2度目の法人化で挑むのは「自由と責任」のチームづくり。

起業時の課題
節税対策, 人材確保、維持、育成, バックオフィス業務

POTENTIAL株式会社の桑野貴宏さんは、舞台設営業として25年のキャリアを積みました。そして個人事業主として独立した後、2019年に法人化と、着実に事業を運営していらっしゃいます。コロナ禍による影響を大きく受けたものの、経営を維持できた背景には、どのような工夫や取り組みがあったのでしょうか?

今回は、エンターテイメントを裏で支える舞台設営の仕事のやりがいや起業に至る経緯、起業を成功に導くための心構えについて、桑野さんに詳しく伺いました。

会社プロフィール

業種 芸能・音楽・エンタメ、イベント運営・広告代理店
事業継続年数(取材時) 4年
起業時の年齢 40代
起業地域 福岡県
起業時の従業員数 0人
起業時の資本金 200万円

話し手のプロフィール

桑野 貴宏
POTENTIAL株式会社 代表取締役
博多座開場から舞台大道具として勤務。複数社の舞台設営会社に従事したのち、個人事業主「POTENTIAL」として活動を開始。
後に法人化。イベントや舞台の設営のほか、商業施設のショーウィンドウ設置、福岡市の市民センターの舞台管理業務や、キャナルシティ劇場舞台管理業務などを行う。

目次

この道25年。舞台設営業で起業したきっかけとは?

主な事業内容について教えてください。

桑野さん:舞台設営や管理業務が主な事業です。具体的には、ホールに常駐し、使用する主催者に対して劇場の使い方やイベントの進行のサポートをしています。また、舞台の大道具設営や転換、撤去作業も私たちの業務です。

そのほか、大規模なアリーナやドームでのコンサート準備、企業イベントの設営、クリスマスのイルミネーション設営、ブランド物のショーウィンドウ入れ替えと、幅広いサービスを手掛けています。福岡県内の仕事が多いですが、県外からの依頼を受けることもあります。例えば、沖縄で行われている「りっかりっかフェスタ」という国際的な児童演劇祭には15年程関わっています。

沖縄もですか。本当に幅広いですね。

桑野さん:そのイベントは、昔仕事で沖縄に行ったときにたまたま地元の同業者の方々と仲良くなって、それがきっかけでそこから毎年関わるようになりました。プロデューサーは世界中あちこち視察に行って、すごくいい演目を選抜して日本へ招致してくるんですよ。ジャンル的にはノンバーバルと言って、言葉をあまり使わないパフォーマンスや人形劇などが多いです。街中で10から20か所ぐらい会場を作るので、会期中は私もあちこち動き回っています。

(画像:りっかりっかフェスタにて)

さまざまなお仕事をしていらっしゃいますが、御社の現在のチーム体制はどのような形になっているのでしょうか。

桑野さん:現在社員は4名で、20組ほどの同業者と連携して現場作業を進めています。それぞれの現場で、チーフとして指示を出すのが私たちの役目です。

桑野さんの起業前のキャリアについて教えていただけますか?

桑野さん:私は現在51歳で、この業界でのキャリアは25年ほどになります。まず東京の大学を卒業し、福岡に戻ったあと訪問営業の仕事を始めましたが、約半年で音響の仕事に転職。その後ご縁があり、個人事業主として舞台設営の仕事をするようになりました。

POTENTIAL株式会社を立ち上げてから数年が経ちましたが、実はそれよりも前に、一度別の会社を設立しているんです。しかし郵政民営化の影響で、定期的に仕事を受注していたホールが閉鎖し仕事が激減。再び個人事業主となりました。その後、キャリアを積むにつれて順調に仕事が増えていき、最終的には個人で案件を抱えきれなくなったので、当時よく一緒に働いていた2名を従業員として雇い入れる形で法人化しました。

長く舞台設営の仕事を続ける中で、困難な時期もご経験されたのですね。それでも仕事を続けてこられた原動力は何だったのでしょうか?

桑野さん:舞台上のパフォーマーやそれを見ているお客さん、特に子供たちの笑顔を見られることが、私にとって大きなモチベーションになっていますね。

また、撮り直しの効かないその場限りの緊張感と、公演が終了し舞台が解体されていく儚さの中に、深いやりがいを見出しています。このような達成感や感動を多くの人と共有できる仕事だから、続けてこれましたね。

個人で売上3,000万円!葛藤を抱えながらも2度目の法人化へ。

開業準備について、詳しく教えていただけますか?

桑野さん:開業資金については貯金から約200万円を用意し、融資は受けませんでした。テナント事務所も構えず、バーチャルオフィスを利用しています。事務作業はパソコンとスマートフォンがあればどこでもできるので、劇場の事務所やカフェなどで行うことが多いですね。

会計処理や労務関係については、税理士や社会保険労務士と顧問契約を結んでいます。法人化に踏み切る際に専門家にも依頼するようになりました。税理士は、個人事業主のころインターネット検索で見つけた方に、社労士は仕事で知り合った方にそれぞれ依頼しました。

個人事業主から法人化を決意したのは、どのようなタイミングだったのでしょうか?

桑野さん:個人事業としての売上が年間で約3,000万円に達していたころでした。本音を言うと、過去に法人化したもののうまくいかなかった経験があったので、葛藤しました。ただ、国民健康保険料の負担が大きくなり過ぎたこと、私の年齢的にも次世代を育てる必要性を感じていたことが法人化の決め手になりましたね。

法人登記の手続きは全て税理士に依頼しました。必要な手続きを一括で代行してくれるサービスを利用したので、スムースでしたね。税務や労務についても、専門家に任せられるのは安心ですし、本業に集中できて助かっています。

相次ぐイベント中止。しかし「立ち止まって考えるいい時間だった」。

コロナ禍の影響で、イベント業界は大きな打撃を受けたと聞きます。実際の状況はどのようなものでしたか?

桑野さん:影響は非常に大きかったですね。イベントのキャンセルが相次ぎ、舞台設営の売上はほぼなくなりました。廃業する同業者も少なくなかったですね。特に大きな資材や機材を保管する倉庫を持つ業者は、仕事がなくても維持管理費が発生するので大きな負担だったようです。

一方、私たちは倉庫を所有せず、資機材については必要な時にリースする形を取っていました。固定費を抑えていたことが、ダメージを回避できた1つの要因でしたね。

また、私たちは幸いにも市が運営するホールの管理を担当していたため、市からの委託で勤務が確保され、一定の収入は得られたんです。私はホールに出勤し、社員は休業、給与は雇用調整助成金で補填していました。

当時は会社を設立して1期目で、売上が順調に伸び、会社としても勢いのあった時期でした。しかしその分、バックオフィスの整備がまったく追いついていなくて…。舞台設営の仕事がキャンセルになった今こそできることを、とバックオフィスの整備に注力しました。

具体的には、就業規則の作成や、勤怠管理システムと給与計算ソフトの導入、さらに社員が手作りでホームページを作成するなど、仕事が減った期間を有効活用し会社としての基盤を固めていったんです。特に就業規則は、厚生労働省のサンプルを参考にしながら、3か月かけて策定しました。私たちにとって、コロナ禍は必要な時間だったと思います。

なるほど。公共のホールで勤務が確保されていたのも大きな支えになったのですね。どのような経緯で仕事を獲得されているのでしょうか?

桑野さん:ホールの管理業務も含め、人からの紹介がほとんどです。紹介していただけるような強みは何だったか、と問われると少し難しいのですが…。なんでしょう、携わってきた現場の数が多いのと、どの現場でも関わる人たちと仲良く接していることでしょうか。

クライアントや他の業者からは、私たちが多くの現場で活躍していると評価を受けています。「どこの現場に行っても桑野さんたちがいる!」と、“双子説”がささやかれるほどです(笑)。狭い業界でもあるので、人付き合いは特に大切にしています。

体はつらくても、心は笑って。社員に伝えたい「仕事で大切なこと」。

社員の採用や教育において、どのような方針を持っていますか?

桑野さん:私たちの業界は華やかな舞台に関わっていますが、実際の仕事は建築業のような肉体労働がメインであり、週末や夜間の勤務もあります。なので、採用では「本当にこの仕事が好きかどうか」が大切です。

私としては、体力的に大変な仕事だからこそ、精神的には楽しく笑いながら働いてもらいたいんですよね。もし業界が合わないと感じたら辞めてもいいと、そこまではっきりと伝えたうえで採用しています。

ただ、教育に関しては私自身が不得意なこともあり、1から10まで教えるよりも「失敗しても責任は取るから自由にやってみて」と伝えています。現場作業は、教わるよりも自分で経験したほうが覚えやすいと思うんです。

このスタンスは、社員が行う営業活動に関しても同じです。例えば、個人事業主だとどうしても請け負える仕事の規模が小さくなりがちですが、会社という後ろ盾があれば大きい規模の仕事も獲得できる。そうした成功体験を大事にしてほしいと思うんです。

舞台の世界は一発勝負。避けられないトラブルをどう乗り越えているのか。

現場でのトラブルにはどのように対処していますか?

桑野さん:私たちは「準備8割、現場2割」という方針で事前準備を徹底していますが、どんなに準備をしても現場では予期せぬトラブルは日常茶飯事です。ときにはセットが倒れたり、シーン転換に失敗したりと、ヒヤッとする場面も経験しました。

しかしこの仕事は、限られた時間のなかでの1発勝負。現場は待ってくれません。大切なのは、失敗やトラブルを引きずらず、気持ちを切り替えて対応する姿勢ですね。

ときに現場で関係者と意見が衝突することもあります。とはいえ、「来場したお客さまのためにいい舞台を作ろう」と思う気持ちはみんな一緒です。自分の意見を主張するだけのディスコミュニケーションではなく、「いい舞台作り」のためにディスカッションするつもりで現場に立っています。

トラブルに見舞われても、うまくいかなくても、引きずらない。これが私の基本的なスタンスです。それよりも、データを蓄積して次に活かすほうが大切だと考えているので、すぐに気持ちを切り替えます。

楽観的といえばそれまでですが、その瞬間にできるベストな対応をしていたという自負もあるので、経営全般において基本的に後悔することはほとんどありませんね。楽観的過ぎて、たまに「何を考えているんだ」と怒られもしますが(笑)。

「自由と責任」が起業の醍醐味。引退までこの仕事を楽しんでいきたい。

起業を考える際の心構えについて教えていただけますか?

桑野さん:私はもともと家族が自営業を営んでいたため、起業の現実は身近に感じていました。独立することに対して特に強い意志はなかったのですが、サラリーマンには向いていないという自覚はありましたね。自由な働き方を求めたいというのもこうした気質が影響しているのかもしれません。

ただ、私たちのようなエンターテインメントに関わる業界には、景気が低迷すると真っ先に打撃を受ける脆弱さがあります。その点を踏まえたうえでも起業したいかどうかが重要ではないでしょうか。ただ、のめり込んでしまうと抜け出せなくなくなるといいますか、お祭りをしているようなおもしろさも併せ持つ仕事でもあります。私はこのとおり、はまっていますね(笑)。

また、個人事業主か法人かという話でいくと、法人のほうが国からの支援が比較的手厚いです。特にコロナ禍において法人のメリットを実感しましたね。事業の持続性を保つ意味でも、会社設立を目指すほうがいいのかなと思います。

ありがとうございます。最後に、今後の展望について教えてください。

桑野さん:今後は人材の採用に力を入れて、事業規模を大きくしたいと思っています。ただ、一般的には会社の規模が大きくなると規則や制度が増えてきますが、現在のような組織としての自由度は保っていきたいですね。自由も責任も全て自分で背負う、今の社風を大切にしながら事業拡大することが目標です。

私の年齢のことを考えると引退も視野に入れています。好きな仕事ではありますが、いつまでもベテランが現場に出ているのは良くありませんからね。若いころは現場で指示を出す年配の方を疎ましく感じることもありましたが、自分もその立場になってきました。そういう意味で、早めに引退することも考えています。

若い世代を育てながら現役を全うし、引退後は家族と一緒に海外移住してみたいですね。人生も仕事も、引き続き楽しんでいきたいです。

取材協力:創業手帳
インタビュアー・ライター:間宮 まさかず

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