差引支給額の正しい計算方法と担当者がおさえるべき給与計算の基本
従業員にとって、給与は働くうえで非常に重要な関心事です。そのため、給与計算担当者は賃金について正確に把握し、ミスなく計算することが求められます。特に、賃金にはさまざまな呼び名があるため注意が必要です。
本記事では、差引支給額の概要や総支給額との違い、差引支給額と総支給額の使い分け方、差引支給額の計算における控除区分、差引支給額の計算において担当者が注意するべきポイントについて詳しく解説します。
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差引支給額とは手取り額のことを指す
差引支給額とは、一般的に「手取り額」と呼ばれるもので、従業員が実際に受け取る金額を指します。具体的には、給与の総支給額から各種控除を差し引いた後の金額です。この差引支給額が、従業員の銀行口座に振り込まれる金額となります。
総支給額との違い
総支給額は、従業員に支給される給与の総額で、各種控除を引く前の金額を指します。これは、基本給、残業手当などの法定手当、会社が独自で設けた各種手当(通勤手当、住宅手当など)を含む全ての支給額の合計です。
つまり、総支給額は控除前の全額であり、差引支給額は控除後の実際に受け取る金額であるという違いがあります。
どちらを使う?差引支給額と総支給額の使い分け
差引支給額と総支給額は混同しやすいため注意が必要です。
例えば、差引支給額と総支給額を使い分けなければならない代表的なシーンとして、103万円の壁が挙げられます。103万円の壁とは、所得税における非課税限度額のことです。年間の収入が103万円を超えると、税法上の扱いが変わります。
従業員から「限度額内にしたい」と相談を受けた場合、年間の差引支給額ではなく、非課税分の手当などを除いた総支給額が103万円以内になるように業務を調整するなど、従業員とよく話すことが大切です。
差引支給額の計算方法
差引支給額は、最終的に従業員の手元に入ってくる金額であり、以下の式で表されます。
差引支給額=総支給額−控除額
例えば、総支給額が30万円で、控除額が5万円の場合、差引支給額は以下のようになります。
30万円−5万円=25万円
このようにして、従業員が実際に受け取る金額を算出します。
差引支給額の計算に必要な控除額の区分
給与から差し引かれる控除額にはさまざまな区分があります。控除額は、従業員が置かれている状況などによっても異なるため、間違えないようおさえておきましょう。
社会保険料
社会保険料は、厚生年金保険料、健康保険料、介護保険料、雇用保険料、労災保険料の5つの保険にかかる保険料です。労災保険料のみ、企業に全額支払いの義務があるため、控除額にかかわる保険料はそれ以外の4つになります。
厚生年金保険料
厚生年金保険料は、老後の年金や障害年金、遺族年金など、将来の生活を支えるための保険料です。厚生年金保険料は以下のように計算します。
厚生年金保険料=標準報酬月額×厚生年金保険料率÷2
標準報酬月額は、従業員の給与や手当などを基に算出される月額の報酬です。標準報酬月額は一定の範囲ごとに区分されており、その区分に基づいて決定されます。厚生年金保険料率は、厚生年金保険料を計算するための率で、法律に基づいて定められています。保険料率は見直されることもあるため、給与担当者はあらかじめしっかりチェックしておくことが大切です。
また、厚生年金保険料は、従業員と雇用主がそれぞれ半分ずつ負担します。そのため、計算式では2で割ります。
例えば、標準報酬月額が30万円で、厚生年金保険料率が18.3%の場合、厚生年金保険料の計算式は以下のとおりです。
30万円×0.183÷2=2万7,450円
このようにして、従業員と雇用主がそれぞれ2万7,450円ずつ負担することになります。
健康保険料
健康保険料は、労災以外で病気になったりケガをしたりした際に備えるための保険料です。これにより、医療費の一部が補助されます。健康保険料も、標準報酬月額に健康保険料率をかけることで算出するのは厚生年金保険料と同じです。また、従業員と雇用主がそれぞれ半分ずつ負担します。
健康保険料の計算式は、以下のとおりです。
健康保険料=標準報酬月額×健康保険料率÷2
例えば、標準報酬月額が30万円で、健康保険料率が9.98%の場合、健康保険料の計算式は次のようになります。
30万円×0.0998÷2=1万4,970円
介護保険料
介護保険料は、40歳以上の人が納める保険料です。要介護や要支援認定を受けた方などへの介護サービスは、この保険料を財源の1つとしています。第2号被保険者の場合、介護保険料は厚生年金保険料や健康保険料と同じく標準報酬月額と介護保険料率を基に計算し、従業員と雇用主がそれぞれ半分ずつ負担します。
介護保険料の計算式は以下のとおりです。
介護保険料=標準報酬月額×介護保険料率÷2
例えば、標準報酬月額が30万円で、介護保険料率が1.6%の場合、介護保険料は以下のように計算されます。
30万円×0.016÷2=2,400円
雇用保険料
雇用保険料は、失業した場合や育児休業をした場合などに備えるための保険料です。これにより、失業した際や育児休業を取る際に一定の給付を受けられます。
雇用保険料の計算式は以下のとおりです。
雇用保険料=給与×雇用保険料率(本人負担分)
雇用保険料の計算基礎となる給与は、従業員が毎月受け取る賃金や手当の総額(賞与を含む)です。雇用保険料率は、事業主負担分と従業員負担分の合計で構成されます。雇用保険料率には、業種や事業の種類によって異なる区分があり、それぞれの区分に応じた率が適用されます。一般の事業の場合、2024年度の雇用保険料率は1000分の15.5(1.55%)で、そのうち従業員負担分は1000分の6(0.6%)、残り1000分の9.5(0.95%)が事業主負担分となります。
例えば、給与が30万円で、雇用保険料率(従業員負担分)が0.6%の場合、従業員が納めるべき雇用保険料は以下のように計算されます。
30万円×0.006=1,800円
確定拠出年金(401K)
確定拠出年金(Defined Contribution Plan、DC)とは、個人または企業が積み立てた資金を運用し、その運用成果に基づいて将来の年金給付額が決まる年金制度です。日本では「日本版401K」とも呼ばれています。401Kとは、アメリカの確定拠出年金制度の1つを指す言葉です。この名前は、1978年の米国内国歳入法(Internal Revenue Code of 1978)の条項名「401(k)」に由来しています。
確定拠出年金の大きな特徴は、掛金が所得控除の対象となるため、税制上のメリットがあることです。また、運用益が非課税となるため、長期的な資産形成に有利です。
確定拠出年金には、「個人型」と「企業型」の2つのタイプがあります。個人型確定拠出年金(iDeCo)は、個人が自ら掛金を拠出し、運用する年金制度です。掛金は所得控除の対象となり、税制上の優遇があります。自営業者や会社員、専業主婦など、幅広い人が加入できるのが特徴です。
企業型確定拠出年金は、企業が従業員のために設ける年金制度です。掛金は企業が負担する場合もあれば、従業員が一部を負担することもあります。企業によって制度設計が異なるため、具体的な内容は事業所ごとに確認が必要です。
所得税
所得税は、個人の所得に対して課される税金です。給与所得者の場合、所得税は給与から社会保険料等の控除額を引いた金額と扶養親族等の数によって決まります。
所得税の具体的な金額は、国税庁が提供する「給与所得の源泉徴収税額表(月額表)」を参照して計算しましょう。この表には、給与から社会保険料等の控除額を引いた金額と扶養親族等の数に応じた所得税額が記載されています。
参照:国税庁「給与所得の源泉徴収税額表(月額表)」
住民税
住民税は、地方自治体が個人の所得に対して課す税金です。住民税は、前年の所得に基づいて計算され、都道府県民税と市区町村民税の2つに分かれます。
住民税の計算方法は、所得割と均等割の2種類があります。所得割は、前年の所得に基づいて計算される部分です。所得控除後の課税所得金額に対して、標準税率(都道府県税4%、市区町村民税6%)が適用されます。均等割は、所得に関係なく一律に課される部分です。標準税率では、都道府県税が1,000円、市区町村税が3,000円、森林環境税が1,000円で総額5,000円です。
住民税の税額通知書が従業員の各自治体から会社に送付されるのは、毎年5月の中旬から下旬ごろです。この通知書には、従業員ごとの住民税額が記載されています。会社は、この通知書に基づいて、従業員の給与から住民税額を控除します。
欠勤控除
欠勤控除とは、従業員が欠勤や遅刻・早退をした際に、その分の賃金を控除することを指します。控除額は、賃金規程で定めた計算方法に基づいて算出されます。
欠勤控除額は、以下の計算式で求められます。
欠勤控除額=月給÷1か月当たりの平均所定労働日数(もしくはその月の所定労働日数)×欠勤日数
遅刻や早退による控除額は、以下の計算式で求められます。
欠勤控除額 = 月給 ÷ 1か月当たりの平均所定労働時間×遅刻・早退時間
例えば、月給が30万円で、1か月当たりの平均所定労働日数が20日、欠勤日数が2日であれば、欠勤控除額は以下のように計算されます。
30万円 ÷ 20日 × 2日 = 3万円
また、月給が30万円で、1か月当たりの平均所定労働時間が160時間、遅刻早退時間が4時間であれば、遅刻早退控除額は以下のように計算されます。
30万円÷160時間×4時間=7,500円
このようにして、欠勤や遅刻・早退による控除額を計算します。
その他の控除
その他の控除は、従業員の状況や会社の規程によって差し引かれるさまざまな項目です。
例えば、会社が提供する団体保険に加入している場合、その保険料が団体保険料として給与から控除されます。団体保険には、生命保険や医療保険などが含まれることがあります。
従業員が会社の提供する社員寮に住んでいる場合、その寮費も給与からの控除項目です。寮費には、家賃や光熱費などが含まれることもあります。
従業員が労働組合に加入しているのであれば、その組合費も給与から控除されます。組合費は、労働組合の運営や活動に使用されます。
その他、スポーツクラブの会費や食堂の利用料といった会社が提供する福利厚生に関連する費用も、給与からの控除項目です。これらの控除額は、従業員の状況や会社の規程によって異なります。そのため、具体的な内容や金額については、会社の人事部門などに確認することが重要です。
差引支給額の計算をする際の注意点
差引支給額の算出には、注意すべきポイントがあります。法令にかかわることも多いため、給与計算を行うときには細心の注意を払いましょう。
割増賃金の変動に注意する
差引支給額の計算では、割増賃金の変動に注意する必要があります。割増賃金の支払いが必要な場合とは、従業員に法定労働時間(通常は1日8時間、週40時間)を超える時間外労働(残業)をさせた場合や、法定休日に行われる休日労働をさせた場合、午後10時から午前5時までの間に行われる深夜労働をさせた場合です。
割増率は、働いた日や時間によって変動します。時間外労働の場合、割増率は通常の賃金の25%以上です。法定休日労働の場合なら通常の賃金の35%以上、深夜労働については通常の賃金の25%以上になります。また、1か月60時間を超える時間外労働については、割増率が50%以上です。これらの割増率は、労働基準法に基づいて定められています。
このように、割増賃金の計算は複雑になりがちです。特に、時間外労働と深夜労働が重なる場合、それぞれの割増率を加算して適用する必要があるので注意しましょう。計算する際には各労働時間の区分を正確に把握すること、割増率を正確に適用すること、労働基準法や会社の賃金規程を確認することが大切です。
割増賃金について、こちらの記事で解説しています。
個人情報が漏えいしないよう管理する
差引支給額の計算において、個人情報の管理は非常に重要です。なぜなら、差引支給額の計算には、従業員の給与情報や社会保険料、税金などの個人情報が含まれるからです。これらの情報が漏えいすると、従業員のプライバシーが侵害されるだけでなく、企業に対しても罰則や訴訟のリスクが生じます。
個人情報を適切に管理するためには、まず物理的な管理が大切です。紙の資料は、施錠されたキャビネットや専用の保管場所に保管しましょう。また、資料の取り扱いは信頼できる担当者に限定し、アクセス権限を明確にしておく必要があります。
電子データは、パスワードで保護されたシステムや暗号化されたストレージに保存しましょう。データへのアクセスは必要最低限の担当者に限定し、アクセスログを記録することが望ましいです。定期的にバックアップを取り、データの消失や改ざんを防ぎましょう。
その他、従業員に対して個人情報の取り扱いに関する教育や訓練を実施するのも効果的です。個人情報保護に関する法令や社内規程を周知徹底し、遵守を促しましょう。
ミスをしないよう正確な計算を行う
従業員に支払う給与の計算は、細心の注意を払って行わなければなりません。給与計算に誤りがあると、従業員の信頼を損ねるだけでなく、企業にとっても大きなリスクとなるからです。
給与計算に誤りがあると、税務署からの指摘を受け、ペナルティとして追徴課税が発生するおそれがあります。特に、所得税や住民税の計算ミスは、企業にとって大きな負担となる可能性が高いです。
また、給与計算ソフトを利用する場合には、入力ミスをしないよう慎重に作業しましょう。そのためには、正確なデータ入力やマスタ情報の管理が重要です。従業員情報や税率、保険料率といった給与計算ソフトのマスタ情報は定期的に更新し、正確な情報を維持しましょう。
給与計算でミスが発生した場合について、こちらの記事で解説しています。
差引支給額を正しく計算するために給与計算ソフトを活用しよう
差引支給額とは、従業員の指定した口座に実際に振り込まれる手取り額のことです。差引支給額を計算するためには、総支給額から保険料や税金などを控除する必要があります。また、差引支給額の計算においては、割増賃金の変動や個人情報の漏えい、計算ミスに注意することが大切です。
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