地方を中心に6事業所を展開!弁護士過疎地域の事業モデルを作りたい。

起業時の課題
起業/法人成り関連手続き, バックオフィス業務, その他

北は東北、南は沖縄まで、弁護士が少ない地域で6つの事務所を運営されている「弁護士法人空と海(そらうみ法律事務所)」。代表の新谷 泰真さんは、自身が経験した地方での弁護士活動をもとに、「日本の弁護士過疎地における事業モデルを作りたい」と語ります。そんな新谷さんに、弁護士過疎地域の現状や、仲間とともに、複数拠点でスタートを切ったメリットや難しさについてもお話を伺いました。

会社プロフィール

業種 士業
事業継続年数(取材時) 5年
起業時の年齢 30代
起業地域 東京都、岩手県、鹿児島県
起業時の従業員数 11人
起業時の資本金 851万円

話し手のプロフィール

会社名
弁護士法人空と海 そらうみ法律事務所
代表
新谷 泰真
弁護士法人空と海 そらうみ法律事務所 代表
東京大学法学部卒。2005年10月、弁護士登録。同月、弁護士過疎地域への若手弁護士派遣及びそのための育成に熱心に取り組み、当時北海道紋別市や岩手県宮古市に派遣実績のあった桜丘法律事務所に入所。所長の櫻井光政弁護士の下、入所当時から弁護士過疎地域への派遣を前提として指導を受け、実務経験を積む。2007年、岩手県宮古市の宮古ひまわり基金法律事務所に赴任、2代目所長に就任。2010年、宮古ひまわり基金法律事務所の任期が満了、出身事務所である桜丘法律事務所に再入所。2016年、自身の経験をもとに「弁護士法人 空と海」を設立。

目次

弁護士の少ない地域に法律事務所を

弁護士というと都市部で開業される方が多いイメージですが、そらうみ法律事務所は、弁護士の少ない地方で複数の事務所を運営していらっしゃいますね。まず、新谷さんが過疎地域で弁護士活動をしようと思ったきっかけを教えていただけますか。

新谷:もともとは、司法試験合格後、「日本弁護士連合会」がやっている“弁護士のいない地域に弁護士を派遣するプロジェクト(弁護士過疎偏在対策)”の存在を知り、興味を持ったことがきっかけです。まずは、そのプロジェクトに派遣するために実務を積ませてくれる養成事務所に入り、東京で弁護士として1年半ほど働きました。その後、岩手県宮古市に派遣されて3年ほど仕事をしました。

新谷さんはもともと、社会的意義のある活動に興味があったのですね。岩手県宮古市の任期を終えてからは、東京に戻って仕事をされていたんですか?

新谷:はい。東京に戻ってきてから5年ほど出身事務所に戻りまして、本業の傍ら、後輩を地方に送るため育てる側に回り、弁護士会のプロジェクト運営として、弁護士過疎対策のバックアップを行っていました。創業前の2年間は事務方のトップもやっていました。

後進の育成ですか。素晴らしいですね!では、そんな中で、そらうみ法律事務所はどのようにして立ち上げられたのでしょうか。

新谷:法人設立時は、本店の東京と、岩手県陸前高田市、鹿児島県奄美市の3事務所構成でのスタートでした。一緒に事務所を始めた仲間も、それぞれ岩手県陸前高田市や鹿児島県の奄美大島でプロジェクトに参加していたメンバーなんです。「そろそろ任期も終わるし、今後どうしようか」という話をしていたときに、弁護士会のプロジェクトではなく、自分たちで事務所を作って、引き続き弁護士のいない地域に関与する活動を続けていこうとなり、2016年に今の事務所を作りました。

3拠点での起業。最も苦労したこととは

独立開業の準備についても詳しく教えてください。

新谷:一般の起業と違い、弁護士は極端な話パソコン1台あればできてしまうので、起業のハードルは比較的低いと思います。ですが、事業用物件を探したり、電話や電気といったライフラインの契約、これまでの契約の切り替えなど、思っていた以上にいろいろな雑務があったので、日常業務をやりながら起業の準備を平行してやるのは大変でしたね。

(左:東京事務所所属の在間文康弁護士 右:新谷 泰真さん)

法律事務所に勤めながらの起業準備はかなり忙しくなりそうですね。では、起業時に特に苦労された点はありますか?

新谷:立ち上げ当初、もともとあった2つの事務所を新たに作る東京事務所に取り込む形でスタートしたので、それぞれの事務所での異なるやり方や文化を統合していくのが大変な作業でした。

なるほど。業務のやり方や意思決定のプロセスなど、それぞれ違うところをまとめなければならないのは大変そうです。

新谷:弁護士間には上下関係というのがないので、皆で試行錯誤しながら決めていきました。それぞれの事務所の実情や、長くやってきたやり方があるので、それを尊重しながらも「こうした方が効率的だね」とか「全体で統一するためには、こうする必要があるね」と協議しながら進めていきましたね。働き方については、もともと弁護士は独立性が高いものなので、始業・終業の時間やテレワークの活用頻度も含めて、それぞれの裁量に任せています。

業務だけでなく、バックオフィスの統合作業も苦労されたのではないでしょうか?

新谷:そうですね。例えば、地域によって給与水準が異なるので、事務スタッフの報酬を統一するのか、しないのかなど、従業員の雇用について“どうすり合わせるのか”が気を使う問題でした。事件管理の方法についても、各事務所がバラバラだったのですが、全事務所を横断的に管理できるクラウドシステムが必要だろうと、今まさにシステムを検討している段階です。しかし、地域差より共通点の方が多いので、3拠点をまとめての起業に踏み切ったメリットも多々あります。

基本は口コミ集客で。今後は他業種との提携も視野に

新規開業となると、集客に苦しむ起業家も多くいらっしゃいますが、新谷さんがそれぞれの事務所で行った集客についても教えてください。

新谷:ありがたいことに、集客はこれといって特段せず、基本的に口コミや紹介だけで回っています。

それはすごいです!

新谷:事務所を立ち上げた当初は、本当にお客さまが来るのかと不安なところもあったので、ネット集客をするかどうか協議はしたんですけれども、不特定多数のネット集客をするよりは、今お付き合いのある方たちを大切にしていった方がいいだろうという話になりまして。とりあえずは、一旦ネット集客は棚上げにして、既存の集客ラインで始めました。ありがたいことに、それで何とか軌道に乗りましたね。

口コミや紹介となると、例えば、他の士業の方と業務提携するなど、相互に協力されることはあるのでしょうか?

新谷:他の業種で一番親和性が高いのが税理士や司法書士なので、われわれの業務の中で税務関係や登記が出てきたときはお願いすることもあります。また、個人のお客さまで相続税申告や不動産取得の税務申告が必要になったときに、知り合いの税理士の方がいない場合はご紹介しています。

士業のネットワークを広げていきたいという思いはあって、新型コロナウイルス流行前は交流会や勉強会にも参加していたのですが、コロナ禍ではそういう機会が減ってしまいまして。税理士や司法書士の方からも、法務関係で何か問題を抱えている場合は協業オファーを受けられればと思っています。また、今後は病院や介護施設など、士業以外の業種の方々とも協力関係を築いていければいいなと考えています。

都市部では得られない、過疎地域の弁護士ならではのやりがいとは

弁護士過疎地域に対応するには、相談内容の範囲も広くなりそうですね。

新谷:そうですね。地方に行って、弁護士がほとんどいないというような地域で働くので、それこそ何でも相談に乗るのがそらうみ法律事務所のスタンスです。特定の分野に集中するというのは地方では無理があるので、オールラウンダーとしてやるのが基本になっています。

現在、どのようなご依頼を受けることが多いのでしょうか?

新谷:6事務所に共通して一番取り扱いが多いのは、離婚や相続、交通事故など、人が生きていくうえで起こる可能性が高いものですね。弁護士過疎地で起こる事件類型は割と似通っているので、そういうところの共通点はあります。

企業案件もありますか?

新谷:はい。企業に関しては、中小企業がほとんどです。中小企業の相談で一番多いのは、契約書の作成や確認ですね。

また、中小企業だと内部紛争も多いです。兄弟で代表取締役と取締役をやっているけれど、2人が仲違いしてどっちが支配権を取るのかとか、創業者が亡くなった際の相続争いなど、いろいろなケースがあります。中小企業だと、大企業ほど法務を気にしていない会社も多いんですよね。会社は、経理や税務が上手くいっていると運営できてしまうので、どうしても法務は後回しにされがちなのですが、いったん問題が起こると結構深刻な話になることも多いんですよ。

なるほど。都市部の弁護士業務と地方の弁護士業務とでは、業務やスタンスに違いを感じることはありますか?

新谷:地方の過疎地では、弁護士1人ひとりの個性や人柄、地域とのつながりをものすごく重視されます。また、例えば岩手県久慈市だと人口約3.3万人新規タブで開くに対して1人※1しか弁護士がいなかったり、石垣島も人口約5万人新規タブで開くに対して弁護士は4人※2と、担当地域の数少ない専門家として尊重されるんですね※3。責任ある仕事を任せてもらえるので、とてもやりがいを感じます。

1拠点ではなく、いくつか拠点を持って法人化されることの良さはどのようなところにありますか?

新谷:“弁護士過疎地域での活動を続けていきたい”という同じ共通理念を持った仲間と、その理念を共有しながら一緒に活動していけるのは非常に楽しいことだなと思っています。

起業した当初は、北は岩手県、南は日本最南端の沖縄県石垣市ですから、正直なところ集客上あまりシナジー効果が出ないので「こういう形態で本当にうまくいくのかな、理念先行で本当にできるのかな」という不安はありました。しかし、いざやってみると色々な工夫ができたり、複数の事務所の弁護士が関与することで、今までその地域で提供できていなかった分野の対応もできるようになってきています。

かつて私が赴任していたころは、あくまで1人でやるというのが前提だったんですけれども、この法人を立ち上げてからは、自分が馴染みのない分野については、他の事務所の弁護士に「この分野の案件を扱ったことはないか」「こういったケースではどうすればいいのか」と相談したり、造詣の深い弁護士がサポートに入ったり、共同で事件を担当できるようになりました。そういった点は法人化の大きなメリットだったなと思っています。

弁護士過疎対策のモデルを作りたい

現在6事業所を運営されていますが、今後はさらに規模を拡大されていく予定なのでしょうか?

新谷:今のところ、さらなる拡大はあまり考えていないですね。もともと、事務所として拡大路線を取る方針は特になくて、皆自分たちが関わっていた地域が好きなんです。自分たちが赴任し、数年とはいえ、ずっとそこで仕事をして、地域に馴染んでいたところで任期が終わり、家庭の事情や個人の人生設計の問題でその地域は離れなければいけないけれども、東京に戻ってからもその地域に関わっていられないかなという思いがあってのうちの事務所なので。馴染みのない地域に手当たり次第進出していくとか、その地域の実情も分からなくなるくらい事務所を拡大していくのは、うちのスタイルとは違うかなと思っています。

また、設立から4年間の間に当初の3事務所から6事務所に増やして、拡大のスピードとしてはかなり早かったかなと思うので、今は現在の6事務所をきちんと安定させるのが最優先だと考えています。

法人としての、今後の展望を教えていただけますか?

新谷:1つは、弁護士過疎対策に関わる仲間を増やしていきたいですね。自分たちがやっていることを発信して、これから弁護士業界に入ってく新人弁護士に興味を持ってもらって、うちの事務所を選択してもらうことが大切だと思っています。そうしてメンバーを増やしていけば、各地域のお客さまに提供できるサービスも手厚くなっていきますし。特に今、地方の事務所はものすごく忙しくて、なかなか相談の予約を入れられない状況なので、きちんと対応できるようにすることが今の目標です。

そしてもう1つは、法人組織として、全国に展開する弁護士過疎対策のモデルを作りたいです。我々の組織でなくても、各地で同じようなことをやってくれる人が後に続けばいいなと思っています。

取材協力:創業手帳
インタビュアー・ライター:稲垣ひろみ

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