- 夜10時から翌日1時までの3時間、深夜労働を行っていた
- 1か月の勤務日数は20日で、1時間あたりの賃金は2,000円
1か月の深夜労働時間=3時間×20日=60時間
割増賃金=2,000円×60時間×25%=30,000円
法定休日に働いたケース
「法定休日」とは、1週間に1日または4週間に4日付与することが義務付けられた休日です。この法定休日に勤務した場合は、35%の割増賃金を上乗せした給与を支払います。
裁量労働制においても、法定休日に勤務した場合は、みなし労働時間に追加で労働が発生したものとして、割増賃金を上乗せした給与を支払う形となります。
(例)
- 法定休日に合計8時間勤務した
- 1時間あたりの賃金は2,500円
法定休日の勤務時間=8時間
割増賃金=2,500円×8時間×(100%+35%)=27,000円
法定外休日に働いたケース
「法定外休日」とは「所定休日」とも呼ばれ、法律で定められた法定休日とは別に、企業が自主的に定めた休日です。裁量労働制の対象となる従業員が、この日に勤務したとしても、本来残業代は発生しません。
ただし、他の日の労働時間と合計して、勤務時間が法定労働時間を超えていた場合、その超過分の時間について、割増賃金を上乗せした給与を支払います。
(例)
- 法定外休日に勤務した上、その週は1週間の法定労働時間である40時間を超えて、合計45時間勤務した
- 1時間あたりの賃金は3,000円
超過時間=45時間-40時間=5時間
割増賃金=3,000円×5時間×(100%+25%)=18,750円
時間外労働と深夜労働が重なったケース
裁量労働制において、勤務時間が極端に偏った場合などに、上に挙げた例が一度に複数重なることがあります。その場合、割増賃金の規定が同時に適用される点に注意が必要です。
(例)
- みなし労働時間を9時間、1か月の出勤日数を20日とする契約を締結している
- 夜10時から翌日0時までの2時間、深夜労働を行っていた
- 1時間あたりの賃金は5,000円
1か月の残業時間=(9時間-8時間)×20日=20時間
時間外労働に対する割増賃金=5,000円×20時間×25%=25,000円
深夜労働時間=2時間×20日=40時間
深夜労働残業に対する割増賃金=5,000円×40時間×25%=50,000円
割増賃金の合計金額=25,000円+50,000円=75,000円
法定休日労働と深夜労働が重なったケース
法定休日に勤務し、なおかつ深夜労働を行った場合も、上乗せして支払われるべき給与に、深夜労働の割増賃金の規定が適用されます。
(例)
- 法定休日に合計12時間勤務した
- この勤務時間のうち、深夜労働に該当する時間が2時間
- 1時間あたりの賃金は3,000円
法定休日の勤務時間=12時間
法定休日労働に対する割増賃金=3,000円×12時間×(100%+35%)=48,600円
深夜労働時間=2時間
深夜労働に対する割増賃金=3,000円×2時間×25%=1,500円
割増賃金の合計金額=48,600円+1,500円=50,100円
裁量労働制における適切な残業代を支払うための取り組み
裁量労働制を採用する際、企業側は以下の点に注意しましょう。
- みなし労働時間の設定を慎重に行う
- 残業を常態化させない
- 割増賃金も含めた給与計算を正確に行う
- 従業員の労働時間を把握できる環境をつくる
みなし労働時間の設定を慎重に行う
裁量労働制の趣旨は、労働時間ではなく働いた成果に対して報酬を支払う、というものです。使用者が具体的な指示をすることが困難な業務に対して適用できる制度であるため、みなし労働時間の設定は慎重にすべきでしょう。
また、職場内で長時間労働を繰り返す従業員が増えて、残業が常態化している環境は、業務効率の悪化や生産性の低下を招き、企業にとっても好ましくありません。長時間労働が続くようであれば、一旦、裁量労働制の適用解除を検討するなどの対応をとりましょう。
労働時間をしっかりと管理する
裁量労働制は、どこからが時間外労働なのか、ボーダーラインを判別しづらいため、企業側で従業員の労働時間と業務内容を正確に把握した上で、残業代を支給することが必要です。
従業員の働き方、あるいは休日出勤や深夜残業の有無によって割増賃金が発生するので、給与計算もそれに合わせて正しく反映させることが求められます。タイムカードを利用するなど、従業員の勤怠をリアルタイムで把握できる環境をつくることをおすすめします。
また、法定外休日の勤務や深夜残業に関しては、事前に承認を得る必要があるなど、実施のルールを設けておきましょう。
なお、裁量労働制は適用が認められる業務に携わる従業員を対象とした制度であるため、それ以外の業務には適用できない点にご注意ください。
裁量労働制の運用にあたっては正しい理解が不可欠
裁量労働制は、従業員の労働の成果とそれに見合った労働時間を前もって見積もり、労働契約を締結する制度です。ただし、従業員の働き方によっては、残業代として割増賃金が発生するため、実施にあたり割増賃金の制度に対する正しい理解が不可欠です。そして、従業員の労働時間を、企業側で正確に把握できる環境も欠かせません。
裁量労働制のような複雑な制度でも、正確な給与計算を行うためには「弥生給与 Next」「やよいの給与明細 Next」などのクラウドサービスの導入がおすすめです。給与計算や年末調整をスムーズに行えるうえ、他社の勤怠管理サービスと連携可能です。業務効率化にぜひお役立てください。
- ※本記事は2024年5月時点の情報をもとに執筆しています。
この記事の監修者下川めぐみ(社会保険労務士)
社会保険労務士法人ベスト・パートナーズ所属社労士。
医療機関、年金事務所等での勤務の後、現職にて、社会保険労務士業務に従事。